彼を想う
Outside
カナキがエトとアルティとささやかな団欒の時を過ごしている頃、皇国軍最奥部、聖イリヤウスが座する巨大な陣地の中で閻魔は粛々と粛清を行っていた。
「ま、まっ――」
最後の一人の言葉を待たぬうちに首を斬る。突貫工事で作られた他の陣地と違い、イリスのいる陣地は宙に浮く戦艦となっており、イリス達がいる今いる空間も内装が豪奢で床には赤い絨毯が敷かれていた。首を斬られた死体から流れ出る血がカーペットを汚す様をただ黙って見守っていたイリスはやがて溜息を吐き呟いた。
「それで全員?」
「はい。この三日で侵攻を遅滞させた指揮官はこの三名で以上です」
「ふうん。でもやっぱり、私は彼らにも一定の同情を寄せる要因はあったと思ったけれど」
イリスは言葉とは裏腹に何の感情もない瞳で床に転がる人だったものを見下ろす。閻魔が片手を上げると、傍に控えていた数名がその死体を回収し、すぐに撤去していった。
「確かに奴らも防衛ラインを下げることで戦場の穴を塞ぐという策をもってきましたが、それほど珍しい策とも言えません。補給目的や地形など、理由は違えど戦線縮小などで奴らに足元を掬われる程度ではこの先どのみち皇国にとって必要のない人材です」
「……仮にもし今回成功していたとしても、待っているのは『ウラヌス』の使い手、つまり畜生道のポストでしょう? 前から思っていたけれど、あなたは自分にも、そして他者に対しても求めるものが高すぎるのではなくて?」
『ウラヌス』の装着は自我を保てなくなるほどの凄まじい狂気に襲われるまさに六道に名を連ねるための最後の試練。ただでさえ突破できる者は極僅かだが、閻魔は自身が生半可だと感じる者の装着は決して許さなかった。仮とはいえ、『ウラヌス』を装着する以上六道に名を連ねるということになるので、六道として誇りをもっていることは分かるが、イリスから見ると、閻魔が求めるそれは些か求めすぎるように思えたのだ。
「……聖イリヤウス様。今となっては六道も聖と私、たった二人となってしまい、他が全て空席という過去に見ない大失態を犯してしまっています。なぜこんな醜態を晒しているのか……私なりに考えたのですが、その原因は偏に六道に達する基準が低かったからなのではないでしょうか」
「……なるほど、閻魔らしい考え方ね」
六道に到達する基準が低すぎた。つまり、六道に相応しくない者が多くいたせいだ。他者に厳しく、自分には更に厳しい閻魔らしい考え方だった。
「翠連はともかく、裳涅、牙碌、空離、悠絶と、今にして思えば真に六道に足る実力者だったのか疑問が残ります。今や六道とは全世界共通の皇国を絶対たらしめる象徴。これ以上、決して敗北するなどという事実は起こってはいけないのです」
堅く拳を握った閻魔をイリスはしばらく黙ってみていたが、やがてふっと口元を緩めた。思わず笑ってしまったらしい。
「閻魔、あなたって本当に昔から変わらないわね。どこまでも実直で妥協を決して許さず、私を、皇国を第一に考え行動する……先代も、空離ではなくあなたを大司教の護衛役として選んでいればあの男に殺されずに済んだかもしれないわね」
「いえ、護衛の任がなくとも、大司教様を守れなければ六道の存在意義はありません。これまでの数々の失態、この件が終われば私なりに責任を取らせていただきたいと思っています」
「冗談はよして。あなたがいなくなればそれこそ皇国は滅亡してしまうかもしれないわ。聖にはない絶対的な厳格性がこれからも必要になることが必ず来るでしょう」
イリスはそう言うと立ち上がり、上座にあった場所から階段を下りて閻魔の立つ場所へと降り、肩越しで呟いた。
「ところで話は変わるけど――――カナキはいつ私の下へ来るのかしら?」
やはりその話か、と閻魔は内心思った。
「明日は私も前線に出ますので、その日の内にはあの男を引きずりだせるかと」
織り込み済みだったその質問に対し、閻魔は一瞬の迷いもなく答えた。
「それは大きく出たわね。開戦してから今日で半月が経つというのに未だ主だった主力を一人も削ることができていないこの状況で突然戦いを終わらせられるというの?」
「死者はいないとはいえ、半月もの間で彼奴らはかなり疲弊しています。戦線を下げ、防衛線を縮小し、ローテーションで戦線を維持する形になったのもその証左であり、実際我が軍の損耗もこの三日間は減少しています……何より明日から、また私も前線に出ますので」
聖天剋に負わされた怪我も癒え、神聖力も大体取り戻した。皇国軍全体を見てもおよそ半数、五割弱の損害を出しているものの、それは単に人員が減っただけということであり、まだまだS級精霊騎士に匹敵する駒は存在する。
「――ロンゴ―」
「はい旦那」
その駒の一つの名を呼ぶと、その男、ドー・ロンゴ―は恭しい態度でやってきた。へこへこしながらやってきたその老人の態度に閻魔はぴくりと眉を動かしたが、それについては特に言及せず、指示のみ伝えた。
「――ほう、それは中々骨が折れそうな仕事……というか、無理難題を押し付けなさる。 この老骨にそんな大仕事を任せるとは」
「貴様が一番適任だと判断したからだ。それに、シズカの娘も同行させる。失敗は許さん……が、もし達成できればお前と門下共には今後、エーテル神の名にかけて安全を保証しよう」
「おおっ、それはこのうえない褒美ですな! 正直、毎日戦場に出ては生きた心地がしなかったので、やっとそれからも解放されるとなると、俄然やる気が出てきましたなあ!」
ドーは大袈裟な態度で喜び、しかしすぐに真顔になって問うた。
「――ちなみに、連れて行く者達は、どれだけ損害が出ても構いませんか?」
「ああ、結果が出るならば構わん。シズカの娘も好きに使うがいい。だが、失敗した時は……」
「おあはっはっ、皆まで言わないでくださいよ旦那。そんなお約束は言われなくても分かっています……それでは、わしも色々準備がありますので、失礼しても」
「……行け」
ドーが一礼し、その場を去った後、イリスは「あれも中々食えなそうな男ね」と言った。
「はい。古狸ですが、使いようによっては役に立つかと。異教徒とはいえ、教祖ともなると流石に心を読み取る力に長けています」
「あら閻魔。それは遠回しに私のことも揶揄しているのかしら?」
「お戯れを。聖イリヤウス様をアレ如きと同列に考えるなどあり得ません」
そこで閻魔はイリスへと向き直り、「それでは私もここで失礼します」と頭を下げた。
「必ずや明日にはカナキ・タイガの首、あなた様の下へお持ちしましょう」
「首だけじゃだめよ。死んでいては何の意味もないわ!」
そこで初めてイリスは子供のように、ぶんぶんと拳を振り抗議したので、顔を上げた閻魔が珍しく小さな笑みを浮かべた。
「大丈夫です。奴は首を落としたくらいでは死にませんから……」
十六日目
Side カナキ
「……」
その日は自然と朝早く目覚めた。
窓から差し込む光はまだ紅く、日が上ってからまだそう時間が経っていないと分かる。一応いつ襲撃が来てもすぐ動けるように備えていたので、眠りも自然と浅くなっていたのも理由かもしれないが、それにしては寝たりなさみたいなものも全く感じない。連戦による疲労も抜けているような気がするのは流石に気のせいだろうが、少し体を動かしてみてコンディションはここ最近で一番良いのは確かだった。
――昨日の穏やかな時間のおかげかもしれないね。
簡単に準備を済ませ外に出ると、早朝のシールの街並みが出迎える。シール周辺は『無限障壁』に囲まれていたが、今となっては皇国軍によって半壊され、無数に開いた隙間から朝日が差し込み家々を照らしている。半ばゴーストタウン化していることに加え、毎日の戦闘の轟音で鳥や虫は姿を消しており、辺りは不気味なくらい静寂に包まれている。
「お……」
自分の足音のみが響く通りを歩いてしばらくすると屋根の上で座禅を組むスイランを見つけた。普段からしている周囲の魔力と自身の神聖力を調和させるトレーニングだろう。折角なので近づいて話しかけようとすると、同じ屋根に飛び乗ったところで、
「不埒者」
と突然冷たい声で聞き捨てならない暴言を浴びせられた。
「ちょっと朝からあんまりな挨拶じゃないか」
「事実だろう。戦場で生命としての本能が高まるのは理解できるが、アルティはまだ未成年だろう。犯罪者でも越えてはならない一線というものがあるだろう」
そんなこと言われたら、僕はとっくに越えてはならないものをたくさん飛び越えてしまっている気がするのだけれど……。
とはいえまずは、スイランの誤解を解くことの方が先だろう。
「あのね、これだけは神に誓って嘘じゃないと言えるけど、昨日僕はアルティ君やエト君とやましいことは一切してないからね。昨日はうちにご飯を食べに来て、そのあとは夜更けまで話をしていただけさ」
「馬鹿も休み休み言え。貴様のような獣が自分に好意をもっている女二人を家に招きいれて何もしないわけがないだろう」
「僕最近君に何かしたっけ?」
恐ろしいほど信用されていない事実に溜息を吐いた僕は、仕方なく本当のことを少しだけ話すことにした。
「……昨日は彼女達から好意を告げられて、それを断っただけだよ」
「…………は?」
そこで初めてスイランは座禅を解き、驚いた表情で僕を見た。「……え、マジで? 二人とも?」
「うん」
「はぁあああああああ!? なんでだよ!」
凛とした雰囲気は消え、一瞬で平常時の口調に戻ったスイランがガリガリと頭を掻いた。
「まじでわけわかんねえ……はっ、もしかしてまさかの当て馬枠のティリアか!?」
「その発言はあとでティリア君に叱られた方が良いと思うけど、とりあえず落ち着きなよ。別に今彼女達二人以外の誰かが好きってわけではないよ」
「………………そ、そうか……」
そこで急にトーンダウンしたスイランだったが、すぐに「じゃあなんで断ったんだよ?」と訊ねてきたので首を振った。
「……そこまで君に話すつもりはないよ。さ、そろそろ行こう」
そこで話を打ち切り、僕は屋根から飛び降りた。釈然としない態度でそれに付いてくるスイランを尻目に、先ほどのスイランの問いに対して心中で答える。
――どうしてもまだ、忘れられない娘がいるんだよ。
だからまだすぐには答えられない。そう言った時、目尻にうっすらと涙を浮かべて無理に笑ったアルティと、仕方がないなといった様子で微かな笑みを浮かべたエトの顔が、セルベスへ着くまでの間、ずっと頭から離れなかった。
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