反故
一体どれくらい間隔空いたんだ…本当にすみません。
Sideカナキ
楓を看取った後、僕がその場に着いた時、なんと驚くことに静香とカレン、両者とも健在であり、さらには激しい戦闘を続けていた。
(いや、でもこれは……)
「はぁ、はぁ」
「『光輝点』」
息を切らす静香の発動させた魔法により同時に飛び出した七体の『傀儡』は、しかし直後に高速で飛来した大量の『光輝点』に貫かれ消失し、逆に『傀儡』の体を食い破った灼熱の光球に迫られ、防御魔法を余儀なくされた。
「くっ……!」
「『龍魔弾』」
迫る『光輝点』に注意が向いた矢先、カレンが高速の魔弾を放ち、大量の傀儡の間隙を縫って静香の肩を貫いた。そしてその直後のタイミングで『光輝点』も殺到。体を焼かれ地に落ちた静香だが、それでもまだ体を起こす余力があった。
「……本当にしぶといわね。でも、これで終わりかしら」
カレンの言うとおり、戦いは終わっていなかったが既に勝負は決していた。そもそも、ただでさえ劣勢だった静香が楓を利用し、何らかの方法で放った必中と思われる特級魔法が通用しなかったのだ。そうなってしまえば静香の逆転の可能性は完全に潰えてしまったといっても過言ではないだろう。
「くっ……あの距離で特級魔法を受けてその程度の怪我しか負っていないなんて、どういうことなの……」
よろよろと上体を起こした静香の言葉通り、カレンは体のあちこちに火傷や小さな裂傷を負っているものの、どれも軽傷と思われるものばかりであり、あの爆弾が落ちたかのような熱風の中にいたとは思えないのは僕も同じだった。
「ああ、あれね。確かにあのままあそこにいれば無事では済まなかったでしょうね」
「ッ、じゃあ……!」
「生憎、わざわざ説明して手の内を晒す気はないの。それに――」
そのとき、僕含め、その場にいた全員が遥か先にあった巨大な神聖力のうちの一つが消失したことに気付いた。僕は即座に確信した。閻魔が負けた。エトと聖天剋が遂にやってのけたのだ。
「向こうも終わったみたいね。そこの男の仲間が倒したということになるから、手放しに喜ぶのも癪だけれど、これであなたが逆転する可能性も完全に途絶えた。もう諦めて大人しく首を差し出したら? そうすれば一瞬で終わらせてあげるわよ?」
あくまで不遜にそう提案したカレンに対し、静香は動きを止め俯いた。彼我の距離は既に五メートルを切っていたし、それだけ詰めれば、カレンならば最早魔法の発動をせずとも肉体の能力だけで一瞬で首を獲れることだろう。
「……ふ、ふふ……今回もぎりぎりだったわね」
「……?」
カレンの言葉に対して、しかし静香は不気味に力無くうなだれ、掠れた笑い声をあげた。不審に思い一瞬足を止めたカレンだったが、すぐさま再び歩みを続け、静香へと近づいていく。
「カレン君、気を付けろ! 母さんはまだ何か奥の手を隠しているのかもしれない!」
「自分の母親だからといって助けようとしても無駄よ。この女にもう余力はない。さっきのようなヘマもしない。確実に仕留めるわ」
カレンが一歩踏み出し、右手の剣を静香へと突き入れた。カレンも僕も、それで今度こそ終わりだと思われた。
「――止まってください、カレン・オルテシアさん」
「「――――――ッ!?」」
その声を聞いた時、僕とカレンの体は凍ってしまったように硬直した。
「な、ぜ……あなたが、ここに……?」
ここまで僕が動揺を外に晒すことは珍しいだろう。それが敵ならば尚更だ。しかしそれほどに僕は狼狽えずにはいられなかったし、彼女が戦場に出てこないことこそが絶対にして最大の勝利条件だったのだ。
「――なぜと言われても、私の行動の理由など一つしかないことをカナキさんも知っているでしょう?」
一体いつそこに現れたのだろうか。その人物、最後の六道たる天道、聖は空中から厳かな雰囲気で地に立つ僕達を包み込むような視線で静かに見下ろした。
「いや、でも、聖さん」
困惑しながらも僕は聖に質問する。「僕と約束したはずですが、それも反故にすると?」
「カナキさん、酷いです。いくら私でも、イリス様の御命令でそうほいほいと約束を破ったりしませんよ」
「ほいほいって……」
相変わらず荘厳な雰囲気とは対照的な言葉遣いに鼻白みかけるが、すぐに「それなら!」と叫ぶ。
「カナキさん、私は別に約束を破ったわけではありませんよ。ただ、約束の条件を満了しただけです」
話を続ける前に聖がそう口にしたことで、僕は一気に困惑した。
「満了って、特にあの時期日について言及していなかったはずじゃないかな?」
「ええ、期日についてはあの時特に話してはいません」
必死に記憶を探りながらそう言うと、即座に聖も頷いた。「ですが、今は条件が変わりましたので」
「条件?」
「はい。私との停戦協定の内容は覚えていますか?」
「もちろん。君は戦線に参戦しない代わりに僕も閻魔さんに危害を加えない、そういう条件だった、よ………………」
「そう、気づきましたね」
聖の答えを聞くまでもなく、僕はその答えに到達し、同時に今この瞬間、僕達がとんでもなく絶望的な状況に置かれたかをようやく理解した。
「閻魔は先ほど輪廻に還りました――まさか閻魔とまで別れることになってしまうとは思いませんでしたが、これもエーテル神のお導き……そして、閻魔がいなくなったことでカナキさんと結んでいた停戦協定の条件もなくなりました。つまり今の私は本来のイリス様の命、カナキさんをあの方の下まで連れて行くことを優先して実行することになったということです」
「ッ……そういうことに、なるよね……!」
僕が即座に『シャロン』を顕現させたと同時に上空で神聖力が爆発した。
「―――――――――これは……ッ!」
聖がこれまで神聖力を開放する瞬間を何度か見たことがあったが、今のを見て確信した。これまで聖はどの戦場でも本気を出していなかった。
「強化された閻魔さんも大概だったけど……!」
『マスター、ここは何とかして撤退を。今のマスター一人で聖様には勝てません』
頭の中で冷静に戦況を分析し、撤退を呼び掛けるシャロン。僕ももちろんそうしたいのは山々だったが、『シャロン』の空間転移の能力をもってしても全開の聖を前に逃走することは至難の業に思えた。
「まあそれでもやるしかないよね……!」
「あら、逃げるつもりですか? でも、簡単には逃がしませんからね……!」
「――――本当に、どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのかしら、あなた達は」
「ッ――」
カレンの声が聞こえた彼女は既に聖の背後に回っていた。
そのまま振るった双剣の刃を、聖は振り向きざまに躱すと同時に、カレンを蹴り上げ距離を作る。カレンの動きは洗練されていたが、聖の体術もやはり翠連同様聖天剋に迫る技量をもっていることが見て取れた。だが驚いたのはカレンが一度でもあの聖に肉薄し、あまつさえ背後を取ったことだった。
「背後を取られるなんていつぶりでしょう……!」
「ッ、あわよくば仕留められるかと思ったけれど……!」
一旦距離ができて両者の意識が互いに向き、ここで初めて僕の存在が意識から離れる。
『マスター』
『うん、分かってる』
逃げるなら今。
シャロンの言葉に僕も同意を返し、転移能力を使おうとした直前で、ぐるんと聖の顔がこちらに向いた。「カナキさん、もちろんあなたが最優先事項ですからね?」
「え」
『マスター!』
「『英傑らの武心』」
頭の中にシャロンの声が鳴り響いた直後、聖のいる空間の周辺から剣や刀、槍や斧など、いくつもの黄金の武器が顕現し、それらが一斉に投擲された。
「ぐっ!?」
飛燕の速度で放たれたそれらを間一髪で躱したが、武器が地面を穿った爆風で大きく吹き飛んでしまう。
「流石、よく躱しますね」
「ッ!」
そしてその間に数十メートルはあった距離を一瞬で詰め、聖が手にした黄金の刀を振るった。
「ぐっ!?」「まずは逃走手段を潰させていただきます」
切り落とされたのは『シャロン』を持っていた右腕。腕はすぐに再生するが、『シャロン』を拾い直す暇もなく、聖の猛攻が始まる。
「ぐぅ……!?」
分かってはいたが、聖の元の身体能力、そして翠連に勝るとも劣らぬ剣技に僕は防戦一方になる。いや、それは防戦とすらも言えないかもしれない。聖が刀を振るうごとに僕の体は着実に傷つき、腕は急激な速度で千切れたり生えたりを繰り返した。
(そしてこういう時に限ってカレンは動かないか……!)
状況を変えたいところだが、先程奇襲を仕掛けたカレンの気配は既に無く、横槍を入れてくる様子はない。やはり僕に都合の良いように動いてくれないかと内心で歯噛みしつつ、仕方なくシャロンに助けを求める。武器状態から人型に代わって加勢してほしいと。
『私の技量では一秒と保たないですよ』
『それで十分』
人型となったシャロンが姿を現し自身の右を取った時、聖の視線は動かなかった。
「シャロンの事は織り込み済みです」
「づっ」
雑に見えるほど無造作に放たれた一刀だが、その神速の一撃を躱すことができず即座に霧散する。
だが一瞬とはいえシャロンを屠るのに時間を割いた。ほんの僅かとはいえ、そこで僕は勝負に出るしかない。
「ッ!」
「前に……?」
一度距離を取るのではなく、逆に一歩前に出た僕に対し聖は少しだけ眉をひそめた。逃走が目的なら一度距離を取ることは僕も念頭にあったが、それを聖が読んでいないわけがないと踏み、あえて前進を選び、拳を握った。元々近距離戦闘は僕の領域、そこで活路を見出さなければどのみちいつかは潰されるのがオチだ。
「シィ!」
「ッ」
胸を狙い振るった連撃は聖に腕でガードされるが、拳を腕で受ける度に聖は厳しい表情を作る。間違いない。聖は身体強化を施しておらず、身体強化魔法を施している今の自分の方が基礎能力は高い。耐久値だけでいえば空離くらいだろうか。刀のリーチが生きる距離も潰してあるので、簡単には聖もこの状況を崩せないーー
「甘いです」
「なっ!?」
放った突きを見切られ、手首を握られた瞬間、僕の視界が反転した。
閻魔と同じ合気のような柔術で体勢を崩されたと悟ったのはその直後だった。
「ごめんなさい」
「ッ!?」
ごっと顎に衝撃が走り、肘打ちを食らったのだと気づいた時、僕は次の瞬間意識を失うだろうことを確信した。
(しまった、みんな……)
脳裏にみんなの顔が浮かんだ直後、僕の意識はぷつりと途絶えた。
読んで頂きありがとうございます。中々書くのに苦労している場面でした…次回からはもう少し早く交信したいです…。




