一進一退
『傀儡旅団』は数百もの『傀儡』を作り出し、それらを同時に動かすことで個を軍へと変える特級魔法だ。その破壊力・制圧力は凄まじく、真っ向から戦えばたとえ『メル』の上位ランカーだったとしても、為す術なく圧殺されてもおかしくないほどに強力な魔法である。
だがそれはあくまで元の術者であるイェーマがいればの話であり、魔力量も操作技術も劣るアリスが術者であるならば話は変わってくる。
「ほんと……これ全部を一気に動かすなんてあのじじい本当に人だったの!?」
悪態を吐きながら傀儡を操作するアリスだが、それでも彼女は奮闘していた。元々複数の死体を操ることは得意だったし、ここにきてからイェーマの試験運用は幾度となく行っていたためだ。
だが、それでも一度にまともに動かせる傀儡は五十がせいぜい。基本それ以外の個体はカナキとセシリアが編み出した術式に従い、半自動で同じ動きを繰り返すだけだ。だが、それも数分の間であれば誤魔化しがきく。
「特級でなくたって……!」
動かせる個体のほとんどを使って中級・上級魔法を乱れ打ち、二、三体に魔晶石の魔力の大半を注ぎ、最上級魔法を発動させる。
突然現れた空の軍隊に皇国軍は明らかに動揺を見せ、指揮が乱れる。もちろんそれを防ごうと各隊のリーダー格が冷静に対応しようとするが、それを許さないのがマサトとスイランだった。
「終わらせろ、『ツバキ』」
「――はぁい」
「!? チッ!」
召喚された赤衣の童子、ツバキを見て舌打ちを漏らしたのは先ほどテオを圧倒した地下に潜む精霊騎士達だった。誰もが歴戦の戦士であり、『ベルセルク』と同じく、『イグニッション』と呼ばれるネーム付きの名の知れた部隊であったからこそ、閻魔の先、最前線に現れた幼い少女が見た目とは裏腹にとんでもない化け物だと瞬時に見抜いたからだ。その中で咄嗟に動いたのは先ほどテオを圧倒していた地下に潜っていた精霊騎士達。彼らの隊長である『イグニス』を有した精霊騎士、ガデスが指示を出し、隊員五人が一斉に地上へ出ると同時にツバキに迫った。
「きゃあ、こわぁい――助けて、『地帝蟲』!」
「来るぞ!」
地下から突然飛び出してきた巨大な芋虫のような異形。しかし、それを一度目にしていたガデスが短い掛け声をかけると、隊員全員が散開して攻撃を躱した。さらに、それだけでなく、隊員のうち一名が、大砲の精霊装『アグニ』で地帝蟲を砲撃し、それに怯んだ隙に大剣の精霊装『グラム』で胴体を真っ二つに切り裂いた。
「うそっ、もしかして強い!?」
「舐められたものだ!」
残る三人、そしてガデスがその後ろからツバキを捉える。
だが、そこに意外な人物が割って入る。術者であるマサト本人だ。両手に拳銃とナイフを握ったマサトを確認し、驚く精霊騎士達だったが、その武装と魔力量を感知して薄い笑みを浮かべる。自分達に遠く及ばない相手だと判断したからだ。精霊騎士のうち、槍の精霊装『トライデント』を持った一人が先んじるように突っ込んだ。
「そんな小銃で……!」
「……」
マサトが拳銃を発砲して牽制するが、それを意に介さず精霊騎士は最小限の動きでそれを躱して突貫する。その精霊騎士の鋭い刺突に対し、マサトは重心を沈め、真っ向から迎え撃つ姿勢を見せる。
「シィ!」
「……!」
マサトは召喚系の魔法師としては優秀だが、それ以外の魔法については並以下で、精々五級魔法師程度、つまり最下級魔法である最低限の身体強化系魔法しか使えない。なので、B級精霊装を携えるその精霊騎士と正面からぶつかれば力負けすることは明らかだ。しかし結果として吹き飛んだのは精霊騎士の方だった。
「なっ……!?」
「ツバキ」
「『天叢雲剣』!」
攻撃をいなされ、さらに勢いを利用され宙へ放り出された精霊騎士をツバキが射出した魔力の剣が貫いた。マサトはそれを目視して確認することすらせず、続いて向かってきた二人の精霊騎士に向かい鋭い視線を向けた。
「ぐっ……!」
「一旦距離を取れ!」
たじろぐ隊員を下がらせ、代わりにガデスが精霊装の能力を発動させた。かつては大国イスカン帝国の将軍ソルシオ・コミューンが操ったS級精霊装である『イグニス』の能力は熱操作。位置関係から部下を巻き込まないために逆に単身でマサトへと飛び込むガデスに対し、マサトは再び発砲するが、全て到達する前に熱により融解する。これにはさしものマサトも表情を歪ませ、術者の代わりにツバキが前へと躍り出る。
「まーくんは下がって!」
叫ぶと同時に再び魔力の剣を投擲し、ガデスも舌打ちとともに横に割けて距離を取る。瞬く間に自身へと迫ったツバキの攻撃にこれ以上距離を詰めると逆に自分が仕留められかねないと判断したからだ。
「ツバキ……」
「もう、まーくん自身はこの世界ではちょっと強いくらいなんだから本物の化け物相手にすると瞬殺されちゃうよ」
腰に手を当てぷりぷりと説教するツバキ。だが、態度とは裏腹に彼女の表情は硬く、注意深く精霊騎士達を観察しているのがマサトには分かった。彼には魔法の才能はない。しかし、前の世界でいくつもの死線をくぐり抜けた経験から、目の前の相手がテオやソフィー達より強い、スイランや学長に届くレベルなのだと実感した。
「雨の準備をしよう、ツバキ。それまでは可能な限り残りの手持ちで時間を稼ぐ」
「まだ私以外で壊れてないのはいるの? カオナシとアルミラージはさっき壊されたでしょ?」
「……『マーガレット』だけだ」
「それじゃ流石に瞬殺されるよ。時間はかかるけど、私もサポートしながら戦う」
ツバキは最上級魔法クラスの異能を複数もつ『守護者』としても最上位の存在だ。彼女の力をもってすれば、複数の異能を同時に扱うこともできるが、流石に切り札である『禍ツの雨』を使うには時間がかかる。それまでの時間、ツバキの援護はあるものの、マサトはほぼ単身で屈強な精霊騎士五人を相手にせねばならなくなった。
「まーくん。初めてだね。この世界で死ぬか生きるかのギリギリの戦いになるのは」
「うん。懐かしい感じだ……自分でも意外だけど、どこか高揚している自分がいる」
「ははっ、それもあの先生の影響かもね。それじゃ、始めるよ!」
「ッ、何かする気だ。各自、あの光の剣に注意しながら散開しろ。取り囲め!」
精霊騎士達も歴戦の猛者であり、目の前の少年と幼女が只者ではないと感じている。ガデスの鋭い指示に対し、精霊騎士達は一糸乱れぬ動きでマサトを囲むように動き始めた。
一つのターニングポイントとなるマサトとガデス達の攻防が激化する中、アリスが操るイェーマの『傀儡旅団』により徐々に劣勢になり始めた皇国軍は更なる一手を繰り出した。
「――確かに、いくら閻魔様でも空の相手とは相性が悪いでしょうし、私が適任というわけね」
「うん……ッ!?」
気配を消していたのか。突然上空に現れた存在を感じ取ったアリスは、その相手が突然とてつもない魔力を解放したのを確認し、一気に喉が干上がった。
その当人、静香は妖艶とした笑みを浮かべ、魔法を発動させ、その僅か後にアリスもイェーマに魔法を発動させた。
「『絶対魔法・地獄嵐』」
「――『絶対魔法・地獄嵐』!」
アリスの方が僅に遅れたのは、その術者本人がアリスではなく、遠隔操作しているイェーマだったせいか。
しかし、その一瞬の遅れが致命的となり、静香の魔法は多くの傀儡を破壊した。
「ぐ、ぅうううう!?」
特級魔法のぶつかり合いの余波は戦場全体を覆い、アリスが潜むシールを大きく揺らし、家々の外壁を吹き飛ばした。
しかし、静香はそれで終わらない。所有している『賢者の石』によって半無限ともいえる量の魔力を有する静香は、その気になれば何度でも特級魔法を放つことができる。
「『絶対魔法・地獄嵐』」
「まっ……!」
再び放たれる静香の魔法に対し、アリスは急いで魔晶石を砕き、同じ魔法を発動させるが、これも先ほどと同じく、多くの傀儡を破壊される。
「絶対魔法――」
「や、ば……」
やばい。
最初の光景が何度も再生されるかのように、その後も一瞬遅く発動したアリスの『傀儡旅団』が数を減らしていく。五度目になり、アリスは自分ではどうしようもないと結論づけた。
「カナキ君、ヘルプ!」
「こっちの事情も考えてくださいよ……!」
勢いよくアリスが叫ぶと、街内部に侵入していた精霊騎士を駆除していたカナキがどこからともなく現れ、遥か空に浮かぶ静香に向かって照準を定めた。「いい加減息子の邪魔をするのはやめてくださいよ、母さん……!」
『終末』。
放たれた全てを分解する黒い光線はまっすぐと静香へと伸びるが、かなり距離が離れているために、楽々と躱されてしまう。
「実の親に向かって相変わらず容赦ないわね」
「それはお互い様でしょう……アリスさん!」
「時間稼ぎご苦労っ!」
アリスが魔晶石を砕き、今度は静香よりも早く魔法を発動させようと術式を構築させる。度重なる特級魔法の連続発動と膨大な魔力操作に脳は焼かれそうなほど痛み、鼻血も流れるが、そんなことなど意に介さず、アリスは魔晶石の魔力と自分の魔力を一気にイェーマへと流し込む。
「さあ、今度はこっちの番――――」
「アリスさん!」
「え……?」
ズン、と重たい音をアリスは聞いた。
振り返ると、足元で伸びた鋭利な石柱の先端が背中からアリスを貫いていた。
それを視認してからアリスの体がようやく事態に気付いたかのように、口から血を零す。急いで駆け寄るカナキをよそに、その遥か先にいる閻魔が伸ばしていた右腕を下ろした。
「知覚さえできればどれだけ離れた地からでも大地を操作して攻撃できる……その御力さえあれば最初からシールの都市自体をひっくり返すことも可能だったのではないですか?」
「シールは破壊できても人は取り零す。目的は都市のは合いではなくカナキ・タイガの回収だということを忘れるな」
通信機越しの静香の質問に当然とばかりに答えた閻魔は、視認はできないがシールの中でイェーマを操っていた術者の魔力が急激に萎んでいくのを確認し、早急に指示を出した。
「シズカ、これで上空の人形共は大人しくなったはずだ。今のうちにさっさと片付けろ」
「承知致しました……ちなみに、閻魔様はどうされるので?」
「目的は変わらん。カナキの回収だ。そのためにまず、あの都市全体を包囲する」
閻魔が足踏みを一度すると、それまで前線で暴れていた魔物達が一斉に石柱で貫かれた。その中にはガデス達と戦っていたマサトも数のうちに入っていたが、閻魔の気にするところではなかった。
「全軍、進軍せよ。今日で最低でもシールの都市全体を囲い込むぞ……」
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