殺人姫に離別の花束を 3
大変間が空いてしまいました。すみません。
「……チッ!」
こんなタイミングで都合よくこの男がここに現れるわけがない。それに、シヴァのつぎはぎだらけの首を見れば奴が既に死んでいることは明らかだ。確実にアリスが魔法で操っている。
僕は、ほぼ脊髄反射のように銃を構え発砲する。しかし、それより早くシヴァは手に持った得物、確か雷轟槍とかいった槍で顔を隠し、頭部への銃弾を防ぐ。その代わりに頭部以外を狙った銃弾は全てシヴァの身体にヒットするが、効いている様子は感じられない。やはり死人は脳を破壊するしかないか――。
「ッ!」
「きゃぁ!」
直後、シヴァから膨大な魔力が熾され、奴の周りを眩い電気が迸る。病院で見えていた光はやはりこの男の物だったか。部屋全体を覆うような電気の量にアルティが今日何度目か分からない悲鳴を上げた。早くこの状況を打破しなければ、そろそろアルティの心が保たない。
「キシャァアアアア!」
シヴァが獣の雄たけびを上げながら、膨大な電気を纏った雷轟槍を振るう。
『雷雷鳥』は噂通り、雷のような速さで獲物である僕へと飛んでくる。防御魔法も間に合わず、僕は電撃をまともに喰らう。
「ぐぅううううううッ!?」
喉から勝手に奇声が漏れ出し、身体からは焦げるような匂いがしてくる。筋肉を刺激されてか、思うように身体が動かず、代わりに自分の意志とは無関係に動き出す。
「ッ!?」
電撃が消え、身体の再生が終わらないうちに、今度はシヴァが槍を僕の胸に突き立てる。巨大な雷轟槍は易々と僕の身体を貫通するがそれだけだ。魔力執刀を展開し、いまだ痺れが残る身体を無理やり動かし、腕を振り上げたところで、胸に刺さった雷轟槍に電気が迸った。
「チィイッ!?」
シヴァを引き離そうにも電撃で身体が動かない。今度は魔法を止める気はないらしく、僕の身体は破壊されては再生を繰り返し、常に紫電が迸る。全身を焼くような激痛が絶え間なく続いているのも問題だが、それ以上に瞬く間に減っていくストックの数の方が問題だ。
『カナキ君は私の事を行き当たりばったりのガサツな女だと思ってるだろうけど、私だって大事な時には準備や下調べだってするのよ? あなたのことだってそう。それほどの超再生と高純度の魔晶石作成技術を持つあなたを、いざ敵として相対する時に何も準備しないほど私も馬鹿じゃないわ。カナキ君を調べたうえで分かったことの中に、さっき挙げたあなたの能力と完全に合致する魔法が一つだけあったわ。――その魔法の名は、魂喰』
このとき、僕の体が言う事を聞いていたならば、舌打ちの一つはしていただろう。
僕の最も知られたくない秘密の一つである僕の魔法を、アリスは自信に満ちた声で言い当てた。
『私でもこの魔法を見つけるのには苦労したわ。なにせ、禁忌指定の魔法の中でも特に異端とされてる呪術魔法の類だもの。カナキ君が何故この魔法を知っていて、しかもどうやって習得したのかは分からないけど、この魔法の術者ならすべてに説明がつくわ。魂を超高純度の魔力として抽出できるこの魔法があれば、抽出した魔力を使って通常の市場に出回っている物とは比べ物にならないほどの魔晶石を作ることだってできるし、自分に取り込むことが出来たなら、それほどの超再生能力を持つことにも納得は行くわ』
「……ッ!」
内心だけではない。僕はアリスの事を仕事仲間という点でも見誤っていた。僕は彼女の言う通り、彼女の事をもっといい加減で、快楽至上主義の人間だと思い込んでいた。しかし、実際には裏でこれほど根回しをし、あまつさえ『魂喰』にまで辿り着くとは……。
更にその『魂喰』で溜め込んでいたストックも危険域まで落ち込んでいる。なにせ、最近はレインとの戦闘を皮切りに、あまりにも魂魄を使う機会が多すぎたことに加え、マティアスからの頼みもあって、いつもよりも多めに魔晶石も作成している。通常なら百回は死んでも即時再生するほどの魂魄を溜め込んでいるが、現在はそれも二割程度まで落ち込み、徐々に再生速度が追い付かなくなってきている。いよいよ本気でマズい状況になってきたが、打開策は浮かばず、アリスの上機嫌な笑い声が苛立ちと焦燥を加速させる。
『でも、それだって無敵ではないわ。状況次第ではどうにでもなるけど、そのうえでクリアしなければならない条件がいくつかあったわ。特に、その中でもあなたを殺しきることにかなりの時間を要するって点については、かなり厳しい条件だったわね。まぁそれでも、そこでへたり込んでるアルティちゃんのおかげでクリアできたけどね』
「……ッ! 私の、せいで……」
『そうよ、全てあなたのおかげよアルティちゃん。これで、カナキ君を完全に殺すことが出来るわ』
アリスの言葉の端々には、明らかな愉悦が聞いて取れる。僕を殺すだけでは飽き足らず、アルティの心までも砕く気なのだろう。
しかし、そこでアルティは、アリスと僕でさえも予想外の、思いがけない行動に出た。
「……ッ、そんなこと、させない!」
『ッ!?』
後ろで床を蹴る音がしたかと思うと、一気にアルティが僕を追い抜き、シヴァの前へと躍り出た。
迸る電撃がアルティの方にも腕を伸ばすが、それらを掻い潜り、アルティは右手に半透明の刃を展開させた。
それは、僕がまだ教えていない『魔力執刀』の魔法――。
「キシャァアアアア!」
アルティが振り下ろした魔力執刀は、無防備だったシヴァの右腕を切り裂いた。
腕を切り落とすには浅かったが、その一撃でシヴァの右腕から握力が失われ、同時に雷も消える。アルティの一刀が腱を正確に断ったのだ。お世辞にも器用とは言えなかったアルティの正確な一撃に、僕は彼女を撫でまわしたい衝動に駆られたが、今はこの好機を逃すわけにはいかない。
僕は内ポケットに忍ばせていた魔晶石を取り出し、即座に砕く。槍を引き抜き、後退しようとするシヴァを逃さず、その頭を右手で掴む。
「――『霧幻泡影』」」
僕が魔法を発動した瞬間、シヴァの顔が爆ぜた。
いや、爆ぜたというのは正確ではない。正確には、シヴァの頭を形成していた骨やら肉やらを消したことにより、頭の中に詰まっていた脳やら眼球やらが勢いで飛び出しただけだ。爆発系の魔法を使っていたならば、今頃僕とて無事では済まない。
しかし、久しぶりにこの魔法を使ったが、予想以上に消耗が激しい。魔晶石を丸々一個分使ったのに、それでも足りず、自分の魔力で補わなければなかった。平時ならまだここまで疲弊しなかったが、残り少ないこの魔力量では流石に看過できないレベルの痛手だった。
『……へぇ。それは私も見たことない魔法ね。でも、消耗も激しいみたいね、そんなかっこう良い魔法カナキ君には似合わないわよ』
「……余計なお世話ですよ」
そう言いながらも、僕は立っているのがやっとだ。その間にも、また新たな魔物たちが続々と床から這い出てくる。流石に先ほどのシヴァほどの強さは持っていなさそうだが、だからといって、今の僕で相手できるとも思えなかった。
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