戦いの狼煙
「やはり、今日で決着を着けたいみたいですね……」
太陽も上り、全員が集まったところでティリアは眼下で轟音を響かせている皇国軍を見下ろして言った。
皇国軍が今行っているのは僕達のいるセルベスへ攻め入るのではなく、その周辺の家々の破壊だった。一見何の意味もない行為に見えるが、実際は逆で、僕達としては嫌な一手
だ。
皇国軍はこの三日間で穴だらけになり、虫食い状態になった街を囲む『無限障壁』の中へと進軍し、とうとうシール都市内部にまで兵を進めた。そして、僕達が潜むセルベス魔法学校へと押し寄せるべく、はじめに火力に物を言わせた遠距離砲撃を行った。兵力もまだまだ万を超えるほどいるだろうが、それでもこの半月で失った人員は当初の想定を遥かに超えていたのは想像に難くない。だからこそ『無限障壁』も突破し、遮るものがなくなった僕達の本丸へ向けて、兵を失うリスクのない遠距離砲撃という方法を取ったのも頷ける。しかし計算外だったのが、その砲撃を無力化し、さらには兵を失わないという皇国軍の前提を覆したセシリアの『虹色波紋』の存在だった。
かつて畜生道の跳ね返したその魔法は、圧倒的火力の砲撃を跳ね返し、皇国軍に大きな痛手を負わせた。ティリアが用意した複数の“レンズ”によりこちらは皇国軍の動きを先読みできる立場になったのもあり、砲撃の来る場所を先読みして動くことができたのもあり、その後の砲撃も全て失敗に終わり、敵は次に市街戦を仕掛けてきたが、これこそ僕達にとっては格好の餌食だった。土地勘もこちらの方があるうえに、近接戦が得意で気配も完全に消すことができる僕達のゲリラ戦術は向こうからすれば悪夢そのものだっただろう。結局三日間で敵は本丸のセルベスに辿り着くどころか校舎を見ることすら叶わず、僕に魔晶石の基となる材料を提供し続けただけに終わった。
だから、今身を隠すことのできる家屋を焦らず丁寧に破壊しながらゆっくりと進軍を続ける皇国軍の行動が僕達にとっては一番苦しく、更にはここ数日は感じなかったが圧倒的な神聖力を持つ存在の気配が、自然と全員の表情を引き締めさせるのだった。
「閻魔も前線に出てきたということは、皇国側も指揮官を失う危険を承知で勝負を仕掛けてきたということでしょう。セシリアさん、それでは皆さんの記憶を戻してください」
「承知した」
「!」
セシリアが記憶を封じる魔法を解いたことで、全員がこの状況での作戦を思い出す。万が一、誰かが皇国に生け捕りにされた際、尋問等で吐き出さないための処置であったが、幸運なことにセシリアの魔法が役立つ機会はなかった。
「皆さん、今日の作戦の中で思い出せない、または確認しておきたい事はありますか?」
「大丈夫だとは思うっすけど、あの人はちゃんと動けるっすかね? 三日も経っちゃったすけど……」
「テオ、それは問題ねえよ。あいつが三日でへばるほどヤワなわけねえからな」
壁際に寄りかかっていたスイランがテオに向かって薄い笑みを浮かべて言った。誰もそれ以上は言わなかったが、全員がスイランと同じ気持ちだった。
「幸い、皇国側はシールの建物を一掃することに余念が無いようだが、こちらの仕掛けに気付いた様子はない。まあ今の段階では、というところだが……それより、私達が今考えねばいけないのは閻魔の侵攻をどう食い止めるかではないか? 数日前に正面から来られた時はエトとスイラン、そして私の援護があっても劣勢だったぞ。前の話し合いでもその部分は具体的な解決策は出なかったが、やはり今回もこの三人で当たるしかないのか?」
「多分それは今回は難しいと思います。この魔力の気配からして前よりももっと強い魔法師の気配を多数感じますし、何より上に母さんの気配を感じます」
「お義母さんが、上に……」
「え、エトちゃん?」
「今なんて言ったの?」とエトに引き気味で尋ねるアルティを余所に、僕は自分の母がどう動いてくるかを考えた。前回閻魔が侵攻してきた時、静香は静観を決めていたが、この皇国の本腰の入りようを見るに今日も同じようにしているとは考えにくい。そうなれば『賢者の石』を持つ一級魔法師相当の敵も相手にしなければならず、こちらとしては手が回らなくなる可能性が高い。
「母さんの相手は僕もできるけど、正直上空から一方的に攻撃を仕掛けられる相手はあまり得意とは言えない。僕ともう一人、大火力持ちの魔法師が必要になるけど……」
「そうなると閻魔の対処が難しくなる、ということですね」
ティリアの言葉を最後に全員がしばらく黙り込んだ。
窓の外から聞こえてくる轟音は、着々と皇国軍がこちらに攻め入る準備を整えている証であり、もうそこまで猶予もない。
「……仕方ありません。静香さんが閻魔と同時に襲ってきた時はカナキさんとテオさんに対応してもらいます」
「ええ、自分が相手するんすか!?」
驚くテオに対し厳しい表情を向けた。
「敵は閻魔と静香さんだけではありません。フェルトさんと私、それにアルティさんも中衛で他の敵を倒します。人数がいない以上これしか方法はありません」
ティリアの言葉に今度驚くのは僕の番だった。
「ちょっと待ってくれティリア君! まさかアルティ君まで戦場に駆り出すつもりか!?」
「敵が本気で来た以上、こちらも総力戦に出るしかありません。アルティさんだって、こうなることも覚悟のうえでここまで付いてきたんですよね?」
試すように目を細めアルティを見るティリア。それに対しアルティは明らかに動揺しつつも、ぎゅっと拳を握った。「うん、そのつもりでここまで来たつもり」
「しかしこの戦場でアルティ君の実力じゃあ……!」
「――安心して、カナキ君。アルティちゃんの護衛は私に任せて」
突然聞こえた声に全員が扉の方を向いた。
そこにいたのは、治療用テントにいたはずのアリスだった。
「あ、アリスさん!?」
「やっほー、久しぶり」
アリスは唖然とする僕達にひらひらと手を振り笑みを浮かべた。僕達は一斉に今度はアルティの方を見たが、彼女もぶんぶんと首を振り、「昨日まで意識も失ってたままだったよ!」と言った。
「ふふ、アルティちゃんの献身的な治療のおかげでなんとか大一番に間に合ったようね。そのお礼じゃないけど、アルティちゃんの代わりに私が前線に出るわ。全体を見なきゃいけないティリアもよ。雑魚は私とフェルトに任せなさい」
「し、しかし、たった二人で大群を相手にするのは……」
「一人や増えたところで大差ないわよ。それに、こういう大きな戦場は私が一番相性がいい。それはここにいる全員分かってくれるでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」
狼狽えながらティリアがまだ反論しようとすると、パンとアリスが手を叩き、「話はここまで」と強引に打ち切った。
「どのみち勝てば奇跡みたいな戦いなんだから、多少の無茶は覚悟しなきゃ。それと、アルティちゃん」
突然話を振られたアルティは驚いた様子で「は、はい!」と返事をした。
「ここでの話し合い、大体は聞いたつもりだけど、足りない戦力を補う最後のピース、それをここにいる全員が忘れているわよ」
アリスの言葉に室内が俄かに驚きに包まれた。
「私達が忘れている戦力、一体それは何ですか……?」
「そりゃ――――よ。ま、この中でそれができるのはアルティちゃんしかいないと私は踏んでいるけどね」
「え、えええええええ!?」
アルティが絶叫したこの約一時間後、閻魔が僕達の前に姿を現し、開戦の合図となる。
そして、振り返ってみれば、これが僕達の最後の戦いになった。
Outside
「カナキ・タイガ。戦う前に最後通牒だ。貴様らに勝ち目はない。速やかに投降すれば他の者達は見逃すと聖イリヤウス様から赦しも得ている。貴様らもよく戦った。何も命まで散らすこともあるまい」
最前列に立った閻魔の視線の先にはまだ元の景観を残したままのシール東部と、その中央部に位置するカナキ達の根城、セルベス魔法学校があった。シールを東西で分断する中央のヴァンクール通りを挟み、西部は皇国軍が占拠し、文字通り街半分を更地に変えた。一応逃走を防ぐために、シールの外にも兵力は残しているが、閻魔の方でリストアップした腕利きと思われる魔法師や精霊騎士は全てこのシール西部に配置し、この国境線沿いともいえるヴァンクール通りに配備している。そしてその背後からは多数の魔法師と大砲を配置し、隙あらば後方から大規模砲撃をせんと睨みを利かせている。
対してカナキ達のいる東部は人数ももう十数人程度しかいないせいもあるが、人がいるのか疑わしいほどしんと静まり返っており、生き物の気配は全くしない。シール東部が街だった時の風景を残しているせいもあるが、閻魔からすれば、こうして気配を消し、街に入った兵士を次々と仕留めていたんだろうなと妙に納得してしまった。いわばこの街は一度入れば決して戻ることのできない虎の口といったところだろう。後ろで砲撃を控える一般の兵士達がいやに士気が低いのも、よっぽどカナキ達のいるあの街が恐ろしく映っているのだろう。なるほど、人がどうすれば恐怖の感情を抱くのか、確かにカナキほど精通している者はそういるまい。閻魔は心の中で気色の悪い笑みを浮かべるカナキの顔を想像し、眉に深い皺を浮かばせた。
「……返答はないということは、交渉は決裂と考えていいのだな? 貴様は聖との約束で俺に危害は加えられない。貴様を抜いた状態で他の奴に俺を止められる者などいないと思うがな」
閻魔はそう言いながら、内心ではここ数日姿を見せたという報告がない聖天剋のことを頭に浮かべ、全方位に向けて神経を研ぎ澄ませていた。
先日はカナキが持つ『シャロン』の空間転移能力により意表を突かれた。しかし、『シャロン』ほど大量の神聖力を使う兆候があれば閻魔が見逃すことはないし、なまじ近くに転移してきたならば、逆に転移直後の隙を突いて返り討ちにする自信がある。しかし、もしも別の方法で接近し、閻魔と近距離戦に持ち込まれることがあれば、自身が聖の恩恵を受け、さらに隻腕となった今の状況でも決して油断してはいけない相手だと閻魔は判断していた。
「……静香。奴らの姿は……」
「流石に見えないですね。上空から街を見下ろせるとはいっても、あのレベルの集団になると、死角を利用して移動するなど簡単でしょうから」
上空に位置する静香に確認をとるが、当然敵の動きは不明。ただ、街を飛び出して一歩でもヴァンクール通りに出れば遮蔽物はない。所詮、奴らはあの街から出てくることはできないのだ。
――もういいだろう。全てを終わらせる戦いを始めよう。
「……時間だ。残念だが交渉は決裂のようだ。今日、貴様らを一人残らず殲滅し、この戦いを終わらせる。覚悟はいいな!」
閻魔の言葉に応じて、ヴァンクール通りに並んだ戦士たちが臨戦態勢になった。前線に立つ兵の数はこれまでと比べるとぐっと数を減らしているが、それは単にこれまでとは比較にならないくらい一人一人の戦闘能力が高くなったため、あまり大人数だと逆に持っている力を十分に発揮することができなくなるからだ。
「手筈通り家屋は一つ残らず破壊しながら進め。敵が隠れられる遮蔽物になりそうなものは一つも残すな」
「はっ!」
閻魔の指示の下、各々が魔力を熾し、あるいは精霊装に神聖力を注ぎ込む。街もろとも削りながら進軍する。脅威なのは不意打ちだけであり、真っ向勝負ならばこの布陣にカナキ達は絶対敵わない。そして、遠距離攻撃さえ警戒していれば、あとは街から出られない奴らに勝ち目はない……。
「……そう慢心し、何度苦渋を舐めたことか……」
「はっ?」
思わず出た閻魔の独り言を側近の精霊騎士が不思議そうに聞き返したので、「気にするな」と短く返した。
「敵は少数だが、天を衝くほどの我ら大軍に対し、一歩も引くことなく戦い続ける一騎当千の強者達だ! 今日集まった貴様らは私が認める最強の軍団だ! 当然油断などするはずもあるまい。全員、決死の覚悟で挑め!」
初めて見る閻魔の叱咤激励に戦士たちは声を轟かせ応えた。閻魔が厳格であることは全員が知るところではあったが、同時に結果を出した者を正当に評価し、見返りをしっかり用意することでも知られていた。世界は皇国に呑まれた以上、自分達も皇国の中で生きていくしかない。ならば、ここで結果を出せば、自分達にもこれから悪くない見返りを受け、皇国で生活していくことができる。閻魔の下に集まった猛者たちは、ほとんどがそのような想いで今、最も危険な最前線に立っている。『メル』を見れば、閻魔に言われるまでもなくここが自分の死地になる可能性もあると分かっている。武器を持った全員が決死の覚悟で攻撃を始めようとしていた。
その瞬間、閻魔たちのすぐそこで、莫大な魔力の熾りを全員が察知した。
『ッ!?』
誰が指示を出すまでもなく、そこに立つ全員が自ずと魔力を察知した家屋へ魔法を撃ちこんだ。
咄嗟に放ったにも関わらず、家一つを跡形も残さないほどの火力が一斉に叩き込まれる。
数十秒後、その家があった一帯が焼野原となり、何も残っていなかった時、一同はひとまず胸を撫でおろした。
――――『風刃』
その一帯から最も近くにいた魔法師達が同時に首を斬られたのを見た時、閻魔は反射的に足場を作り、上空へと逃れながら叫んだ。「透化した敵がいるぞ!」
「あら、もうバレた?」
ヴァンクール通りに数十もの『火炎柱』が立ち昇った。肉の焼ける音と絶叫が響き渡る中、一人敵軍の前に立ち、誰にも見えない笑みを浮かべたセシリアは、戦いの狼煙を派手に上げたのだった。
本章ここまでとなり、次話からついに「世界大戦 急」となりますのでよろしくお願いします。




