二大巨頭を打倒せよ 7
口を閉じ、感情を悟らせない表情のままのカレンに対し、アルティはゆっくりと言葉を選びながら語りかける。
「一つ、お願いをする前に確認したいことがあるんだけど、私は殿下が先生を……カナキ・タイガを憎むのは正当なことだし、それが悪いって止める気もないの」
それに対し驚いたのはカレンだけでなくティリアもだった。
「……へえ、それなら尚更、私があなたたちに手を貸す気持ちはないってことくらい察しても良いと思うのだけれど?」
「うん。だから手を貸してもらおうとは私も思ってない。ただね、私……これについては誰にも言ったことないから初めて言うんだけど…………私、あのイリヤウスって人に怒ってるの」
突然告げられた意外な言葉にカレンとティリアはまたどちらも驚いた。特にティリアにしてみれば、これまでアルティが他者をそんな風に言ったことはなかったため尚更だ。
「だってそうじゃない? あの人、だいしきょーだとかエーテル教だーとか言ってるけど、やってることだけ見たらカナキ先生のことが好きすぎて異世界侵略してきたようなとんでもなくヤバい人だよ? 私、たいていのことは許せると思うけど、これだ大勢を巻き込むなんてとうてい許せないよ」
「いや、アルティさん。エーテル教は私達の世界ではかなり信者も多い立派な宗教で……」
「そんなの関係ないよ!」
思わず口を挟んだティリアに対し、ここで初めてアルティは声を荒げた。
「私は今まで、いろんなところの医療施設でたくさんの怪我をした人の治療をした! 軽傷の人もいれば重傷の人もいたし、途中で亡くなってしまった人だってたくさん見てきた! 私が目にしたその人達は全員皇国と戦って怪我をしたの! 私だってセルベスで勉強したし、戦争が起こるのには色々な理由があることくらい分かってるよ。でも、今回の戦争はなに? 私から見れば、ただイリヤウスって人の命令で皇国が色々な国に攻め入って、多くの国を服従させるか、もしくは滅ぼしているようにしか見えない! 違いますか、王女殿下!?」
アルティがそう言うと、カレンは熱量に圧倒されて僅かに開いた口を閉じ、あくまでも冷静な態度で返答する。「……確かに、あなたの言うような状態かもしれないわね」
「でしょ? だから私はあの人が許せないの! イリヤウスって人はすごい頭が良いって話だし、馬鹿な私にも分かるんだから、絶対この状況について気付いてるはずだよ。なのに辞めるどころか、カナキ先生を自分の望む世界で手に入れるために戦争を進めて、遂にこんなところまで来た……お願い、オルテシア殿下! 私達の力にはならなくてもちろん構いません。どうか皇国を打倒する一助となってください!」
アルティの言葉はしぃんと静まり返った廃墟となったセルベスの校舎の壁に反響し、束の間の間木霊した。自分の趨勢が決まるドーはただ息を殺し、ティリアは見たことのないアルティの迫力にただ気圧され、そして当のカレンはしばらく黙し、ただじっとアルティの表情を見ながら何事か思案を巡らせていた。
「……一つ確認したいのだけれど」
どれほど時間が経っただろうか。カレンが長い沈黙を破った時、まるで大気中に亀裂が入ったかのように空気が一変し、アルティは緊張した面持ちでカレンの視線をまっすぐと受け止めた。「……なにかな?」
「仮に私があなた達ではなく、皇国を優先して排除するとなったとしても、私からも条件があります。あなたがその条件を呑むというなら一考の余地があります」
「ん……分かった。でも私の一存で決めていいのか分からないものは……」
「それはあなたの力でなんとか他を納得させなさい。そこに転がっている女もそうですが、私があくまで交渉に応じるのはあなただけです。今ここでそれが約束できないのであれば話はここまでです。あとはあの男が死にかけるまで静観を続けます」
「わ、分かったよ! その条件を教えて!」
妥協を一切許さないであろうカレンの断定的な口調に、流石のアルティもたじろぎ続きを促す。それを聞くティリアも口を挟みたい衝動に駆られたが、自分が今ここで喋るのは逆効果になると口を噤み、全てをアルティへと託した。
「私の条件は二つです」
カレンはそこで一度言葉を止め、自身の紅蓮の色の髪の毛をかきあげた。一度アルティから目を離し、空を眺めながら何事かを少し思案した後、やがて再びアルティへと視線を戻した。
「一つは私の行動に対して誰も横槍を入れないこと。それは戦闘でもそうだし、もし私があの男に襲い掛かったとしてもそう。あの男に無抵抗で殺されろとまでは言わないし、それくらいは許容されてしかるべきでしょう?」
「うーん………………まあ、そうだね。確かに、私としても王女殿下がカナキ先生を憎むのは当然だと思うし……うん。分かったよ。私達は手出ししない」
「……それは本当かしら? 正直、非力なあなたが他の仲間達を止めるのは難しいと思うのだけれど」
「大丈夫。絶対させない。約束するよ」
ノータイムでそう言い切ったアルティにカレンが若干気圧されたのを外から見ていたティリアは感じた。それはアルティの言葉が咄嗟に出たでまかせではなく、純然たる事実だということが態度に現れていたからだろう。確かに、アルティの献身的な態度と表裏のない性格は曲者揃いのカナキの仲間達の中でも一目置かれている。なにせあの聖天剋ですらアルティの言葉には真正面から反論できないほどだ。
「……そう。なら良いんだけど。なら、二つ目も話していいかしら――もっとも、これがあなたにとっては一番酷な注文になると思うけれど」
「大丈夫、どんとこい!」
「……あなた、本当に不思議な人ね……生きているうちにもっと話しておけば良かった」
どんと胸を叩いたアルティに複雑な表情を浮かべたカレンは気を取り直すようにふう、と一つ息を吐くと、真剣な面持ちで告げた。
「端的に言います。アルティ・リーゼリット。あなたは魔法界の禁忌とされる他者の犠牲になり立っている死者蘇生の該当者です。この騒動の終了後、他の魔法師にその術式を暴かれないためにも、即刻自害しなさい」
「はあ、はあ……!」
「――まったく体が頑丈にもほどがあるでしょう……まさかここまでやって誰一人仕留めることができないなんて……」
ボロボロになったスイラン、フェルトが片膝を突く頭上では、未だ数十の数になって尚増え続けるシズカが困ったような笑みを浮かべた。アリスが放った眷属はとっくのとうに全滅し、今やスイランとフェルトは致命傷を避けるだけの防戦一方になっていたが、それももはや限界だった。
「そもそも魔力を感じないあなたはともかく、神聖力も利用して上手く立ち回っているあなたはまだ魔力を残しているでしょう、スイラン? 手遅れになる前に残しているならば奥の手を出した方が良いのではないの?」
「ちっ……」
こちらを見下ろすシズカの発言にスイランは珍しく戦闘中にもかかわらず舌打ちwおする。スイランとて、このまま一方的に消耗させられるのは望んでおらず、どこかで勝負を仕掛けたかったのが本音だが、終ぞここまでシズカはその勝負の機会すら与えず、ただただ二人を真綿で締めるかのごとく圧殺した。シズカは『覇剣』が絶対に防がれる距離を常に保ち、ならばとこちらが距離を詰めようとすれば大量の傀儡による全方位攻撃を敷き、傀儡の数を減らそうと的を絞れば、大を逃がすために小を犠牲にする判断を的確におこなった。
(勝負するどころかそもそも勝負の席にすら座らない……空中戦の手段が限られている私達との相性が最悪なところも、全てこうなるよう計算づくってことか……クソ)
内心毒づいたスイランが、それでもなお刀を支えに立ち上がる。だが、立ち上がったスイランに対し、フェルトは既に限界をとうに越えており、がくがくと震える足は、既に彼女の体を支えることすら困難になっていた。
「おい、何してる……さっさと立ち上がらないと死ぬぞ……」
「分かってるけど……もう、誰もがあんた達みたいに化け物じゃ、ないんだから……!」
「あら、ようやく一人終わりかしら。まあ、流石に私も閻魔様の方に加勢にいかないと、また小言を言われてしまうかもしれないしちょうどいいわ」
静香の傀儡三体が集まり、再び最上級魔法を発動せんとする。これまではその度にスイランの『覇剣』で相殺していたが、流石のスイランも今の状態で放つことは叶わない。
「良いわよ。あんた一人でも逃げなさい。ま、どのみち時間の問題かもしれないけど」
「愚か者が! 戦場で泣き言を言う暇があれば戦え!」
「それができてちゃ苦労しないのよ! なんであんた達はどいつもこいつもそう脳筋なのよ!」
「ふふ、仲良しね。それならいっそ二人まとめて受けてみてはどう?」
傀儡達の魔法が発動しようとする直前までスイランはフェルトに見切りを付けて自分だけでも逃げるか迷った。だが、そもそもこれまでのスイランなら、逃げることを迷うことすらしなかったにも関わらず、逡巡の末に中途半端な立ち回りをしてしまったことに自ら気がついた時、スイランは自身の在り方を決め、フェルトの前に立った。
「なっ、あんた……!」
「黙れ! 姉様の刀を受け取った以上、私は半端者に窮するつもりはない!」
ここで傀儡の攻撃もろとも静香を斬る。
自分自身でもそれが百回やっても一回叶うかどうかの僅かな希望であると分かっていながら、スイランは覚悟を決めて構えた。毎日の連戦により身体は既に限界を迎えており、これを放った後、スイランはもう動くことができなくなっているだろう。それでもなお、だからこそスイランは次の一撃に思いの全てを乗せ、限界以上の一撃を放たんと身体を鎮める。
だが、スイランが生涯最後となるかもしれなかったその一撃は、結局は放たれることなく無為に終わった。
「あら、間に合ってしまったわね」
「ッ!」
遠くから放たれた三発の『紅魔弾』の閃光が、今まさに魔法を発動しようとしていた三体の傀儡の頭部を貫いた。
組み込まれていた魔法の術式が解け、行き場を失い爆散する魔力から逃れようと、スイランはフェルトの腕を掴んで後退し、静香も傀儡とともにさらに上空へ上昇した。
「あ、なたは……!」
「ごきげんよう、これで会うのは二度目になるわね」
セルベス側、遥か先に自分と同じく浮かぶ紅蓮の髪の人物を見た時、さしもの静香も動揺し、僅かに顔を歪ませた。
その視線の先で当人、カレン・オルテシアは長い髪をかきあげ、凍てついた瞳で静香を射貫いた。
「あのときと違って私の方も万全よ。諸悪の根源、ここで根絶やしにさせてもらうわ」
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