均衡の3日間
Outside
九日目になり、戦況はさらに一方的なものとなった。
カナキ陣営の戦線が崩壊し、遂にシールを皇国軍が侵略し始めたのだ。
外壁を破壊し、進軍を続ける皇国軍。しかし戦況に反し、総司令にあたる閻魔の表情は硬かった。
「何か気になさることがあるのですか?」
その様子を見て、はじめは口を出すまいと思っていた静香も、ずっと表情を変えないために遂にはそう口に出した。それに対し、閻魔はやはり表情を変えず、次々と入る報告に耳を傾けながら答えた。
「突破が妙に簡単すぎる。戦線を突き崩したにも関わらず相手の損害が少ない。これだけでも懸念するには十分だろう」
「……閻魔様が出張らなくても敵を突き崩せた……そういう見方もできますのに、一層警戒を強め、気を引き締めるところに聖イリヤウス様の信頼を勝ち取った所以があるのやもしれませんね」
「減らず口をぬかすな。貴様もまだ完全に信用したわけではない」
そんなやりとりをした二人だったが、これから二日、三日と日は進み、カナキ達の抵抗も激しさを増すが、それとは対照的にシールを制圧し、街のおよそ半分の面積を手中に収めたときは、流石の閻魔も自分の杞憂を疑い始めた。
(カナキ、聖天剋、エトといった実力者は全員前線に赴き、他にも怪しい動きをする者はいない中、遂にシールの半分ほどを制圧した。この面積規模なら聖に頼めば一発で奴らの拠点ごと殲滅できる……いや、聖は天影を借りるのみで、あとは手を借りんという約束している以上、それはないが、それでもこれなら明日中にでもカナキを抑えることができるかもしれん……)
十二日目の夜更け、そんなことを考えた閻魔だったが、しかしここで予想外の展開が起こる。
戦争開始から十三日目から十五日目までの三日間、再び皇国軍はカナキ陣営に敗走し、退けられ続けることになったのである。
Side カナキ
「フ――」
眼前に躍り出た精霊騎士の顎を砕き、同時に後ろに迫った精霊騎士の喉を足に展開させた『魔力執刀』で切り裂く。
そして遠巻きに自分たちを囲み、今にも魔法を発動させようとしていた魔法師のうちの一人の方へ飛び込み、繰り出した拳で障壁を貫通させ、肋骨を陥没させた。
「囲め! 集団で動きを止めたところを魔法師達は狙え!」
乱戦を狙う僕達に対し、皇国軍は数の利を生かすべく、包囲して殲滅の策を取ろうとする。これまでであればその圧倒的な物量を前に屈し、包囲されて弾幕を張られていたが、今は違う。戦線を下げ、防衛する面積を狭めたことで、僅かではあるが僕達も人員に余裕が出るようになった。
つまり、僕は今一人では無いということだ。
「――八機手」
「しまっ……」
物量に押し負けそうになった時、相手にしている集団の後方で悲鳴が上がった。藪の中を進む蛇のように、するすると足元を縫うような独特な動きで移動し、その先々にいた騎士や魔法師を足元から放つ打撃で制圧する人影を認める。「エト君、右だ!」
「はい!」
僕の言葉に呼応し、『風刃』で回り込もうとしていた魔法師を牽制し、その合間に接近した僕が瞬時に彼らを撃退する。エトと共闘するというのは実は今回が初めてだったが、お互いがマティアスという共通の師を持つせいか、声を掛け合わずとも驚くほど互いの動きが理解できた。
「くっ、たった二人の相手になぜ押し切れん!?」
目に見えて狼狽する皇国軍に対し、僕とエトは手を緩めることなく着実に追い詰めていく。前線を僕が担当し、気配を消す術に長けたエトが中衛を攪乱し殲滅する。敵は相変わらず強者揃いだったが、僕はエト一人が増えただけでこんなにも戦況は変わるものなのかと内心驚嘆していた。
「先生、上任せます!」
「!」
エトの言葉が聞こえた時には既に体が動いていた。
エトに向かって槍を向け、真っすぐと落ちていく精霊騎士は弾丸の速度で肉薄してきた僕を見て驚いた表情を作った。槍の形状からして確か風の力を操る精霊装だったはずだが、その力を使って加速しているのだろうが、魔法で強化している今の僕の方が速い。その精霊騎士を殴り飛ばし、エトの傍に降り立った。
「まだいけるかい?」
「はい。魔力の損耗も一割程度で抑えています」
涼し気にそう答えるエトは確かに真剣な面持ちではあるが、疲労の色は見えず、目立った外傷もない。エトが強いことは十分知っていたが、改めて彼女が僕達と同じ領域の強者だということを認識する。
そうしてその日、翌日、翌々日と僕達は皇国軍を撃退し続けた。ティリアとセシリアが策を巡らせ、その三日間で僕達の人員を変え続け、皇国に対策を取らせないよう徹底した。その分僕達は毎日違う人と連携することが必要だったが、元々直接拳を交えたことのある人達ばかりだ。互いの能力は把握していたし、連携は初めてだとは思えないくらいスムーズなものだった。
とはいえ、僕達が三日間勝利を収められたのはこちら側だけが理由ではない。三日間で皇国側の閻魔と静香という二人の最高戦力が姿を現さなかったことも起因する。あいかわらず皇国軍は予測のつかない地点に突如現れ攻撃してくることから閻魔が全く介入していないということは無さそうだったが、以前外壁に大穴を開けたときのように前線に出ることがなくなった分の僕達のアドバンテージは大きかった。このところ神聖力を惜しみなく使って前線で暴れていたことや聖天剋に決して少なくないダメージを与えられていたことを考えると、皇国側が優勢になったのを見て、自らが直々に手を下さずともシールを落とせると楽観視した可能性もあるだろう。一方で静香はここ最近大人しいが、閻魔も含め、これほど三日間で敗走を繰り返しているとなれば、そろそろ業を煮やす頃合いではないだろうか。
その十五日目の夜。僕は久しぶりに酒を飲んだ。僕達がいる辺りはしぃんとした沈黙に包まれていたし、その日の夜は日中に戦いがあったことなど嘘だったかのような温かい月光に包まれた夜だったからだ。空気には魔力や神聖力の残滓こそ微かに残るが、肌を刺すような戦闘前の独特の感覚はなく、今夜はこのまま何もなく明日を迎えるだろうという確信が何故かあった。
「ふぅ……」
折角の良い夜なので、僕は普段寝泊りしている建物の屋根に登って飲むことにした。諸々の準備を済ませ酒を飲むと、ここ数日で昂ぶっていた神経がゆっくりと弛緩し、無意識に溜息が零れた。今見張りは他の人が勤めているとは分かっていたが、酔うのは流石にまずい。ゆっくりと、舐めるようにしながら酒を飲み、月や夜空、周辺の街並みを眺める。日没からまだ三時間程度しか経っていなかったが、家々はどこも灯りが消えひっそりと静まり返っており、連日の戦闘で皆疲れているんだなと最初は思ったが、すぐにそれらの家に住んでいた生徒や手配者達は既に亡くなっていることに気付いた。
そうか、もうここでまともに生きているのはほとんど十人くらいしかいないのか。
僕、エト、アルティ、セシリア、ティリア、フェルト、スイラン、テオ、マサト、聖天剋。あとはアルティが勤める医療用施設にいるアリスと、生徒が三名だけだ。大きな怪我をして戦線に戻らない生徒は先日ネロの転移魔法で返したし、その時ついでに戦意が折れた人もまとめて送ってもらった。僕達に付いてきてくれた生徒達も最初は生半可な覚悟ではなかっただろうが、実際前線に立ち、あの圧倒的な物量と猛者揃いの皇国軍を見てほとんどの者が心が折れてしまった。いくら優秀な魔法師といえどまだ若く、過酷な戦場を経験していないのだ。これまでの献身に感謝することはあれど、謗ることなど誰がするだろう。だが、こうして酒を飲みながらひっそりと静まり返った街並みを目にすると、少しだけ悲しい気持ちになった。
「――あれ、カナキ先生?」
声がしたのでそちらを見下ろすと、路上で目をまんまると見開いてこちらを見上げるアルティの姿があった。医療用施設でいつも着ている服ではなく、今はラフな私服に着替えており、手に提げた袋からは食材が見えた。「アルティ君か。今帰りかい?」
「うん。もう怪我人はアリスさんしかいないし、その肝心のアリスさんもケロっとしてもう帰れって私に言うしね。まだ怪我も完治していないのにそんなこと言うのはアリスさんの気遣いだと思うんだけど、ここ最近まともに帰ってなかったから正直有難かったなあ。ところで先生は何してるのって……………………もしかしてお酒飲んでる?」
「うん。一足先に僕も休ませてもらってます」
「うわあ! 先生ずるい!」
僕が正直に言った途端、アルティはいつも通り大袈裟なリアクションで怒り出した。
「そんなに怒らないでくれよ。僕だって毎日戦場で戦い続けて精神的にも参ってるんだ。少しは大目に見てくれよ」
「嘘! 先生は変態さんだからそんじゃそっとの戦いじゃ簡単に疲れたりしないもん! 多分毎晩魔晶石を作る口実で美人な捕虜さん捕まえて毎夜ぐへへへーってやってるはずだってこの前セシリアさんが言ってたもん!」
「やらないよそんなこと……」
とんでもないことを吹き込んでるなあの師は。この戦いで生きて帰られたら、彼女に対して本当にそういうことをしてやろうか。
「あれ……アルティちゃん?」
その時アルティの後ろから新たに人影が近づいてきて、彼女に声を掛けた。エトだ。見た所、彼女は僕に用事があってやってきたようで、僕ではなくアルティがその場にいたことに驚いているようだった。
「エトちゃん!? どうしてこんなところに……今はお父さんの家があったところ辺りに泊ってるんだよね?」
「う、うん。だけど、今日は街の外まで見ても敵の気配は無いし、滅多にない機会だからカナキ先生とお酒でも飲もうかと思って……」
「はいこれアウトな流れでーす!」
「あ、アルティちゃん!?」「ちょっ……」
突然大声を上げたアルティに驚く僕とエト。だが、そんな僕達に構わず、アルティは腕まくりして僕の家へと力強く歩を進めた。
「もう今日は絶対先生とエトちゃんを二人きりにしませーん! 二人がお酒を飲むなら私はそれに合うちょーいいかんじのおつまみを作ってあげるという名目で家にいますー。エトちゃんが帰るまで私も帰りませーん」
「あ、アルティちゃん。そんな、急にどうしたの?」
「エトちゃんからちゃっかり泥棒猫さんの雰囲気がぷんぷん漂ってるからだよ!」
「ちゃ、ちゃっか……!?」
赤面して固まるエトを無視して、アルティはそのまま乱暴に僕の家のドアを叩く。
「というわけで先生、早く鍵開けて! 私、セシリアさんの世話をしてたから、本当に料理には自信があるんですけど!」
「……こりゃ言っても聞きそうにないね」
僕は溜息を吐くと、窓から家の中へと戻った。やれやれ、折角の静かな夜だったが、どうにも最後まで騒がしいなと内心思ったが、鍵を開けるとき、既に自分が笑みを浮かべていることに気付いた。どうやら僕は、こんな状況でも傍にいて、最後まで関係性が変わらずに接してくれる彼女達に感謝しているようだった。
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