絵図を引く
Outside
「……なるほど、カナキはそういう路線に走るというわけね」
カナキ達のいる前線からの遥か後方であり皇国軍の中枢、大群に囲まれる位置にあたるところで、イリヤウスはその“茶番”を眺め、溜息を吐いた。
「くだらない。あまり効果的とはいえない下策ね。そう思わないですか、閻魔?」
「はっ……」
通信機越しに映る閻魔はいつも通り片膝を着きただ頷くばかり。この男はどこまでいっても愚直な男だ、とイリヤウスは呆れ半分で笑みを浮かべると、「それで」と話を続けた。
「映像を見る限り、今日まで指揮を執っていた指揮官のうちの一人が負けたそうね。これを受けて総指揮官であるあなたはどうするつもりかしら?」
「全責任は奴を指揮官に任命した私にあります。どのような処罰をも受ける所存です」
「もう、そういうことではないくらいあなたにも分かるでしょうに。次の策はどうするのか、と聞いているのですよ。聞けば生け捕りにしていた敵の主力も失ったにもかかわらず、向こうには死者の一人でも出たかどうかも怪しいのでしょう」
閻魔から上がってきた報告をあらかじめ目を通していたが、どこからどう見ても皇国軍は寄せ集めのならず者集団に対し全く為すすべなく敗走した二日間だった。今日も分断までは成功したが、各個撃破までには至らず、指揮官捕縛により撤退したというのが結果としては全てだ。
「まあ相手が想定以上に規格外の強敵だったことは認めましょう。あれだけの大軍を前線に立て、さらに“お義母様”が放った多数の『傀儡』をもってしても一人も倒しきれないとなると、カナキ達の主力層一人一人が少なくとも六道下位の者達と同等かそれ以上の戦力を保有しているということになるでしょう。これまでが順調すぎたせいか、カナキ以外を侮っていたかもしれませんね」
先ほどカナキの三流ショーの犠牲となった女も、この世界ではかなりの猛者であり、事前に閻魔からも「六道に匹敵する強者」と報告が上がっていた。ナトラ・レンベルの運用方法もまあまあ悪くはなかったし、ひょっとするとカナキに一泡吹かせられるかと思ったほどだが、最後はカナキの仲間が命がけで彼を守った。これもある意味で彼の周りの人間のことを甘く見ていたことに対する結果と言えるだろう。
「……無礼を承知でお願い申し上げたいことがあります」
「――ほう。閻魔が私に願い事とは珍しいですね」
普段イリヤウスが好奇心から危険な橋を渡るときに度々進言はあったが、このような状況で閻魔から直接願いとは……イリヤウスは久しぶりの未知の展開に目を細めた。
「それで、願いとは何です?」
「実は――」
閻魔の願いの中身を聞き終えた時、最初の嬉々としたイリヤウスの表情は肩透かしを食らったような落胆の表情に変わっていた。「なんだ、そんなことですか……」
「そんなこと、などと割り切って良い願いでは断じてありません。この願いを聞き入れた頂くことで、あなた様にどれだけの危険があるか……!」
「別に“聖の影を貸す”くらいどうってことありません。ただでさえこんな大軍の要にあたる部分に位置しているのですからそれくらい――――――ちょっと待ちなさい」
「は……?」
イリヤウスの見ている景色が遠のいていき、彼女は思考の海へと潜る。
イリヤウスは自他ともに認める比肩しうる存在のいない天才であるとともに、その観察眼で大抵の人間の考えていることは手に取るように分かってしまう。そんな彼女にとってカナキとは今まで会ったことのないほど捻れ歪んだ思考の読めない男であったが、そんな彼でも、取った行動や顔を合わせた時の僅かな気配や目線の動き、言動で僅かにだが見えてくることもある。それらのピースを脳内で高速に埋め合わせ、数十秒後にはイリヤウスの中で自身でも会心の出来と言わしめるほどの一枚の絵を完成させた。
「――――――ふふ、これよ……これだわ……! これなら、カナキもきっと……!」
「……イリス?」
小さな肩を震わせて何かをぶつぶつ呟くイリヤウスを見て、流石に身を案じた聖がおずおずと声をかけた。
それを手で制し首を振ると、「聖、すぐに準備なさい。明日、あなたにはここを発ってもらいます」
「な、なにをっ!?」「よろしいのですか?」
画面越しにも分かるほど狼狽する閻魔と、こてんとただ首を傾げて確認する聖。
その二人に対してイリヤウスははっきりと頷くと、天使の微笑みを浮かべた。
「ええ。閻魔、影なんて言わせません。明日、聖を最前線へと送ります。基本はあなたの指示通り動かせるようにしますし、いつどこで聖を使うかはあなたの自由……ただし、一つだけ条件があります――――カナキが一人になった時に聖を当てなさい。聖、その後は――――」
七日目
Side カナキ
あれから、ナトラを犠牲にしてナターシャを屠ってから五日が経過した。
戦線は、戦争が始まる当初は予想できなかったほど安定していた。
といっても楽勝で戦えているというわけではない。毎日僕達は死ぬ気で戦っている。そしてその結果、犠牲を少なく安定して戦えている。それもこれも、僕の人間の恐怖心を刺激する作戦が今のところ功を奏しているのも理由の一つだ。
三日目以降、僕は自分でも分かるくらい、結構な羽目の外し方をした。
まずは、綺麗に処理したナターシャの死体を路上に磔て、皇女とのフリーハグコーナーを設置した。これは残念ながら罠を警戒した皇国軍が近寄ってこないため、やがて野鳥たちの餌となってしまったが、これを契機に僕は色々なことを趣味半分でやり始めた。
それは正に戦術と趣味の狭間にあるような試みだった。
例えば捕虜の耳と鼻を削ぎ、集めたソレを皇国軍の駐屯する基地に降らせた。これは転移魔法を使えるセシリア(最近ネロに頼んで教えてもらい会得したらしい)にお願いしたら結構乗り気でやってくれた。ちなみに耳や鼻には一応名前を書いておき、試しに捕虜の一部を解放して自分の体を捜させる“宝探し”もやらせてみたが、彼らは無事自分の耳や鼻を探し出せただろうか。一週間以内に見つけて戻ってくれば捕虜として残している他の仲間の命は助けてあげるという約束だったが、今のところ戻ってくる者はいない。
次に前線近くの荒野に先端を鋭くさせた杭を用意し、そこに捕虜にした者を拘束した状態で下から突き入れて置いておいた。これのポイントは一気に内臓に届くほど深く突き入れるのでなく、身体が固定する程度に突き入れておくこと。こうすることであとは自重で段々と身体が杭へ沈み込むようになり、捕虜たちは昼夜を問わず新鮮な絶叫を聞くことができるようになる。さらにそこには設置系の罠魔法も惜しみなく準備しておき、助けに行こうとした者を焼け焦げさせた。そうすると目の前で仲間が苦しんでいるというのに中々助けに行くことができなくなるわけで、そうした仲間の態度を恨み憎悪する捕虜たちの怨嗟の声が、前線にいる皇国軍兵士たちの士気を下げ、パフォーマンスを大きく低下させることに成功する。
とはいえ、向こうも引くに引けない属国の魔法師たちも多く保有している。指揮官の指示の下、まさに後退を許されない状態で突貫してくる兵士達には僕達も激闘を余儀なくされた。
まずセシリアが連れてきたならず者たちの中から死者が出た。一度その中の一名は生け捕りにされて皇国軍へ連れ去られたが、あまりにも僕の惨い暴挙が続いていたために、本部に辿り着く前に前線の兵士達によって殺されてしまった。その私怨たるや凄まじく、そのならず者は相当苦しんで死んだようで、それを遠くから見ていた僕でさえもそれからは皆に一つずつ自死用の薬を調合して配ったほどだった。
だがその反面、僕に近しい者や主力となる仲間達の中から死者は一向に出なかった。その理由は皇国軍にある。ナターシャ以降、彼女レベルの強者を全く寄越さなくなったのだ。連日大軍が押し寄せてくるのだが、所詮は大軍なだけであり、精々がテオやフェルト、マサトの眷属が苦戦するレベルで、そういう時にはスイランかエトに向かってもらえばそう苦労せず倒せる敵ばかりであった。
しかし、徒に戦力を削ぎ続ける皇国の真意も、その日遂に判明した。
七日目、それまでと比較できない凄まじい魔力が戦域を包んだ。いよいよ六道、閻魔が来たかと僕達も身構えたがそれは違った。恐らく彼は、閻魔はこの“ギャップ”を生み出すために、この四日間僕達に完勝を譲り続けたのだ。
「相変わらず常人が考え付かないようなことをしているようですね、カナキさん」
天空で天女はそう言って微笑み、神聖力を熾した。
莫大な神聖力はやがて一つの形を作り、幾度となく見た、あの破滅の輪を出現させた。
ティリアが大声で指示を出す中、その露は降り始め、戦場を抉った。「――『円環の露』」
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