二大巨頭を打倒せよ 12
Outside
「ッ……!」
『終末』を放ち、やがて閻魔、聖天剋の両方が膝を着いた瞬間、エトは聖天剋に向かって駆け出していた。
だが、その直後に、エトにとって予想外の事態が起きた。
「――――むぅん!」」
「あっ……!?」
閻魔の振るった裏拳がエトに当たり、咄嗟にガードはしたものの、エトは後ろに吹き飛ばされた。ダメージはほとんどなかったものの、その衝撃の事実にエトは瞠目した。
「嘘でしょ……!」
「この…やって、くれたな……!」
息も絶え絶えにエトを睨む閻魔の右胸はぽっかりと空洞ができており、エトの『終末』を回避できずにまともに喰らったことを示していたが、それでも閻魔は倒れなかった。恐ろしい生命力というよりは気力で生きている……人体を壊す術を熟知しているエトからすれば、今の閻魔の容態はそうとしか捉えられないほどに普通では意識を保っているははおろか、生きているのも不可能な状態であり、強靭な精神力が肉体を凌駕しているために生きているとしか思えなかった。
「この俺が……聖イリヤウス様の命を守れず、こんなところで倒れるなど……」
力無くだらんとする聖天剋の体を突き飛ばし、蒼白になった顔でエトを睨む。
「まさか、あの男が、自滅覚悟で挑んでくるとはな……」
「くっ……!」
閻魔も死に体とはいえ、エトも既に魔力は底を尽き、体も限界を迎えていた。それでも先に動こうとしたのは閻魔で、彼は震える足取りで立ち上がると、ゆっくりとではあるが、エトへと近づいていく。
「貴様も危険だ……ここで確実に――」
「それは無理だろう、木偶」
「「ッ!?」」
閻魔の反応は早かった。
振り返った直後にすぐに拳を振るおうとしたが、その時には既に聖天剋は閻魔のすぐ傍まで迫っており、ボロボロになった体でまるで寄りかかるように閻魔へと体を預けていた。
「今度こそ終わりだ」
『破極』。
その瞬間、閻魔の体が吹き飛び、今度こそその体を大地に転がした。
「がっ、ごほぉ!」
うつ伏せになった閻魔はそのままあ大量の血を吐き出し、それでもなお立ち上がろうとするが、その強い思いの反面、肉体は既に限界を迎えており、その巨躯を再び立ち上がらせる気力は残ってはいなかった。
「馬鹿な……こんなところで……!」
それでも閻魔は諦めなかった。血を吐き、右胸には大きな風穴を開けた状態でなお、立ち上がろうと既に自由の利かなくなった体に立ち上がるよう命令を出し、なんとか再起せんとする。
「ぐぅ……ごほっ!」
もちろん、それは閻魔自身にとって容易なことではないうえに、想像を絶する痛みを伴うということは見ている誰もが感じていた。激痛に悶え、とっくの前に限界を迎えた体は思うように動かず、それでもなお気力だけで生きながらえ、あまつさえ未だに主人の命を実行しようとする姿はエトにとって深い混乱をもたらすものだった。
「どうして……そこまでするんですか……! もう、あなたはここまで、十分戦ったというのに、上にいる大司教様はあなたがこんな姿になった今でも未だ降りてくることすらしないんですよ!」
それは目の前の閻魔に向けた言葉であり、同時に今はここにいない閻魔の主君、聖イリヤウスにも向けられた言葉だった。エトにとって、己の身に代えても護りたい存在とはカナキやアルティであり、そしてあの二人は自分がこんな状態になれば真っ先に駆けつけてくれるだろうという断固たる信頼があった。そうだというのに、聖イリヤウスは命がけで戦った閻魔が瀕死の状態になっているというのに、未だ姿を見せる気配はなく、変わらず天上に在り続けるだけ……エトはそこまで考えてやっと、今の自分の感情が閻魔への憐憫よりも、聖イリヤウスへの怒りを強く感じていることを自覚した。
「――馬鹿にするのも大概にしろよ小娘?」
「ッ!」
だが、エトのその考えは次の瞬間聞いた閻魔の死にかけとは思えない迫力に満ちた声に砕け散った。閻魔の鋭い眼光はエトをまっすぐ射抜いており、その瞳からはエトが内心抱いていた感情を見透かし、そのうえでその考えを罵倒と捉えていることはエト自身理解していた。
「俺と……俺と聖イリヤウス様の関係性を履き違えるなよ? 俺のあの方への忠誠は貴様らのくだらん馴れ合いとは違い見返りを求めているわけではない。それを貴様らの尺度で考え、勝手な憐憫の情を抱かれるなど、万死に値するぞ……!」
閻魔から初めて感じた激しい憤怒の感情にエトは言葉を失う。代わりに閻魔の下へ一歩前に出たのは文字通りの死闘を演じた聖天剋だった。
聖天剋は右肩辺りがごっそりと消失していたが、元々翠連との戦いで失った部位のあたりであったため、閻魔と比べ『終末』の影響を受けた範囲は狭かった。それでも、心臓部に近いあたりの傷であり、生命活動を維持させるのに致命的な負傷であることは明らかだった。
それでも聖天剋は最初に現れた時と同じようにはっきりとした足取りで力強いものだった。聖天剋はそのままなんとか立ち上がろうとす閻魔のすぐ傍まで行き、表情の読めない顔で閻魔を見下ろした。
「何を宣おうが結果がすべてだ。今、貴様は地を這い、俺とそこの女は立っている。それが全てだ。勝者に対し、貴様が何を叫ぼうが敗者には何も言う資格はない。屈辱とともに死ね」
「ぐっ、俺はまだ……!」
「まっ――」
エトが制止の声を上げる前に聖天剋の手刀が閻魔の胸を貫いた。
閻魔の体は一度だけ大きく震え、その後一切の力が抜け落ちた。この十数日、カナキ達を存分に苦しませた相手とは思えないほどにあっけなく、唐突な終焉だった。
「まさか同情したのではあるまいな」
閻魔の体から腕を引き抜いた聖天剋がエトの方を見ずにそう問うと、エトは静かに首を振ったが、その表情は決して明るいものではなかった。「そんなわけはありませんが……」
「あの大司教に無償の忠誠を尽くしたこの男と自分を重ねたか?」
「ッ、それはあり得ません! カナキ先生は絶対に私達のことを見捨てたりしません!」
「ならばなにを嘆き悲しむ。これであの男の目下悩ませていた男が始末できたんだぞ。諸手を挙げて喜びはしないにせよ、もう少し安堵した表情を見せてもいいだろう」
「……いいえ。この人とは対立している以上、この結末は仕方がありませんし、むしろ私達にとっては最良の結果だったと思います。ただ――」
(最後に命を賭して戦ったその人に姿すら見せてもらえず声もかけられないのは……)
心中の思いをエトは口にしかけたが、それを呑み込み、聖天剋の下へと駆け寄った。
「いいえ、なんでもありません。それよりも早くあなたの傷の治療を……ッ」
「必要ない。というより、もう手遅れだ」
傷口を見たエトが唇を引き結び、聖天剋はなんでもない調子で首を振った。閻魔との死闘でできた数々の傷に加え、分解魔法をもろに受けた傷はもはや治療魔法では治せないものとなっていた。
「とはいえ侮るな。止血は既に済んでいるし、まだ魔力も残っている。修羅道、地獄道と屠ったのだからな。どうせ死ぬならばあと一人、駄目元で狩れないか挑戦してみるのも一興だ」
聖天剋はそう言って頭上を見たが、そこにはただ青空の中にぽつりと聖イリヤウスが浮かんでいるだけでおり、肝心の聖の姿はなかった。彼女はどこに行ったのか分からなかったが、それでもなお聖天剋はかの天女を仕留めようと考えていた。
「俺はもう行く。貴様は何をするにしてもまずは魔力を回復させておけ。そこの木偶はかろうじて生かしてある。精々『魂喰』で回復しておくことだな」
「あっ……」
聖天剋はそれだけ言うと足早にその場を後にした。
一人残ったエトはしばらく聖天剋の消えた方角を見ていたが、やがて表情を引き締め、『魂喰』を発動した。
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