二大巨頭を打倒せよ 10
「……あちらも思惑通りにはいかないか」
一方、静香が上空で放った特級魔法を遠くで目にした聖天剋は、小さく溜息は吐くと、ゆっくりと“体を起こした”。
「……そのまま地に伏していれば痛みもなく殺してやったものの、これ以上まだあがくというのか」
そうして立ち上がった聖天剋を忌々しそうに睨む閻魔の体は流石に体の至るところに傷ができており、特に腹部に受けた大きな裂傷は最初に聖天剋に受けた蹴りによるものだった。回復手段をもたない閻魔は、片手で傷口を抑え、呼吸も短く乱れていたが、対する聖天剋もそれに勝るとも劣らないほど重傷だった。
「隻腕の貴様にこれほど手こずるとは、つくづく魔法というものは厄介だな」
「それはこちらも同じだ。天道の加護さえ無ければ今頃にはお前の首も獲れていただろうに」
これまでに何度か手合わせをしているため、互いに相手の力量はある程度把握していたが、閻魔は聖の恩恵を、聖天剋は『流動』による新たな移動方法を手にしているため、今回に限っては双方相手の出方を窺いながらの戦いだった。だが、戦いも遂に佳境を迎え、今軍配が上がっているのは……。
「むん――」
「!」
小細工なしに真っ直ぐ突進して拳を振るった閻魔に対し、聖天剋はそれを最小限の動きで躱し、左腕で貫き手を放つが、それを閻魔は読み切っている。
「両腕あれば分からなかったかもな」
左腕のみとなっている今の聖天剋だからこそ読むことができた閻魔。貫き手を掴んだ閻魔は次の瞬間、聖天剋を投げ飛ばしていた。それと同時に聖天剋の着地点に先端を鋭利にさせた石柱を作り出すが、それは聖天剋の発動した『流動』により失敗に終わる。以前まではなかった聖天剋の回避手段に閻魔は舌打ちするが、すぐに次の動きに移る。聖天剋を中心に次々と石柱を出現させ聖天剋を足止めしつつ、自らも聖天剋との距離を詰め、肉弾戦に持ち込もうとする。
「……片腕の俺なら接近戦も勝機があると思っているのか?」
地面から飛び出し、自分を貫こうとする石柱の数々を『破極』で破壊しながら、聖天剋は閻魔の狙いを見極め、逡巡の後にそれを受け入れる。聖天剋の見立てでは、現状自分と閻魔の戦力は、業腹だが閻魔に軍配が上がる。その理由は二つあり、一つは自身が利き腕を失ったこと、もう一つは聖の恩恵による閻魔の基礎能力の向上だった。そして、特に後者の方が今聖天剋にとって忌々しい要因となっており、今聖天剋が受けた深刻なダメージも、閻魔の攻撃を一発“防御”した時に負ったものだ。精霊装によって元々向上しているとはいえ、やはりそれ以上に聖の『虚ろなる天影』が大きい。翠連の『覇剣』にも耐えた聖天剋の肉体をもってしても届かない閻魔の今の肉体を前に接近戦は聖天剋にも緊張が走った。
「……!」
聖天剋の間合いに入る手前で閻魔は軌道を修正し、聖天剋の右側面に回った。右腕を失っている聖天剋に対して王道の選択なだけに、聖天剋もそれを予想していないわけではなかったが……。
「ぬん!」「……!」
閻魔の拳を僅かに後ろに跳んで躱すと同時にハイキックを放ちカウンターで閻魔の頭を狙う聖天剋。それに対し、閻魔は蹴りが触れると同時に頭を振って衝撃を和らげると同時にそのまま一回転してバックブローを放つ。
「……単調だ」
――『破極』。
「ぐぉ……!」
手甲が聖天剋に触れた瞬間衝撃が走り、閻魔の巨躯が吹き飛ぶ。十数メートル吹き飛んだ閻魔は空中でなんとか体勢を立て直す。その間にも聖天剋は閻魔を追随しており、彼が地に足を着けた時には既に間近に迫っていた。
「く……!」
先手を取るのは無理だと判断した閻魔は後の後を取ろうとカウンターの姿勢を取ったが、聖天剋がおもむろに緩慢な仕草で閻魔へと手を伸ばしたことで出鼻を挫かれる。やろうと思えば簡単に振り払えると思えるその挙動に一瞬閻魔は虚を突かれたが、すぐに我に返り、その腕を左手で掴み、そして直後に己の失態を悟った。「しまっ――」
「安易だな」
再び放たれた『破極』は先ほどの右腕と同じく作用し、彼の左腕を破壊するはずだったが、返ってきた反応が先ほどの右腕と同じものだったことにさしもの聖天剋も思わず渋面を作る。
――硬すぎる。
「ぬんっ!」
「遅い」
苦し紛れに放った閻魔の拳を躱して放った蹴りで閻魔を吹き飛ばしつつ、聖天剋は自分の『破極』が想像以上にダメージを与えられていない事実に驚嘆する。本来であればカナキはもちろん、翠連相手でさえかなりのダメージを与えることができたというのに、今の閻魔となると体の内側までも鋼鉄になったかのようにさしたるダメージは与えられていない。事実、彼の両腕には“それぞれ”既に三発以上の『破極』を放ったというのに、使い物にならないどころかほとんど効いている気配が無い。(翠連相手なら三発で倒せる自信が聖天剋にはあった)実際には全く効いていないわけではないだろうが、あまりにも高い防御力に加え、それを突破しても途方もないヒットポイントが残っているという感じだろうか。日本のゲームのことなど分かるはずもない聖天剋であったが、これと似たような感覚を今の聖天剋は感じていた。
「まったく面倒な連中だ……」
「それはお互い様だ……!」
あくまで平静を保ち、自然体で溜息を吐いた聖天剋に同意しながら閻魔も体を起こす。相変わらず、体には幾つもの傷が未だ消えず残っているが、大きなダメージとなったのは最初に完璧に決まった蹴り一発のみ。それ以外は先ほどの『破極』をふくめ、ほとんど閻魔にダメージを与えることはできていない。
(内側も硬いとなれば、理想は外側からの完璧な一撃……だが奴も“守り”は上手い……となると……)
そこで聖天剋はちらりと視界の端にいる人物に視線を向けた。面を付けているので傍から見れば気づかなかっただろうが、聖天剋並みに気配に敏感なあの女ならば気づいたはずだ。他人の力をあてにするなどこれまでの聖天剋ならあり得なかったことだが、カナキとの出会い、そして右腕を失ったことで聖天剋も考えを改めるようになっていた。
一方の閻魔も体を起こしながら、自分の両腕に少しずつではあるが、着実に痛みが蓄積されている感覚があった。今はまだ動きに支障はないが、これをあと三、四発さらに受ければ流石に使い物にならなくなる。だが同時に、あと一撃でも聖天剋に当てることができれば、その一発であの暗殺者を仕留めることができるとも閻魔は確信していた。だがあと一撃、その一撃までが届かない。閻魔は徒手空拳においては翠連さえも凌ぐ技量があると自負していたが、目の前にいる聖天剋は右腕を失ってなお閻魔とほぼ同等の技量を有している。今は身体能力の差で閻魔に分があるが、最初の奇襲で受けた蹴りであれば、流石の閻魔も無事でいられる保証はない。互いの戦力を分析し、改めて目の前の男が翠連を倒した怪物であることを閻魔は実感し、身を引き締めた。
「貴様は危険すぎる。ここで確実に俺が始末する……!」
「やってみろ、木偶」
閻魔の気迫の籠もった声とは逆に聖天剋の声はどこまでも静かだった。
直後、ノータイムで放たれた閻魔の地面からの攻撃を仕掛けるが、石柱が現れた時にはもう既に聖天剋の姿はかき消えていた。
「ッ」
僅かに目視で動きを追えた閻魔だったが、体が反応できた時には既に聖天剋は背後で手刀を振りかぶっていた。「遅いぞ、木偶」
「ぐっ!」
なんとか頭を振り、間一髪で手刀を躱した閻魔だが、振り向いた直後に足払いを受け、後方につんのめるようにして体勢を崩す。危機感を跳ね上げた閻魔は咄嗟に足元から石柱を伸ばすが、それを読んでいた聖天剋は最小限の動きでそれらを躱し、閻魔の懐に入る。
「な」
「足元だけ警戒していれば良いのだから楽なものだ」
驚愕する閻魔の胸に聖天剋の拳が突き刺さる。拳から伝わる硬すぎる感触に聖天剋は貫き手ではなく拳を放ったことが正解だったと確信する。貫き手であれば閻魔に致命傷を負わせることができた可能性があったが、閻魔の今の肉体だと貫通できず逆にこちらの指を負傷する可能性があった。
「吹き飛べ」
拳を振り抜き、閻魔は吹き飛ぶが、すぐに体勢を立て直し、今度は幾つもの岩の弾丸を作り出して射出すると同時にその身を地中へと沈めた。
「……ほう」
それはまさに一瞬だった。まるでそこがはじめから沼だったと言わんばかりに地中へと潜った閻魔に対し、聖天剋は岩の弾丸を避けつつ四方全体に警戒を広げる。
「よもや逃げるつもりではあるまい」
「当然だ」
どこからか聞こえた閻魔の声と同時に聖天剋の視界が急激に揺さぶられる。地震だ。
「ち――」
舌打ちとともになんとか体勢を立て直そうとするが流石の聖天剋でも立っていられないほどの地震に膝を着くことを余儀なくされてしまう。そしてそうなれば必然、地に潜む閻魔が黙っているはずがない。
「……ぬんっ!」
「……!」
突如地面から飛び出した閻魔が拳を振るったと同時に、この展開を予期していた聖天剋も『流動』を発動、両者の間に突然距離が生まれ、閻魔の拳は空振りに終わる。
「チッ」
「逃がすと思うか?」
攻撃が外れた閻魔はそのまま再び地中に戻ろうとするが、揺れが収まり体の自由を取り戻した聖天剋の方が早かった。
『流動』により生まれた距離を一瞬で潰し、潜ろうとしていた閻魔に襲い掛かる。
「――だろうな」
「ッ」
だが今度は閻魔がそれを読んでいた。
聖天剋が放った蹴りを受け止めた閻魔は次の瞬間、聖天剋の体勢をいとも簡単に崩すことに成功した。「足元にいる相手に拳は使うまい」
「ッ……」
地中から全身を踊り出し振るった閻魔の拳が今度こそ聖天剋の顔を捉えた。
ピシリ、と聖天剋の狐の面に亀裂が走った。
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