関係性の清算
更新速度本当相変わらずですみません。
「なんかこうして三人でいるのも久しぶりだね」
アルティがさっと料理を作り(意外にも彼女の手際は鮮やかだった)、皿に盛り付けテーブルに置くと、一口つまんでぱくっと口へ放った。
「アルティちゃん、だらしないよ」
「へへー、ごめんなさい」
悪びれない様子でアルティはそう言うと、他の二皿を僕達の方へ渡した。「はい、二人もどうぞ」
「ありがとう」
夜を軽くしか食べていなかったため、アルティが手料理を振る舞ってくれたのは実際ありがたかった。肉と野菜をさっと炒めたもので、味付けもシンプルだったが、戦いが始まってからは簡素な食事しかしていなかったので、できたての料理を食べるのはとても嬉しかった。
「ありがとう、美味しいよ」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
「そういえば、セシリアさん達と住んでた時はアルティちゃんが家事担当だったもんね」
ワイングラスから口を離したエトの(気づけば彼女も飲み始めていた)言葉に僕は少々驚きながらも納得の意を示した。「確かに、セシリアさんは一人暮らしが長いわりに生活力はからっきしだったからね」
「その割には先生、ちょっと不思議そうな顔してたように思えるけど?」
「いやだって、学生の頃の君しか知らない僕の身にもなってくれよ。嘘でも器用なタイプとは言えないだろう君は」
「なんだとぅ!? 私のご飯を食べておきながらなんだその態度は!」
「あ、あはは……まあ、今は料理も上手だってことを認めたと思えば良いんじゃない?」
納得がいかないといった様子のアルティに対し、エトは僕の気持ちを察したように苦笑いを浮かべた。
それから少しだけ室内を沈黙が包んだ。聞こえるのは食器のぶつかる金属音、酒が喉を潤す音だけ。だが当然ながらその会話の途切れた時間は僕達にとって決して嫌なものではなく、むしろ最近はめっきりなかった三人だけの穏やかなひとときであり、三者三様にその時間を大切に過ごしていたと思う。
「……それにしてもまさか、こんなことになるなんてね~。来るとこまで来たかっていうか」
「ん、どういうことだい?」
その沈黙を破ったのはやはりというかアルティ。彼女は頬杖をつき、僕が酒を口に運ぶのを目で追っていた。
「だってさー、最初は私達って生徒と先生で。言っちゃ悪いけど私とエトちゃんはそんなに目立った生徒じゃないし、先生も中身はやばかったけど、結構普通の養護の先生だったじゃん? それが一個下にカレンちゃん達が入学してきて、それから一気に色々変わっちゃったよね。あ、別にそれからの毎日が最悪だったってわけではないんだけど!」
「まあそれは、そうだね……私もオルテシア王国に復讐しようとは決めてたけど、まさか王国だけじゃなく、世界全てと戦うことになるとは思わなかったなあ。しかも二つの世界と……あ、別にマイナスな意味で言ったわけじゃないですよ!」
「二人ともそれは故意なのか偶然なのかは置いておくとして、確かに君たち二人は何かと巻き込んでばかりだね」
僕はあえて申し訳ないといった感じを消し、極力何てことないかのような口調で言った。どんな結果になろうと彼女達を連れてきたことに後悔はしないとはじめから決めていたし、何よりこれはアルティとエト自身で決めた選択なのだ。ならば彼女達の意思を尊重すべきだし、二人とももうあの頃の僕の生徒だった時と違うのだ。エトなど、セルベスにいた頃よりも年齢が近くなるという普通なら現象も起きているわけだしね。
それからしばらく、僕達は他愛のない話で盛り上がった。深刻な戦況には似合わぬ、とりとめのないことをただ話しただけだったが、それだけでも僕は随分楽しかったし、アルティとエトも終始穏やかな表情を浮かべていた。
「さて、時間も時間だし、そろそろ君たちも家に戻りなさい」
僕がそう切り上げたとき時計はそれほど遅い時刻を指してはいなかったが、おそらく明日が最後の大一番となる可能性は高いだろうとティリアとセシリアは予想していた。そのため、今日は準備を早い段階で終わらせて、各自解散して各々自由時間を増やせるようにしたわけだが、だからといって夜更かしをしてしまえば本末転倒だ。僕の言葉には当然のようにアルティがぶーぶー文句を言ったが、その日は珍しくエトも食い下がって来た。
「あの、もう少しだけここにいては駄目ですか?」
「おいおい、エト君までアルティ君の味方につくのかい? 大人な君なら明日がどうなるか分かっているだろう?」
「はい、分かっているからこそ、私は今日、まだ帰りたくありません。こうして先生やアルティちゃんと話せるのは今日で最後かもしれないから」
「エト君……」
きっぱりとそう言ったエトに表情は真剣そのものだったが、驚いたのはその表情に不安や絶望といった負の感情が一切見えないところだった。それはもう自分が明日死ぬかもしれないことを既に受け入れ、覚悟を決めているということだ。
「先生、言えるのはこれで最後かもしれないので、あなたに言いたいことがあります」
「……うん」
「以前も一度言いましたが……あなたのことがずっと好きでした、カナキ先生」
「……うん」「えええええええ!」
大袈裟なくらい驚くアルティと静かに頷いた僕。エトの表情は変わらず、決意に満ちた瞳でまっすぐ僕を見つめていたが、少しだけ耳が赤くなっていた。
「……まあ今更ですけど。知ってました、よね」
「まあ、こちらの世界に戻ってきてすぐ言ってくれたしね……」
ティリア達とともにこの世界に来てすぐ、セシリア邸でエトと別れ際に言ってきてくれたことが一度あった。あの日は色々衝撃的なことが多数あった日であったがエトの告白も忘れるわけがなかった。
「それじゃあすぐにこれも答えてくれますね……あなたは私のことをどう思っていますか?」
「ううん……」
予想していたが、いざその質問を本人からされると改めて腕を組んで唸ってしまう。僕は今現在エトを一人の女性として見ているし、彼女に多大な好意を抱いているのは事実だ。しかし、この好意というのは果たしてエトが今告白してくれた好意と全く同質のものなのかと聞かれると少しひっかかりを覚える。そもそも僕の精神性が他者と違いすぎているので、世間一般で言われる異性への好意と僕の好意が同じなのかという点から疑問である。
そんな考えが頭を巡ったのは数秒での出来事だったが、エトへの自分の想いを真剣に考えようとしたとき、アルティが突然大きな声を上げた。
「ちょ、カナキ先生、今日は返事しなくても良いんじゃない? 明日もすっごい大変な一日になりそうなんだし、ここで先生がエトちゃんを振っちゃったら、エトちゃん悲しくて明日使い物にならなくなっちゃうかもよ!?」
「アルティちゃん、流石に馬鹿にしないで。私だって大人だし、それくらいちゃんと弁えてる」
少しだけ怒気を孕んだ声のエトに対しアルティも「ひぇ……」と一瞬怯むが、それでもまだ諦めず食ってかかる。
「で、でも、やっぱりこんな日の夜に告白するのは縁起が悪いよ! なんか、良い答えが貰えたら明日死んじゃう前触れみたいな感じがする!」
「いや、そんなこと言われたらもう僕何も答えられなくなるんだけど……」
「アルティちゃん、いい加減にして」
エトが俯き、言葉の温度が数℃下がった。あまりの恐怖にアルティは思わず僕の傍に駆け寄って腕にひっついてきたが、それは今のエトの前では逆効果なのでは……。
「…………お願いだから。最後に答えを聞きたいの。私、聞かないで後悔して死にたくない」
だが、予想に反し、顔を上げたエトの目は潤んでいて、その口調は懇願そのものだった。
「折角先生とこうして再開できて。最近までは考えてなかったけど、ラムダスのみんなやナトラちゃんも死んで……敵は勢いを増すばかりで次は私かもしれないって考えてると、覚悟しててもやっぱりやり残したことはないかって考えちゃって……そしたらどうしても最後は先生のことを考えるんです。先生は私のことどう思ってるんだろうって。お願いです、答えを聞きたいの、アルティちゃん……!」
エトの本音を吐露したであろうその言葉にアルティも遂に勢いを失った。がっくりとうなだれたアルティを見て、これは流石にエトの言い分に軍配が上がったかと思われたが、直後に勢いよく顔を上げたアルティが叫んだ。
「そんなの――私だって聞きたいよ!」
「「え?」」
僕とエトの声が重なった。それを意に介さず、アルティは至近距離から僕の顔を見上げると、顔を真っ赤にして言った。
「私は、私も、カナキ先生が好き! すごい好き! エトちゃんにだって負けないくらい!」
なんか急にアルティがぶっこんできたので思わず椅子からひっくり返るところだった。
「お、おいおい、アルティ君、落ち着きたまえよ」
「最後まで言わせて! 先生はこんなこと言っても、どうせ私の抱いている『好き』はエトちゃんのとは少し違う、家族に抱くような好意と錯覚しているとか思っているかもしれないけど違うから! こ、これはちゃんとした男の人に対しての“ソレ”だから!」
僕が次に発しようとしていた言葉を先回りして潰したアルティはそう言い切ると、突然僕の首を両腕で掴み、そのまま強引に僕の顔を自分の顔へ近づけた。
つまり、突然アルティは僕にキスをした。
「――――――――――――――――は?」
「ぷはっ!」
感情の抜け落ちた呼気と、唇を離したアルティの呼吸音が重なる。どうやら唇を重ねている間、息を止めていたらしい。「ど、どう! これで分かった!?」
「…………アルティちゃん? え、どういうことかな、今の? 私、ついさっきその人に告白したの、聞いてたよね?」
幽鬼のようにゆらゆらと揺れ、目がガンギマったエトに対し、アルティは臆することなく言い返す。
「エトちゃんはいっつもちゅーしてるから良いじゃん!」
「!? なんで……」
「前にティリアちゃんが怒りながら一人でぶつぶつ呟いてるのを聞いたんだよ! だからこれでおあいこ! それより先生!」
アルティがエトから僕の方に振り返るとびしっと指をさした。
「というわけで私も先生が好き! この気持ちに気付いたのは最近だけど、でも気持ちはあの頃からずっと変わってないの。正直怖いけど、エトちゃんに答えるなら私も答えが聞きたい!」
「ッ、先生、それは私も同じです! どうか答えを聞かせてください!」
二人の生徒(片方は元生徒だが)に言われ、えらいことになったなと思いながら、同時に二人の告白が嬉しい気持ちと、そんな二人に対して誠実に答えなければならないと思った。正直このとき、戦地に長いこといるので、女性との所謂ガス抜き的なことはここ最近全くご無沙汰だったので、ここで二人の告白を適当に受け入れ、今夜だけでも愉しむという方法も考えなかったと言えば嘘になる。だが、それ以上にここまで付いてきてくれた二人に対し、誠実で在りたいという欲望の方が強かった。
「……分かったよ、二人とも……」
詰め寄って来ていた二人を引き離し、僕は一呼吸入れると、端的に二人への答えを返した。
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