二大巨頭を打倒せよ 5
ようやっと書きたかった展開まで来ました
――――そろそろか。
男は段々と近づいてくる気配と、その二つの気配の強さを感じて、ようやく自身が解放される時が近づいているのを悟った。
「ッ!」
ティリアの放った三発の銃弾が狙い誤らずドーの幻影三体に命中した。幻影の体は炎へと還る中、それを最後まで見届けることなく、今度は後方から迫る幻影を倒すべく魔力を熾す。
ティリアの発動した『風刃』の魔法は複数のドーの幻影を倒すが、次から次へと湧き、全方位からゆっくりと侵攻するドーと比べ、手数が全く足りていない。今は事前に仕掛けていた設置型の罠でなんとか食い止めているがそれも時間の問題だった。
(あくまで持久戦でこちらの弾切れを誘いますか……!)
ドーの居場所は未だ掴めず、こちらは迫る幻影を食い止めるので精一杯。しかも厄介なのが幻影を倒すごとに燃え広がる蒼い炎だ。一体ずつの発生させる炎は大した量ではないのだが、こうも何十体と倒していては校舎まで火の手が迫るのも時間の問題だった。真綿で首を絞められるかのようにじりじりと劣勢に追いやられていく戦況にティリアは相手の老獪さに渋面を作った。
「アルティさん! 戦況は!?」
「誰もやられてないけど、エトちゃんの魔力が……!」
「くっ……」
それに加え、アルティから入ってくる戦況は芳しくなく、特にエトと閻魔の戦闘が長引いている状況にティリアは焦燥を募らせる。早く打開策を考えねばならないのだが、その前にまずティリア達自身の戦況もかなりまずいと指揮官としてティリアは認識していた。
だが、一方でドーもあまり悠長にはしていられない。セルベスに張られた罠が想像より多かったのと、相手の指揮官に腕の立つ狙撃手と魔法を同時に扱える者がいるとは流石のドーも想定外だった。しかも熾している魔力の質を見るに、二級魔法師相当の力量はあるとみられ、簡単に制圧できると考えていたドーは、認識を改め、予定よりも早く仕掛けることを決める。
「――ッ!?」
突如セルベスを囲む炎の中から放たれた『雷光千鳥』にティリアが反応できたのはほとんど奇跡に近かった。
校舎の壁を易々と貫通し迫る物理的な破壊力も有した雷撃に対し、ティリアは咄嗟に回避は間に合わないと判断した瞬間、『金剛障壁』を展開する。
「ぐっ!?」
『雷光千鳥』と『金剛障壁』がぶつかり合った瞬間、その途方もない威力にティリアは目を瞠る。かなり遠くから撃ち込まれたというのにも関わらず、その威力は『金剛障壁』を軽々と打ち破りそうな威力であり、ティリアも全力で障壁に魔力を注ぎ込む。
「ぐあ!」
それでも障壁で全てを防ぎきることはできず、『金剛障壁』が破壊されるとともに、ティリアも少なくない衝撃に襲われた。電撃により体も痺れ、銃も取りこぼしてしまう。慌てて銃を拾おうとするも、体が痺れるためにその動きはあまりにも遅い。ようやくティリアが銃を取った時、通信越しにアルティが叫んでいるのにようやく気付いた。
「ねえ、ティリアさん! 無事だったら返事を――」
「すみません、こちらは少し負傷したものの問題ありません。それよりも敵がいよいよ本腰を据えてここを攻め落とすつもりのようです。どこから攻撃が来るか分からないのでアルティさんも警戒を――ッ」
全てを言い切る前にもう一度衝撃。今度はティリアのいる階を横に貫くように雷撃が走り、間一髪でティリアはそれを躱した。
(ッ、一体どこから……!)
まだ痺れの残る体で移動しながら、ティリアは“レンズ”を操作して今の攻撃源を探り当てる。結果は校舎東部に位置する、蒼い炎の中付近の幻影。
「『岩氷柱』……!」
発動させたティリアの魔法はレンズで探り当てた魔力源である幻影を正確に貫いた。だが、返ってくるはずの手応えが全くないことにティリアは動揺する。「どうしてっ……!」
「その程度でわしは捉えられんよ」
炎の中でドーは静かに微笑む。再び魔力を練り込む。発動させたのは『獄炎柱』だが、今度の狙いはティリアではない。セルベスの校舎の各所を火炎が包み込み、爆炎が起こる。
「次から次へと……!」
こちらの嫌なところを的確に突いてくるドーに対しティリアは歯噛みする。
ただでさえこれだけの幻影を相手に逃げるのは厄介極まりないというのに、数え切れないほどの幻影を倒したせいで校舎以外の敷地内はほとんど隙間のないほど炎に包まれている。ここまで相手が積極的に動かなかったのもこうなる状況を待っていたからだろう。ドーが策を巡らせて作り上げた状況がいかにティリア達にとっていかに絶望的かを改めて突きつけられたような気持ちになりティリアが一瞬目の前が真っ暗になったような錯覚に陥る。
「え?」
その時、ふわりと体が浮かぶ奇妙な感覚に陥る。
レンズ越しに視界を確保していたティリアは一瞬状況が分からなくなるが、すぐにそれが、足場が崩れて自分が落下しているからだと気づく。先ほどのドーの攻撃でティリアのいた階自体が保たなくなったせいか。
「くっ!?」
敵に正確な位置を悟らせないために魔力を極力体内に抑えていたため、自己強化魔法も施しておらず、そのまま転落すれば致命傷を負ってしまう。そんなティリアを突然抱きかかえ窮地から連れ出したのがアルティだった。
「あ、アルティさん!?」
「喋らないで、舌噛むよ!」
アルティは落ちていく岩々を避けながらティリアを崩落の範囲外まで運び、そっと地面に立たせた。
「ごめん、こんな状況になるまで私何もできなくて……」
「いいえ、とんでもありません。アルティさんがいなかったら、私もどうなっていたか……いえ、それより今はこの場をどうするかを考え……ッ」
そこでティリアが目にしたのは、上空から観察していたセルベスではなく、実際にいる人と同じ高さから見る景色は想像以上に事態の深刻さを物語っていた。
目の前に広がる蒼い炎。その中を悠然と歩く無数の幻影達。さらにその先はセルベスを囲う高い炎の壁がそびえ、セルベスの外の様子がどうなっているのかさえ分からないほどだった。
「こ、これは……」
なまじ先が見えすぎるゆえに、その圧倒的劣勢はこの戦いに臨む前に固い決意を胸に秘めたはずのティリアをもってしても心が折れるには十分で、
「諦めちゃダメ!」
「え……!」
だからこそ、隣にいたアルティが掛けた言葉がティリアの手放しそうになった思考を直前で手放さず、握り直してくれた。
「まだ絶対方法はあるはずだよ! ティリアちゃんになら必ず分かる! 最後まで諦めない、思考を止めちゃだめ!」
「アルティさん……」
アルティの言葉は彼女自身の心から出た素直な言葉であったが、奇しくもそれはティリアが戦場で何度もカナキから聞いた言葉だった。諦めるな、思考を続けろ。カナキの副官としていくつもの戦場を渡った記憶が蘇り、隣でまっすぐにこちらを見るアルティが、部隊にいた子供の奴隷兵士達の姿と重なった。
私が諦めれば、アルティさんもここで死んでしまう。
当然のことであったが、改めて突きつけられた事実が再びティリアの心に火を点け、思考を再回転させ始める。
(とはいっても、もう取れる方法なんてこれしかないんですけどね!)
「アルティさん! 少しだけで良いですので私を守ってください!」
「合点承知!」
アルティがティリアを護るように一歩前に出たと同時にティリアも魔力、そして神聖力を爆発させる。
(これは……)
ドーは突然膨れ上がったティリアの魔力に驚愕するとともに最大限の警戒を向ける。本来、神聖力は魔力よりもエネルギーとしての総量は大きい一方で、扱いが難しく魔力のように自由に行使することは難しい。しかし今のティリアはその制約を打ち破り、魔力だけでは足りない分のエネルギーを自身の神聖力を利用することで一度きりの大技を放とうとしていた。
(付きっ切りで指導してもらったスイランさんがいなければ、こんな切り札も用意できずここで諦めてしまっていたでしょうね……!)
「はっ! とぉ!」
ティリアが魔力と神聖力を調和にかかる時間はおよそ十秒。その間に幻影を寄せつけないようアルティは『魔弾』を乱射する。攻撃能力を持たない幻影はそれで次々と撃ち落とされていくが、それをただ黙ってみているドーではない。
「ッ!?」
ティリア達の右方向、足を止めた幻影が自分達に向けて手をかざした時、ティリアは叫んだ。「右側面!」
「はいっ!」
ティリアの指示に対しアルティは素早く反応、振り返りざますぐさま放った『魔弾』はドーが魔法を発動させる前に着弾する。
本体だ。アルティの攻撃を受けたその幻影の魔力の揺らぎを見てティリアは確信した。事実、ぐらりとその幻影は体を折ったが、次の瞬間他の幻影と同じく炎へと戻る。それを見てティリアは相手の魔法のカラクリに一つの予測を立てる。
「ッ!」
ティリアがそれ以上考える前に、新たな幻影に本体の魔力を知覚する。だが、アルティにそれを指示するよりも早く、そのドーの幻影、いや、本体が目を瞠るべき速度でアルティ達に滑るようにして迫ってくる。
「くっ!?」
アルティがすぐさま撃退しようと『魔弾』を放つが同じ手は食わんとドーは『金剛障壁』で全てを無効化する。更には魔力を増幅させ、至近距離で最上級魔法を発動せんとする。
(ぐ、ギリギリで間に合わない……!?)
ティリアの準備も終盤だったが、タッチ差で相手の魔法の方が速いと脳内で結論を出す。絶対絶命の状況であったが、そこでもアルティが予想外の動きを見せた。
「やらせない……!」
「あ……!?」
最早数歩の距離まで迫ったドーに向け、横合いから飛び出したアルティが腕を振るう。その手の先には『魔力執刀』――――あまりにも無茶だ、とティリアは思った。アルティがその魔法を得意ということは知っていたが、準一級相当のドーの作り出した『金剛障壁』を前には刃は砕け、ティリアとアルティ二人共々相手の魔法の直撃を受けるしかないと。
――アルティの『魔力執刀』が『金剛障壁』を切り裂き、ドーに体に大きな裂傷を与えた。
「がぁあああ!?」「……え?」
ドーもティリアも予想しなかった結果に戸惑う中、アルティだけは全く動じずに、
「ふんっ!」
と更に『魔力執刀』をドーの腹へと突き入れ、今度こそ意識を断つ。
「ティリアさん、今だよ!」
「え……」
「まだ幻影と炎が残ってる!」
「あっ……はい!」
呆気にとられながらも、アルティの言葉でティリアも準備ができた魔法を発動させる。
発動させたのは最上級魔法の『絶対零度』。セルベスの敷地内に指定して発動されたその魔法は、燃え続ける校舎、そして敷地全域に広がった蒼い炎を鎮火し、たちまち地面を凍結させた。
「おおっ、流石ティリアさん! あとは……」
一瞬で燃え盛る世界から全てが凍った世界へと変わったことに驚きを見せたアルティだったが、その後すぐさま手慣れた手つきでドーの身体をまさぐり状態を確かめると、やがてその場で硬直していたティリアに向かって訊ねた。
「一応、最低限の止血をすれば生かすこともできるけど、どうする?」
「ど、どうって……!? …………いえ」
アルティのあまりにも淡々とした様子に思わず叫んでしまったティリアだったが、すぐに現状を思い出し、強引に意識を切り替えると一つ頷いた。
それから一応念のために横たわるドーを確認し、それから周囲に魔力反応がないか“レンズ”も用いて確認する。結果はグリーン。レンズ越しに見ても敵の反応はない。
ようやく胸を撫で下ろしたティリアは、それまで律儀にこちらを待っていたアルティに対し、現状を共有する。
「今はアルティさんの魔法については置いておいて、次に私達の動きについて確認しましょう。セルベスがこうなってしまった以上、校舎は倒壊の可能性もあるし使えませんから移動が必要です。問題は私達がこのまま後方で指揮官に徹するか前線の支援に出るか。現状一番危険なのはエトさんですが、あのレベルの人同士の戦闘に私達が介入しても返り討ちに遭うどころか、むしろエトさんを更なる劣勢に追い込む要因にもなりかねません。となると、やはり現状ベストなのはマサトさんとテオさんの支援になりますが、それにしてもそれはどの地点で行うのがベストなのかも確認する必要が」
「――いやはや、もう終わった気でいるとは……」
「「ッ!?」」
突如飛来した『電撃破』がアルティとティリアを串刺しにした。
全く気配のなかったところからの攻撃に二人は回避も防御もすることができず、共に凍てついた地面に体を放り出して倒れた。
「そ、そ、そん、な……」
痛みと共に電撃による痺れから呂律すら回らない状態のティリアがなんとか顔を上げると、そこには校舎の陰から悠然と歩いてくる壮年の男、ドーの姿があった。
「いやあ、強者は根こそぎ前線に出て本丸には大した戦力は残っていないと思っていやしたが、やれやれどうして、残った二人も中々に厄介だったとはねえ」
「――くっ!」
そのときアルティが立ち上がると同時に飛び出した。
未だ痺れが残っているにも関わらず、それを感じさせない速さで駆けたアルティが『魔力執刀』を振るおうとするが、それはドーに届く前に止まる。
「が、か……」
アルティが視線を下に下ろすと、そこには地中から伸びた鋭利な岩の突起が自分の腹部に刺さっているのが見えた。
「あ、アルティさんっ!」
「ははっ、まだ動けるのは驚いたが、先ほどの戦闘でお前さんの『魔力執刀』の恐ろしさは分かっておるよ。まったく、どれだけ研鑽を積めばそれほど高位の『魔力執刀』を作り出せるのやら……」
「く、ぅ……」
岩から体を抜いたアルティは数歩後ずさり、自らに治療魔法を施すが、それも長続きせず、やがて意識を失いその場に倒れる。ドーはそれを満足そうに見終えてから再びティリアの方を向くが、その間もティリアは痛みと痺れで芋虫のようにもぞもぞと体を動かすのが精いっぱいだった。
「ど、どうしてあなたがまだ生きているのですか! 先ほどあなたの本体は確実に倒したはずです!」
時間を稼ぐねらいが半分、純粋に疑問に思う気持ちが半分でティリアが叫ぶ。
そんなティリアの考えすらも見透かしているのか、ドーは泣き叫ぶ赤子を愛でるような優しい微笑を浮かべる。
「おやおや、それはとんだ思い違いをしているものだ。そもそも私の魔法の正体にすら気づいていないだろうに」
「そんなことはとっくに気付いています! 幻影の大量召喚とその幻影と本体との位置をほぼノータイムで交換できる厄介極まりない魔法。それがあなたの固有魔法ですね?」
「……ほぉ。そこまで分かっていましたか。ならば、あれを見ればあなたの疑問も解けるのではないのかな?」
ドーが指さしたのは先程ティリアが倒したドーの本体と思われた者。結局アルティの治療も受けられず、もはや虫の息となったその人物の顔をじっとよく見たティリアはようやく真実へと至る。
「最初から、自分とは別人を用意していたのですか!」
「はっはっは、ご明察。高弟の中でも特にわしの指示には盲目的に従う者であってな。これもメルプル大寺院の全門徒のためだと頼んだら二つ返事で了承してくれたわ」
確かに今となっては分かる。ティリア達がドー本体だと思っていた者とドー本人の僅かな魔力の質の違い。ドーが息を潜めていたとはいえ、あの幻影を作り出す魔法自体はドーが発動していた魔法であることは明らかなだけに、その違いに気づかなかったことに対し、ティリアは忸怩たる思いだった。
「……とはいえ、この短時間でわしの『幻影炎』の正体についてそこまで気付くとは、尚更ここで始末するには惜しい人だ。」
ドーの手から魔力が溢れる。ティリアが時間を稼ぐために喋っていたこともドーは分かっていたのだろう。自分一人を殺すにしては過剰すぎるほどのその魔力にティリアは思わず苦笑を浮かべてしまった。「戦術からもそうでしたけど、あなた、とことん慎重派ですよね」
「念には念を入れるのが性分でな。事前に考えられる展開は全て織り込んだうえで、これくらいはせんと生き延びられるかが不安でたまらないのでな。だがそのおかげで今日もこうして生き延びられるわけだ」
ドーが光る指先をティリアへと向ける。
無念です……。
必死に思考は巡らせるが、いくら考えても最早打つ手はない。ティリアはそっと目を閉じた。
そのときだった。
頭上から光が差したと思った瞬間、天上から美しい声音が聞こえた。
「そう。ならこの展開も織り込み済みということかしら?」
「――――は?」
声が聞こえた直後、ティリアに向けていたドーの右腕から先が消失した。
何が起こっているのかも分からず呆然とするティリアに対し、ドーは何かを感じ取ったのか、真っ先に頭上を見て、それから「……バカな」としわがれた声を出した。
「あ……」
そして同じく視線を上げたティリアも驚愕する。
天上にいたのは見紛うことない。オルテシア王国王女、カレン・オルテシアだった。
御意見御感想お待ちしております。




