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兄妹の離別

Side カナキ


「あれは……!」


 皇国の援軍を足止めする役割をテオとマサトに任せ、シール市街へと急いでいた時、その大災害とも呼べる竜巻を僕は目にした。

 間違うはずもない。あれはイェーマが使っていた特級魔法だ。魔法が発生したのが街からかなり離れた地点だったにも関わらず、暴風は街の全てを覆い尽くさんばかりの広範囲であり、僕も足を止め、しっかりと足を踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうなほどだった。


「いくらカレン君でも、あの真ん中にいるとなれば流石に……!」


 カレンは一級魔法師が切り札にするレベルの魔法を多彩に操ることができることは知っているが、流石に特級魔法をモロに受けて防ぎきれるほどの防御魔法を持っているとは考えづらい。そんなことを考えている間に段々と風の勢いは弱まり、やがて目の前にあった巨大な竜巻も消失したが、同時にその中心にいたカレンの魔力も消失していた。

 カレンの魔力が消えたということは彼女は倒されたということか? いや、しかしあのカレンがこうも容易く敗れるとは……。

 様々な可能性を考慮しつつも、特級魔法の爆心地まで進むと、やがてそこにいたのは変わり果てた姿になった妹、金木楓(ふう)の姿があった。


「楓……」

「に、い、さん……今頃、来たんですか?」


 自らの血に染まった顔に弱弱しい笑みを浮かべた楓だったが、その体の四肢は所々千切れ欠損しており、元々病的なまでに白かった肌は陶器のように生命の鼓動のようなものを全く感じられないまでになっていた。幸い、傷口は全て炎症で塞がり、失血死を免れているようだが、最早手の施しようがないことは一目瞭然だった。


(いや、『賢者の石』さえあればあるいは……)


 僕と楓の母が持つ万能の石のことを思い出したが、静香がここにいない時点でそれは最早夢物語だった。彼女がここにいないことに様々な可能性がよぎったが、恐らく一番高い可能性はカレンを追ったという線だろう。もしも『賢者の石』で静香の治療にあたれば当然その分カレンに隙を与えることになるだろうし、それを避けるために楓を放置したというのは理屈上では理解できる。しかし、その捨て置いた相手が実の娘となれば話は別だ。僕はとにかく楓の元へと駆け寄り、『上級治療(ハイヒール)』を施した。助かる見込みは絶望的だが、助からないとしてもせめて死の間際に痛みだけでも拭い去ってやることが兄としての務めだと思ったからだ。そして治療する僕を虚ろな瞳で見上げる楓に対し、僕はどういった表情を浮かべればいいのか分からず、結局は曖昧な笑みを浮かべて楓に話しかけた。


「まったく、実の妹ながら無謀な真似をするね。母さんとカレン君の戦闘に割り込むなんて僕でもできないよ」

「はは……兄さんじゃないんですから、そんな真似、私にはできません、よ……」


 喋りながら、合間に力のない咳をする楓は、それでも口元に微笑を浮かべつつ穏やかな瞳で僕を見つめた。


「でも、私程度の命で母様を守れたことは誇りに思います……兄さんと違って、私は最期まで母様に報いることができましたから」


 その言葉にはさしもの僕も楓の言葉に口を挟まずにはいられなかった。既に命が風前の灯となっていることを理解しつつ、こればかりは、僕達家族の歪な関係性については言及しなければいけないという自分でもおかしかったが、兄としての使命感が僕の中にあった。


「楓には前も言ったと思うけど、君は母さんに対して勘違いしているよ。酷な話になるけれど、楓は、というか楓も僕も母さんにとっては都合の良い駒でしかないんだよ。楓がいくら献身的に母さんを助けようと母さんの僕達に対する思いは変わらないよ。彼女は元々僕達に対して何ら愛情みたいなものを感じていないんだ。あるのはただ僕達の存在が母さんにとって有益か無益かの二択だけさ。母さんは一見僕達に優しそうに見えるけれど、その実、あの人は巧妙に僕達の印象操作をしているだけで、その根本は僕達を利用しようとしているだけさ。現に、今楓がこんな状況になっているのにあの人は……」

「やめて!」


 それは死に瀕している妹から出たとは思えないほど死にかけている人間、そして普段物静かな妹から出たとは思えないほど力強い言葉であった。


「やめて……ください、兄さんが言いたいこと、は、少しくらいは、分かっている、つもりです……。でも、それを認めてしまえば私、何のために生きてきたのかが、分からなくなります……」

「ッ、そこまで分かっていたならどうして抜けだそうとしなかったんだ」

「……むしろ、私からすれば、どうして兄さんが母様から逃れられたのか、そちらの方がよっぽど不思議です……“あの生活”の後に、どうやって母様から離れることができたのか……ごほっ、ごほっ!」

「楓!」


 苦しそうに咳き込んだ楓を思わず抱え上げ背中を擦る。やがて咳が止まった楓の身体から急速に力が抜けていくのを感じた。何度も感じたことがある肉体から生命が抜け落ちていく感覚。僕は複雑な気持ちを抱えたまま楓の、実の妹の臨死に立ち会うことになるのだと自覚した。


「兄さ、ん……母様は、こちらの世界に来るまで、地球ではずっとあなたを捜していました……兄さんが脱獄したと思っていたから」

「……うん」


 この状況で何を話し始めるのかと一瞬止めようかとも思ったが、楓が最期に何かを僕に伝えたがっていることを感じ、僕は頷いて先を促した。


「でも、ある時、兄さんが監獄からいなくなった時の映像を入手した母様は、そこからこちらの世界に来る方法を手段を選ばず模索し始めました……そして、ようやくこの世界に来て兄さんの犯した数々の犯罪を目にして……母様の世界が兄さん一色に染まりました」

「は? 僕に……?」

「はい」


 あまりに予想していなかった言葉に驚いたが、楓は目を瞑り肯定した。


「馬鹿な、彼女が、母さんが僕達子どもに今更目を向けるなんて……」

「その前提自体が兄さんの間違いだったんです……母様は最初から私と兄さんに並々ならぬ関心をもっていた……まあ、その関心の中身が私の望むものではなかったということも、分かったのは私も今になってですけどね……こほ」


 小さく弱々しい咳を漏らした楓は、少しだけ目を開くと、僕の顔をじっと見て言った。


「兄さんと私は母様の実験対象だったんです。蛙の子は蛙なのか。はたまた別の何かなのか。母様は自らの精神の異常性を生まれながらに感じ、そして周囲との違いに疑問をもった……だから、自らの肉体と二人の男を利用し、母様は半生を費やす禁忌的な、とんでもない実験を行った……そして、私はその実験の失敗作の烙印を押されたというわけですね……」

「楓……」


 気づけば楓は静かに泣いていた。泣き声は一切上げず、静かに涙を流す妹を見ていると、ほとんど無意識に彼女の涙をそっと拭っていた。


「兄、さん……」

「ごめん、楓……僕はもっと楓ときちんと話す機会を設ければよかった」


 考えてみれば、楓はこの世界に来てから、いや、日本にいた時から物心ついた後はずっと母さんにくっ付いている完全に“母さん側”の人間だと認識し、無意識的に一定の距離を作っていたかもしれない。もちろん、一般的な兄としての役割は最低限こなしていたと思うし、僕達の周囲の人からはむしろ仲の良い兄妹の部類に入ったと思うが、僕達は家族の核心についての話題は極力触れないようにしていたし、楓が高校生に上がる前に僕は都会の大学に進学し、家族とあまり会わないようになってしまった。当時の僕から楓は、感情の起伏が乏しく、盲目的に母を妄信する哀れな娘に見ていたからだが、今死に瀕した状態で話したことで、初めて楓という妹が心の内に秘めていた想いが分かった気がした。


「わ、たしも……です。兄さん、は、本当に、何を考えているか分からない、人、でしたが……優しくなったんですね」


 そして、楓も僕と同じことを考えていたらしく、どこか嬉しい気持ちになったが、その後に続いた言葉には思わず呆れてしまった。優しい。この僕が?


「それは流石に買い被りすぎだよ。僕がこの世界で行った事は知っているんだろう?」

「はい。ですが、兄さんのそんな表情初めて見ました」

「え?」


 言われて僕は思わず自分の顔に手を当て驚いた。僕はどうやら悲し気な表情を浮かべているようだった。

 自分でも意識していなかっただけに数秒固まる僕に対し、楓の口から少しだけ息を吐く音が聞こえた。どうやら笑ったらしい。


「……もしかしたら、兄さんはこの世界に来てから、変わったのかもしれませんね」


 それに対して僕は少しだけ迷った後、観念したように頷いて言った。


「……そうかもしれないね。この世界に来て出会った人達のおかげで、僕は少しだけ普通の人の感情っていうのが分かった気がする……」

「ふふ……私も、『言霊の霊』になんか頼らないで、自分の言葉で、もう少し勇気を出して素直になればよかったかもしれない……ですね。身分は偽っていたけれど、兄さんのクラスで過ごした日々は、楽しかったなあ……」


 それは楓がフロイム・コフィンという偽りの名前と身分でラムダス魔法学校の特別クラスに編入してきた時のことを指しているのだろう。確かにあの時、監視の可能性はあったものの、静香の下を一定期間楓は離れていたのだから、じっくり話をしようと思えばできたはずだ。僕もあの時あと一歩を踏み出すことができなかったが、同じく楓もあと一歩を踏み出せなかったことを後悔していたのだ。


「……もう少し素直になればよかったって点について言えば僕達はまさに兄妹そっくりだったってことだね」

「はは……そうですね……でも」


 そこで僕と目が合った楓は一瞬何かに詰まったように硬直してから、ゆっくりと瞼を落とした。経験的に、それがもう一生瞼を開けることがない人間がする類の瞼の閉じ方だということを瞬間的に僕が察した。そして、次の言葉が、楓の最後の言葉になるだろうということも……。




「やっぱり、“お母さん”に見捨てられたのは、つらいなぁ――――」




 それだけ言うと、楓の体から完全に力が抜け、胸が再び空気が入って上下することはなかった。

 僕の唯一の妹、金木楓はその一言を最後に息を引き取った。


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
同情できない生き方はしてるんだけど楓も犠牲者ではあるんだよねぇ まぁ主人公のカナキ自身が一切同情できない生き方してるし、そもそも同情できそうな”良い人”が大体退場早いんですけどねHAHAHA
あーあ楓ちゃん死んじゃったぁ 面白い家族模様が垣間見えて良かった 更新感謝!
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