意外な提案
もしそれが魔法だとすれば、この世界においてそれは間違いなく特級魔法に分類されるだろう。
『パターン⊿を使います!』
あらかじめ決めてあった通り、僕達の中で『無限障壁』を使える者が一斉にその魔法を展開させた。
テオ、スイラン、アリス、エト……それに加えてセシリアが独学で会得した『虹色波紋』を駄目押しとばかりに発動させ、頭上からの攻撃に備えるが、それでも聖の攻撃は強力で、障壁を貫通し少なくない衝撃が街全体を襲った。
『カナキさん!』
「うん……!」
僕はその間に『シャロン』を召喚し、転移能力を発動させて頭上にいる聖の下へと飛んだ。
僕一人で聖の前に立つのはかなり危険な選択であったが、彼女が出てきた時は最早それしかないと、僕達は議論を重ねた末に結論付けていた――そう、つまりは聖の説得である。
「――うわ、カナキさん!?」
僕が姿を現すと聖は驚いた表情でこちらを振り返った。転移に驚いているというより、まさか自分の前にこんなにも早く来るわけはないという意味で驚いたような反応だった。
「やあ、聖さん。ご無沙汰です」
そう言いながら僕は懐にある『自由』が内蔵された魔導具を発動させ、空中で静止する。この魔導具を身に着けていればある程度は空中で自在に移動できるが、所詮は魔導具であり、発案者のカレンのように高速で移動したり、空中で自由に体勢を変えて戦うことはできない。この状況で聖が僕に本気で襲い掛かってくれば僕に勝ち目どころか、数秒と経たずストックを使い切ることになるだろうが、幸い僕の予想通り、彼女はすぐには襲ってくる気配はなかった。(とはいえ頭上には未だ『円環の露』を降らせる巨大な魔法陣が発動されたままである)
「あ、あはは、本当にそうですね、カナキさん……まさか、こんながっつり戦闘しているときに二人きりで再会できるとは思ってなくて、ちょっと気まずいです……し、死人とかもしかしてもう出ちゃってたり……?」
もじもじとした様子の聖がそう口にしたことで、彼女が早々に僕の仲間を殺めてしまってるのではないかということを気にしていることにようやく気付く。確かに、イリスが僕を気に入っているという理由から、聖も僕に幾分か好意的だし、友人との久しぶりの再会が、戦争中とはいえ友人を殺した直後だとしたら、中々険悪な再会になってしまうだろう。
「大丈夫ですよ、幸い聖さんの攻撃ではまだ死者は出ていません……まあ時間の問題だったのでしょうけど」
「す、すみません。一応目的は殲滅ではないので、威力は七、八割に留めたのですが、カナキさん達の作り出した防壁が思った以上に堅牢そうだったので、心ばかり出力を高めてしまいました」
あれでまだ全力ではないのか……いや、それよりも今気になる言葉を口にした。
「今、殲滅が目的じゃないと仰いましたか?」
「あー……はい。実はそうなんですよ。とりあえず場所を変えましょう。おそらくは大丈夫ですが、下手をするとこちらにも飛び火が飛んできそうなので」
「飛び火?」
僕が疑問の声を上げたと同時に真下で轟音が響いた。
下を見るや目に映ったのは大地がうねり、巨大な波となってシールへと迫るという目を疑うような光景だった。全方位から迫る巨大な大地の壁に、『無限障壁』で守られているシールの内部からも多大な魔力が放出されるのが分かったが、その結末を見るまえに聖が能力を発動した。
「『閉じる世界』」
「!」
急激に視界が暗転し、僕と聖は空間から分離された。
雰囲気から一種の結界だと推察できたが、それ以外は全く分からず、僕達の気配以外、音も匂いも光さえも感じられない。
「あ、光はないとダメですよね」
目の前から聖の声が聞こえると、次いで掌くらいの光の玉がいくつか飛び出し、辺りを明るく照らし出した。そこは、紫がかった黒の結界が球状に辺りを包んだ場所であり、かつて僕がいた日本の独房くらいの広さがあった。
「普段は攻撃から身を護るために使うので、誰かが一緒に仲にいるときは全然ないから照明が必要なことに気が回りませんでした。申し訳ありません……」
「それは別に良いんですけど、相変わらず凄いものを創り出しますね……」
先ほどから試してみたが、やはりここは『シャロン』の転移能力さえも通じないらしい。まるでこの世とあの世の関係のように、外と内を完全に遮断する結界。物理的にではなく概念に干渉する障壁というのは魔法には存在しない発想だった。
「いえいえ、この能力も完璧ではありません。以前、分身でですが、この技をスイランに破られましたから。あの子もこの世界に来て今尚強くなり続けていますね」
「まじですか……」
驚愕の事実に僕は唖然とする。スイランがまさかそんなことをやらかしているとは知らなかった。聖天剋の教えがあったとはいえ、翠連の技術もスポンジのように吸収していく最近の様子を見ると、いよいよ彼女は僕の教え子の中で、エトに次ぐ成長率の並外れた生徒になるのかもしれない。
だが、生徒の成長に想いを馳せるのは後だ。僕は一つ咳払いをすると、柔和な表情を浮かべつつ、口調は真剣さを失わないよう注意しながら話し始めた。
「ところで聖さん。久しぶりの再会に話したいことはお互いあるでしょうが、まずはここに僕を呼んだ用件を伺いたいです。残念ながら僕の仲間達は現在進行形で閻魔さんと皇国の大軍から集中砲火を浴びているようですから」
あの大地を使った大規模攻撃は絶対に閻魔の仕業だ。そうなれば皇国軍も遂に本気で僕達を潰しにかかってきたとみるべきだろう。ここまでも手を抜いてきたわけではないだろうが、やはりナターシャや静香が指揮を執るのとイリスの側近である閻魔が指揮を執るのでは集団の本気度は段違いだろう。聖が今僕といるので戦線から抜けているとはいえ、異次元の人数差であるこちらが大劣勢であることに変わりはない。早く僕達の目的であり勝利のための絶対条件である聖をこちら側に引き込まねばならない――たとえ誰を犠牲にしたとしても。
僕の言葉に対し、聖もいつものどこか抜けたような表情が消え、戦闘に入る際のあの非人間じみた天女の凛然とした表情になった。こちらも背筋が伸び、表情が引き締まる、そんな表情だ。
「……ええ、そうですよね。カナキさんにとっては一刻を争う状況でしょう。言う通り手早くお互いの用件を確認しましょう。まずは私から……私の用件は私とあなたの間の完全なる停戦協定です。私はカナキさんに危害を加えませんし、カナキさんも私に一切の危害を加えない。私はあなたにこの停戦協定を提案します」
間があきすぎて申し訳ありません。
次話はなるべく早く更新できるようにします。




