二大巨頭を打倒せよ 2
「さて、とは言ったものの……」
閻魔との連絡を切ったカナキはすぐそこまで迫った百を越える敵軍を見て苦笑いを浮かべた。
既に屠った皇国の部隊は大砲を使用する兵士や遠距離魔法を得意とする魔法師など、主に前線支援を目的としていたので懐にさえ入れば制圧するのはそう難しいことではなかった。だが、恐らく次にやってくるのは前線にいた精鋭とほぼ同格の猛者達で揃えられた部隊のはずだ。自身も最前線に出る以上、閻魔がしっかりとした殿を用意していないとは考えにくい。
「そもそも今閻魔と戦っているメンバーだけで勝てる確率も低いっていうのに……嫌になるね!」
その時、カナキは突如地を蹴り、何もない空間に向けて『魔力執刀』を振るった。それは当然どこに当たることもなく空を切ったが、その時僅かに舞った砂埃をカナキは見逃さなかった。
「無駄ですよ。いくら高度に姿を隠そうとあなたの一挙一動が居場所を僕に知らせてくれる」
「……いやはや、流石は旦那ですな。この程度の小細工はやはり通用しませんか」
カナキが虚空に言葉を投げかけると、やがて何もない空間から一人の壮年の男が姿を現した。以前出会ったことがあるためカナキにも見覚えがあった。『メル』二十位、『聖なる炎』の異名をもつドー・ロンゴ―だ。
「あなたでしたか。戦場で出来れば会いたくなかったものですが……残念です」
「ええ。わしも同感ですな。しかし、どのみちここで引き下がればわしもわしを信じる門下生も全て閻魔様に消し炭にされてしまうわけですから仕方ありませんな。どうか、わしに免じてここは見逃してくれませんかね? わしの目的はここで旦那と戦うことではないので」
「それは無理な相談ですよ。ただでさえ僕達の勢力は手一杯なんだ。あなた“達”のような強者を抜けさせるわけにはいきません」
カナキは話しながら発動させていた『魂魄結界』にはドーを中心に八人の魂を確認していた。ドーほどではないが、その誰もが抜かせてしまえば一人で戦況を変えかねない強さを秘めている。カナキは掌にかいた汗を拭い、ポケットの中の魔晶石に触れる。
それに対しドーはというと、カナキが仲間を見破ったことに対してさほど驚いた様子は見せず、「ま、旦那にはバレますわな」と言って肩を落とす仕草をした。
「旦那を相手にするとなれば、こちらも相応の被害を覚悟しなければなりませんが……仕方ありませんなっ!」
「!」
言い切ったと同時にドーが魔力を解放させた。それに続き、姿を消していた魔法師達も魔力を熾し、一気に臨戦態勢に入る。
「『獄火柱』」
僕も魔力を熾した直後、ドーの放った魔法により視界が紅蓮に染まる。
大規模な炎攻撃を火炎の柱を間を縫うようにして躱したカナキは、直後に炎の中を潜って飛んできたいくつもの『雷雷鳥』を咄嗟に姿勢を低くしてやり過ごすと同時に魔晶石を砕き、『シャロン』を人型で顕現させる。
(一人も逃がしたくない。足止めを)
(命令、承りました)
カナキが短く指示を伝えると同時に炎の間をすり抜けるようにして駆けていくシャロン。カナキも後に続こうと体を起こしたところで、戦場からセルベスへと向かっていく二つ魂を『魂魄結界』が捉える。
「シャロン!」
「駄目です。足止めされています」
「チッ!」
いくつもの『獄炎柱』を抜け、逃げようとしている人物――ドーをを追おうとするが、それを阻まんと四人の魔法師が立ち塞がる。「ここは行かせ――」
「邪魔だよ」
一瞬で間合いを詰め、『金剛障壁』を創り出した敵を『霧幻泡影』でもろとも屠る。そのまま彼らを無視して進もうとしたカナキだが、残る三人の内一人が作り出した『泥沼』に片足を搦めとられてしまう。忌々しく思いながらも、カナキはすぐさまそこから片足を引き抜いたが、その隙に相手は準備を整え、魔法を発動させる。
「ッ、あくまで足止めに徹するか……!」
放たれた魔法は『重力』と『念動』。どちらもカナキの体の動きを阻むことが目的にされていた。相手も一流の魔法師ということもあり、完全に中和するには数秒の時間を要する。仮に今足止めしている魔法師達が一斉に襲ってきても加重力下にいる状態でもカナキは対処できる自信があったが、問題は痕跡を消しながらかなりの速さで遠のいていくドー達だ。中途半端に『重力』を受けながら移動したところでドーには追いつけないし、足止めしている魔法師も手練れであり、決して無視できる相手ではない。見ればシャロンも敵二人を前に決定打に欠き、決めきれないでいる。相手は恐らく二級相当の魔法師であり、二級といえばフレイム・ギャッツやかつてのセルベスの治駐屯兵団長のシヴァといった猛者と同じレベルにあたる。いくらシャロンといえど、そんな敵を前にそう易々と突破して足止めをしろという方が難しいだろう。
ならば、ここはたとえ消耗を度外視してでも、強引にここは切り開くべきだとカナキは考えた。
「『黒淀点』」
「!?」
カナキの足元から広がった黒い影を見た時、カナキを相手にする魔法師三人は後退した。流石に僕の魔法については熟知しているらしい。しかし、カナキが次に放とうとする魔法は初出であり、そしてその魔法を回避するには少し距離が近すぎた。
――『黒沼噴火』
カナキが足を一度強く踏み鳴らした瞬間、カナキの周囲に広がっていた『沼影』が爆発し、液体状になった『沼影』が付近にいた魔法師を呑み込んだ。
「――――!!!!!?」
「シャロン、来てくれ」
分解魔法が付与されている『沼影』を浴びた魔法師は悲鳴すら上げることなく形を崩していく。存在していた痕跡を一つも残すことなく姿を消した魔法師に見向きもせず、カナキは未だ苦戦していたシャロンを呼び戻す。魔法師二人はそれをなんとか阻もうと動いたが、地面に浅く広がった『沼影』からいくつもの黒球が浮かび上がったのを見て動くことができない。
「申し訳ありません、マスター」
「いや、僕の判断ミスだ。最初から魔力をケチっていい相手ではなかった」
シャロンを武器形態に戻すと同時に魔晶石を更に砕き、『空間歪曲』を発動する。セルベス周辺にはシール市街と同様に転移魔法阻害の結界があったが『シャロン』には通用しない。カナキが一気にセルベスも近くなった市街地に転移で姿を現した時、姿は見えないがドーともう一人の男が驚愕した気配が伝わって来た。
「惜しかったね。だけど、この先はいかせない」
カナキの振るった『歪曲切断』は、ドー達の防御魔法を紙のように切り裂き、彼らの胴を寸断した。
「……かかっ、残念!」
「なっ!?」
透化の魔法が解け姿を現したドーはぴくぴくと身体を痙攣させながら焦点の合わない瞳でカナキを見たが、直後に返ってきた手応えの違和感に気付く。あまりの巧妙さに気づくのが遅れたが、これはイェーマと戦っていた時と同じ『傀儡』を倒した時の感覚だ。
そして次の瞬間、ドーの体が爆発し、灼熱の痛みがカナキを襲った。魔力が膨張する反応が直前まで一切起こらず気付くのが遅れ、生身のまま爆発に巻き込まれてしまう。
ゴロゴロと身体を転がした後立ち上がった僕は爆心地で燃えるドーの『傀儡』が崩れていくのを見た時、カナキは忸怩たる思いを抱いた。
『ティリア君、やられた。鼠を一匹、いや二匹か…そちらに通してしまった』
『鼠……カナキさんが逃したとなると相当な手練れですか?』
『手練れであるうえに悪知恵が働くタイプだね。僕を無視してまっすぐにセルベスへ向かったとなると、目的は閻魔さん達の援護でもない……僕がそちらに』
『それだけはだめです! 相手の対応が想像以上に早く、もう第二陣の部隊が最前線へと近付いています! カナキさん以外、今うちでそこを食い止められる人はいません!』
『…………だよね』
ティリアの言うことはもっともであり、カナキも理性で理解している分、尚更自分のせいでティリア達を危険に晒す状況を作ったことが悔しく腹立たしかった。
『大丈夫です。こちらにはアリスさんが付けてくれた護衛もいますし、私だって上級魔法まで習得しました。私達を信じてカナキさんも合図があるまでそちらをなんとか食い止めて下さい!』
『了解……!』
言葉と同時に魔晶石を砕き、カナキは再び市街地を離れ、皇国軍第二陣の前に姿を現す。更に石を砕くと、すぐに『沼影』がカナキの足元から急速に広がっていく。
(よろしいのですか。魔晶石の残り数、そろそろ減ってきていると推察しますが)
(まだ十はある。それに、あの勢力を相手には僕も全力じゃないと敵わないでしょ)
相手の数は百と少しだが、その大半は先程と同じく遠距離支援の兵士だろう。問題は残り十数人。魔力の気配から、一人一人が『メル』の人外、つまりマティアスやモルディ並の強さを秘めているのは間違いない。急造故にそれほど連携などは取れないだろうが、一人一人が全力でいかねばならない相手ばかりであり、カナキは頬を伝った汗を拭う。魔晶石のおかげでまだ魔力は保つものの、先程第一陣を倒し、ドー達の相手もしたことでさしものカナキも少し疲労が蓄積していた。
しかし、体とは反対に、カナキの心は今まで以上に闘志で滾っていた。
「今度こそ誰一人通さない……!」
そうしてカナキは再び、孤独な奮闘を続けるべく、戦闘を開始した。
読んで頂きありがとうございます。
次くらいからもう少し物語を動かせるはず…!




