二大巨頭を打倒せよ 3
――――長い。一体、どれほどの時が経ったのか。
男は、暗闇の中で沈黙を保ちつつ、外の世界にある、あの男の気配を辿る。
男の気配は一人の気配と戦っているようだった。男の相手をしている者の気配も鋭く、研ぎ澄まされていたが、やはりその男を一人で相手取るのは苦しそうだった。
まだ。もう少しだ。
男はただじっと、その時が来るのを待ち続けた。
「ハアッ!」
「ぬん!」
エトと閻魔の拳が真正面からぶつかり合い、空気を切り裂いた。
女性のエトの腕と巨木のような閻魔の腕。自己強化魔法に加え、マティアスの特異体質を受け継いでいるエトだが、聖の『天影』の恩恵を受けている今の閻魔には流石に敵わなかった。
「…………ッ!」
「本当に面倒な連中だ」
靴底をすり減らしながら後退したエトの右腕は至る所から折れた骨が皮膚を突き破って出ている状態だったが、みるみるうちに再生し、数秒の間に元通りになっていた。
『魂喰』――カナキと同じく体内に魂魄の魔力エネルギーを有しているエトは、即死以外の全ての傷を瞬時に再生させる。まだまだ戦闘意欲を失うことなく自分を見るエトに対し、閻魔は露骨な渋面を作り、次の一手を放つ。
「!」
閻魔が足踏み一つで作り出したのはエトと自身を囲む高い壁だった。四方を囲む壁はセルベスのどの建物も比較にならないほどの高さでそびえ立ち、『自由』を使えなければ脱出も容易ではない。四方十メートル程度であり遮蔽物もない空間を作り出した閻魔は、そのままエトに向かって突進する。狭いフィールドに追いやり、まずはエトの機動力を潰す作戦だった。
「くっ!?」
閻魔のタックルを横に躱すと同時に足払いを仕掛けるが、閻魔は転ぶどころかびくともしない。その隙に閻魔が放ったバックブローがエトを捉え、防御したエトの両腕を破壊する。腕はすぐに再生を始めるが、閻魔の狙いはそこではなく、視線は足元を向いていた。
「その義足は再生するまい」
「……!」
閻魔の狙いを悟ったエトが後退するが、閻魔の作り出した狭い空間ではすぐに壁際まで到達してしまう。腕が再生しきる前にケリを付けようと閻魔が地面を蹴った。だが、それと同時にエトも両足で地を蹴り、閻魔は瞠目する。閻魔の飛び出すタイミングを読み切ったエトの跳び蹴りは、咄嗟に顔を引いた閻魔の鼻先を掠めるのみだったが、一回転してエトが着地したのは地面ではなく、閻魔の作り出した石壁だった。義足の足裏に特殊なアンカーを装備しているエトは、そのまま掌を閻魔へと向け、即座に魔法を放った。
「『終末』」
「ぐ……ッ!?」
エトと同時に発動した『大旱の赦炎』は、ギリギリで間に合った。
魔法を無効化されたエトが次の行動を起こす前に閻魔は地を蹴り拳を振るった。至近距離からのそれを回避できず胸の前で両腕を十字に固めたが、閻魔のパンチの威力を殺しきれず、石壁を破壊し、エトは付近の家まで吹き飛んだ。
自身の作り出したフィールドからエトを自分自身で外に逃がしてしまったことに閻魔は舌打ちするが、すぐに意識を切り替え、エトと再び距離を詰めようと接近する。その時だった。閻魔の体が大きな衝撃を受け後方に吹き飛んだ。
「ぐぉ……!?」
今度は閻魔が建物まで吹き飛ぶ番だった。しかも、最初に食らった一撃よりも威力が段違いに跳ね上がっており、閻魔の口内に久しぶりに血の味が広がった。
「これは……」
「魂魄還元……『魂進』!」
膝を着き、立ち上がった閻魔の視線の先でエトが閻魔に向かって構えを取っていた。全身からは先ほどとは比べ物にならないほどの魔力が迸り、醸す雰囲気も一段と強力なものになっている。閻魔の体が無意識に、聖天剋や翠連を前にしたときと同じくらいの警戒態勢になる。
一方でエトも、このままではやられるという判断から、切り札の『魂進』を使用させ“られた”ことに歯噛みする。『魂進』は体内に貯蔵している魂魄を魔力に変換して直接自分の体に送るエトの固有魔法であり、使用すればカナキすら圧倒できる身体能力を獲得できるが、その一方で魂魄の消費が激しいうえに、再生能力なども著しく低下してしまう。下手をすれば魔力切れで自滅する可能性もあり、まさに諸刃の剣の魔法なのだ。だが、そうでもしないと目の前の男には敵わない。エトの武人としての直感がそう告げていた。
「……ここまで時間が経っても使わないということは、やはり体外に表出しない魔法なら無効化できないというセシリアさんの仮説、間違っていなかったみたいですね」
「……問題ない。遠距離がないなら懐に入れたところを潰すのみ」
「そう簡単にいけばいいですけどねっ!」
再びぶつけあった拳は今度は互角だった。
大きな力のぶつかり合いが街全体に響く中、その外側の閑散とした町通りを一人の老人が歩き去っていった。
「ティリアさん! エトちゃんは大丈夫なの!?」
一方セルベスにいるアルティは見ている映像に焦燥感を募らせ、悲痛な声をあげた。
「……予定にない『魂進』を使いました……これまでにかなり魔力は溜め込んでおいたので、普段の倍の時間は持続できるはずですが、それでも長期戦は臨めない……」
「そんな……エトちゃん!」
ティリア達の視界に映る映像では、主に四ヵ所の戦場が映し出されていた。
一つは皇国陣で孤軍奮闘を続けるカナキ。ここは今もS級精霊騎士相当の敵複数と戦闘をしていたが、こちらは比較的心配は少ない。彼の切り札である『黒淀点』、そして『シャロン』を出し惜しむことなく使う今のカナキは、最低でも六道上位クラスの敵で挑まねば勝負の土俵にすら立てない領域にいる。最近は比較的大人しかったが、思い返せば、そもそもカナキはこの世界に戻ってくるために単身で三人もの六道を屠った、どの世界でも規格外の猛者なのだ。最近は本人の口癖だった自分を卑下する発言もずいぶん減った気がする。レンズが映す四つの映像の中で、唯一ティリアがハラハラすることなく見られる映像かもしれない。
そして次に比較的優勢なのは中央以外の局地戦。主にアリスが動かす死体とテオ、それにマサトとその眷属達だった。
開戦と同時にセシリアが屠った前線の兵士の生き残りは、自分達でなんとか体制を組み直し、閻魔とは別のルートでセルベスへ向かおうとしていたが、それに対してティリアが指示を出し、そのほとんどを迎撃できていた。ただ唯一、皇国側のガデスという精霊騎士(マサトが戦ったことがあるらしい)のみが全域を飛び回り、自軍の崩壊を防ぐべく奔走しており、その男のみは今も倒しきれず懸念材料として残っている。彼が握るのはS級精霊装『イグニス』であり。下手に彼に近づけばその能力によって肉体は焼き切れてしまう。現状は下手にこちらを維持しつつ、ゆっくり敵陣営を削るのが良いとティリアは考えていた。
そして残る二つの映像こそ現在進行形でティリアが一秒たりとも気が抜けない状況にあった。一つは静香とスイラン、フェルト、アリスの戦闘。そしてもう一つは今アルティが釘付けになっている閻魔とエトの戦闘だった。特にエトの方は一騎打ちということに加え、エトが既に奥の手を使った状態であり、少しの予断も許さない状況だ。
「ああっ!」
閻魔の投じた無数の岩の弾丸がエトの肩を貫くとアルティが叫び声を上げた。傷口はすぐに塞がるが、あれが再生できない頭や義足に当たればすぐに勝負は決まってしまう。アルティは切迫した表情でティリアに叫ぶ。
「え、エトちゃんに援護は出来ないの!?」
「閻魔に魔法師の相性は最悪です。援護に出せるとしたらスイランさんか、ギリギリでフェルトさんくらいですが、どちらも静香にそれを阻まれている状態です……エトさんには自力で頑張ってもらうしか……」
「そんな……!」
「――――ッ」
言葉を失うアルティ。だが、それに言葉をかける暇もなく次の問題が発生する。
「アルティさん、準備はできてますね?」
「え……?」
「カナキさんの言っていた敵が来ました」
「ッ、それって……!」
ティリアが飛ばしていた“レンズ”の一つが映し出す映像を拡大した。
そこには何も映っていなかったが、ティリアが“レンズ”に内蔵されていた機能を起動すると、一つの魔力体がセルベスの間近まで迫ってきていた。
「ここまでにもかなりの“人形”を配置していたはずですが、やはり障害にもなりませんでしたか……」
「そ、それじゃあ……!」
「ええ、予定通りいきますので、アルティさんは戦況のみ常に私に伝え続けてください」
ティリアは傍に置いていた銃を取ると、手慣れた手つきで弾を装填した。
「私は敵を迎撃に向かいます」
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