表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
425/461

摺りつぶす 2

「四十五!」

「ぬぅん!」


 スイランが放った斬撃は閻魔の作り出した岩壁に阻まれる。修行の果てに更に強化されたはずのスイランの剣閃も、閻魔が神聖力を注ぎ込んで作った岩を切断するには至らない。これまで何度も試行し阻まれたスイランも流石に表情には焦りの色が見えた。


「セシリア!」


 スイランが叫ぶと同時にシールから無数の光が発し、やがて幾つもの『魔弾』が閻魔へと襲い掛かる。


「……ぬるい」「くっ!?」


 閻魔はそれらの『魔弾』を躱そうとすらせず当然のように体で受け止め、隙を突こうと数々の防壁を飛び越え懐に入ったエトの拳を手甲で受け止め、そう呟いた。歯噛みしたエトがそのまま視認すらできないような高速のコンビネーションを繰り出すが、閻魔はそれらを全て弾き、逆にエトの手首を掴み、ぐるりと回すとエトの身体がふわりとう浮かんだ。閻魔のもつ合気のような武術――


「しまっ――」

「吹き飛べ」


 次の瞬間、拳が防御したエトの腕に刺さり、その身体を吹き飛ばした。防壁にぶつかり、あの堅牢な壁に罅が入るほどの衝撃がエトを貫くが、怯んでいる間もなく、今度は壁や地面から無数の岩の柱がエトに迫り、急いで体を起こし回避に徹する。


「よく動く……が」

「くっ!」


 回避先を先読みして移動していた閻魔を前に、エトは『霧幻泡影(デストラクション)』を発動、両の拳に消滅の光を纏わせて、正面から閻魔と拳をぶつける。


「ぐ……ッ!?」


 だが、互いの拳をぶつけた結果、閻魔の拳がエトの拳を砕いた。激痛に痛みに耐性のあるエトも苦悶の表情を浮かべるが、痛みに動きを止めることなく、続けざまにエトはもう一方の手で閻魔の喉に貫き手を放つが、それも腕で弾かれる。『大旱の赦炎』――閻魔の神聖力により、エトの魔法は全て無効化された結果だった。


「まだっ……!」

「……ほう」


 それでも諦めず繰り出されたハイキックを躱し後退した閻魔はエトの体を見て目を細める。その視線が向かう先には、先程破壊したはずのエトの右腕の先、赤い紫電を纏わせながら今まさに再生を終えた右拳だった。


「あの男と同じ異能か。あんな男と一緒にいるのはやはり同じく気色の悪い者ばかりということか」

「……気色が悪いとは、カナキ先生のことも言っているのですか」

「当然だろう」


 即答した閻魔に対し、エトの表情がすぅっと消え、僅かに目を細めた。


「あの下衆になぜ聖イリヤウス様があれほど執着しているか全く理解できん」

「……あなたの理論で言えば、それはあなたの主も同じ穴の狢ということではないですか? さぞ気色の悪い女なのでしょうね」

「――塵の分際でよく吠えた」


 閻魔の姿が掻き消え、次の瞬間エトの交差した両腕に閻魔の回転フックが突き刺さった。


「~~~~~~~~~~~ッッッ!」


 基の筋力に加え様々な強化魔法を施したはずのエトの両腕はひしゃげ、大きく後ろに吹き飛ばされる。すぐに再生を始めるエトの両腕だが、治りきるよりも早く閻魔の追撃が襲い掛かる。そしてそれは先ほどの攻防に比べ、明らかに閻魔の速度、威力ともに比べられないくらい速くなっていた。


「この、力は……!?」

「別に手を抜いていたわけではない。が、生憎と今の私の力は大幅に強化されていてな。その力を解放しただけだ」


 閻魔の言葉にエトは数時間前にティリアから届いた情報を思い出した。カナキによると、閻魔は今自らの力だけでなく、天道聖により強力な強化魔法のようなものが付与されているという。最初に相対した時は自分とそう実力がかけ離れているとは思えなかった閻魔に対し、今エトが為す術なく防戦を強いられているのはそれが原因だろう。そしてそれはエトだけでなく、近くにいるスイラン、そしてシールで戦況を固唾を呑んで見守っていたティリアやセシリアも同じだった。


「くっ、私を除け者にするとは……!」

『だめっ、スイラン今は……!』


 ボロボロになっていくエトを助けようと、ティリアの制止を振り切ってスイランが飛び出すが、それを待ち構えていたように、周囲に伸び出た岩壁や石柱から岩石によって作られた円錐が弾丸となってスイランへと射出される。


「ッ、『フラムルクス』!」


 一発が大人の拳ほどもあるそれら弾丸をスイランは『フラムルクス』の能力による斥力を生み出し弾き飛ばすが、強化された閻魔の『ゾルフォート』の勢いは止まらず、なおも無数の岩礫を射出し続ける。


「ぐ、ぅううう……!」


 全方位からの攻撃に対応するために緻密な神聖力操作を要求されるため、スイランも苦悶の表情を浮かべ防御に徹するが、絶え間ない攻撃にそれも時間の問題だということは明白だ。さらにその間にエトも遂に防御すら間に合わず致命傷になり得る一撃をもらい始める。

これまで最前線を支えてきた超一級の戦士すらも手も足も出ない。北方のカナキ、南方のエトとスイラン、更にはラムダスの生徒達の支援を受けた魔物の軍勢押し返し進軍する東西の軍勢を前に、指揮官たるティリアは現状を打破する策を考えねばと必死に思考を巡らせるが、答えは見つけ出すことは叶わなかった――――その前に動いた者がいるからだ。


「ちょっとティリア大変よ!」

「ッ、シャロンさん!?」


 『思念』ではなく直接耳に鳴り響いた大声にティリアは思考の海から浮上するとともに顔を顰めた。


「なんですかいきなり! 今大変な状況ですから細かな報告はセシリアさんに――」

「とんでもない大事よ! 私と一緒に街中に入って来た奴らを処理していたあの人、勝手に外に行っちゃったわよ!?」

「ええっ!?」


 寝耳に水の情報にティリアも思わず大声を上げ立ち上がる。「そんな、あの人を出すのは本当の最後の最後って話だったのに……!」


「――いや、今がその最後の最後と判断したのかもしれんぞ」

「セシリアさん!?」


 フェルトに続き姿を現したセシリアにティリアは驚くとともに、思わず批判の意を示した。


「そんな勝手な判断で独断で動かれたら、作戦の意味が……!」

「ふ、言葉の割に表情は素直だぞ。お前にも分かっていたことだろう。事前に話した会議の状況で奴を初投入するのは理想論。実際の戦況はそう甘くもないし、過度に出し渋れはここで戦い自体が終わってしまう。奴もそれが分かったからこそ、独断で出て行ったのだろう」

「でも、それじゃあ今“負け”はなくても、これから“勝つ”ための方法が……」

「今が無ければ未来もない。それに、それを考えるのが我々の役割だろう、ティリア」

「セシリアさん……」


 セシリアの言葉にティリアが言葉を失っていたところでわざとらしい咳払いが一つ。二人が見ると、シャロンが足踏みしながら「もう終わったかしら?」と言った。


「前線はもう保たないし、彼が出て行った以上嫌でも戦況は変わるわ。指揮官の二人は早く全体に指示を出した方が良いんじゃない?」

「は、はい!」「ふ、そうだな」


 シールの内部でそのようなやりとりが行われる中、これから戦況が変わることを予期する者が皇国側でも数名いた。そのうちの一人、金木楓は戦場の後方から閻魔へと通信を送った。


「閻魔様、聖天剋の気配を探知しました」


 聖天剋。やはりあの男はここにいたのだ。その名を耳にしただけで閻魔は緊張感を強める。今目の前でようやく輪廻の輪に還せそうだった女もトドメはひとまず後回しにして、全方位に対して警戒し、感覚を研ぎ澄ませる。


「おおまかでいい。場所は分からないのか」

「前線のどこかです。しかし、それがどの戦場なのかまでは……」

「……分かった。もういい。どうせ来るとすればここ――」


 そのとき、遠くに位置取っていた自軍で大きな爆発が起こり、次いで多くの兵士の悲鳴を閻魔は聞いた。


「見つけました! 東門に陣取っていた我が軍の中衛、そこに突然奴が……!」

「まさか……!」


 だが、楓の報告を裏付けるように閻魔の感覚でも、右方向から微かに聖天剋の気配を感じ取る。


(奴が出てきたということは崩壊しかけた正門前の前線を立て直すためではないのか? なぜ、東門などという小戦場を……ッ!)


「『覇剣』」


 思考で動きを止めた閻魔を見計らっていたかのように、それはすぐ近くで発動した。

 反射的に防壁を作った閻魔だが、その攻撃の威力は凄まじく、防壁をいとも容易く破壊し閻魔を吹き飛ばした。


「ぐ、く……!」


 神聖力を溜めている気配も見せずにこれほどの威力。閻魔は内心で翠連の妹である翠蘭を甘く見ていたことを認識し自省する。遠く吹き飛ばされてから閻魔が起き上がったところで、スイランの傍でもう一人立っている人物を認めて驚愕する。


「カナキ・タイガ……なぜ、ここに……」


 驚く閻魔の表情を見て、カナキは薄い笑みを浮かべたが、すぐに隣に立つスイランの方を向いて呟いた。


「――それじゃあいくよ、スイラン君」

「ああ……“飛ばせ”!」

「! くっ……!?」


 カナキ達の狙いに気付いた閻魔が足を一歩踏み出した時、閻魔は自分の首に死神の鎌が当てられていることを察した。


「――――惜しい」

「ごふっ……」


 聖天剋の貫き手が閻魔の左肩を背後から貫通していた。囁くように呟いた聖天剋だったが、彼の腹部にも閻魔が瞬時に伸ばした鋭利な石柱が刺さっていた。


「右腕が残っていればもう一方で確実に狩れたのだがな。翠連に感謝することだ」

「ぐぅ!」


 振り向くと同時に回転肘打ちを狙った閻魔だが、煙のように消えた聖天剋にそれは当たらない。そしてその隙に背後でカナキにより『シャロン』の転移能力が発動した。


「チィッ、全軍、上空からの攻撃に備えろ!」


 視界に聖天剋の姿を収めながら、閻魔は通信機越しに全軍へと指示を出す。的確な指示に後ろでカナキが思わず苦笑したが、内心焦りはなかった。『シャロン』によりスイランを戦場の上空に飛ばした時点で、まず今の戦いを仕切り直しできると考えていたからだ。


「おっと、でも聖さんはともかくもう一人は僕が止めないと――」

『必要ない』


 カナキの心を読んだように、助太刀しようとしたところをスイランから止められた。それで動きを止めたカナキだが、その視界に映る上空では落ちてくるスイランに群がるように静香の『傀儡』が集まっていき、火に飛び込む虫と言わんばかりに強力な魔法を発動せんとしている。


「『覇剣・連舞』」


 だが、地上から上ってくる大量の魔力を溜める『傀儡』を前にしてもスイランに焦りはなく、ただ静かに構えた。空中で半身になり身を低め、『覇剣』を下段に構える。それは聖天剋との修行の中で最も会得が難しく、今でもまだまだ未習熟な剣技。

 しかし、その未完成な太刀が、皇国軍を大きく切り裂いた。


「一つ」


 最初の一太刀で傀儡が全て消し飛び、さらに進撃を阻む者がいなくなった北門に向けて進んでいた軍勢を消し飛ばした。


「二つ!」


 僅かな溜めの後放たれた一刀は西門から正門にかけてシールの西南部に放たれた。その攻撃範囲には閻魔やカナキ達も含まれており、かなりの神聖力を注ぎ込んだ防壁も壊され、閻魔はまたも攻撃を喰らう。


「ふぅ、ふぅ」


 上空に落下を続けるスイランも連続での『覇剣』の使用に流石に消耗を隠せない。聖天剋の話だと、姉である翠連は、戦闘の終盤でこれを“片腕で”七発も連続で放ったらしい。


(まったく、やはり姉様にはまだまだ敵わないな)


 呆れると同時にどこか嬉しく思いながら、スイランは自身の未熟を嘆いた。だが、そんな胸中はおくびにも出さず、スイランは最後の一撃を放った。


「ぐ……三つ!」


 今度は東門から正門の東南部へ。結果的にシールを三角形で囲むようにして計三発の『覇剣』は放たれた。

 これには後方で勝利を確信していた皇国軍も何事かと前線を見つめ、絶対にありえないと思いながらも六道の総指揮官の安否を案じたが、やがて全軍に一時撤退命令が閻魔自身から命令されたとき、誰もがそっと胸を撫でおろした。






Side カナキ


「……あの短時間の間で地中に逃げるとは、流石に簡単には殺らせてはもらえないね」


 遠くで撤退していく皇国軍を眺めながら、僕は背後に立つ聖天剋に声を掛けた。「つくづく厄介な能力だ」


「……スイランが三発目の間を空けずに放つことができればそれも分からなかったがな」

「相変わらず弟子に厳しいね」

「弟子などではない。気まぐれに好敵手の遺言に従っているだけだ……それよりもどうする。これで詰みだぞ」

「ええ。今日で僕達の勝利は無くなりましたね」


 聖天剋を晒し、切り札である上空からの大規模攻撃。

 この二つは終盤戦に用意された切り札であり、負けるためではなく、勝つために残しておいた虎の子の手札だった。聖天剋で閻魔を獲り、残りの軍勢をスイランで薙ぎ払う。だが、未だ皇国軍は六割以上数を残しているし、閻魔も今日の一件があれば警戒してしばらく出てこないだろう。普通の戦争であれば全軍の半分も削れば自然と和平交渉や降伏などの話し合いで解決する方向に進みそうなものだが、生憎イリスは戦争をしているという自覚はない。閻魔もそれは承知しているだろうし、最後の一兵まで使い切る気でさえいるかもしれない。後は僕達が疲弊しきるまで数に物を言わせて波状攻撃を続け、機が熟したところを全戦力で潰す、といった策が考えられる。


「……勝利は無い、か。その割にはまだ貴様の表情は明るいな」

「え、そうですか?」

「ああ。いつもの何を考えている分からん気持ちの悪い顔をしている」

「会話する度に僕を傷つけないと気が済まないんですか?」


 僕はふうと息を吐くと、まだ誰にも話していない自分の思いを伝えた。


「……僅かな、本当に僅かで仄かな希望が、まだあります。まあそれも、あの人がどれだけ普通の人間の部分を残しているか次第なんですけど」

「……その様子だと、また禄でもない策らしいな」


 聖天剋は息を吐き、シールに向かって踵を返した。


「良いだろう。期待はしないがもう少しだけ付き合ってやる。あの木偶を殺し損ねたのもあるしな」


 木偶とは閻魔のことか。僕はクスリと笑うと、その背中を追って歩き出した。

 開戦から七日目。皇国軍がおよそ六割強の戦力を残しているのに対し、僕達は魔物のほとんどを失った。そして翌日からとうとう、身の回りの人達も失っていくことになる。


読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ