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ナトラ・レンベル

年一レベルで進まない難産場面でした…

 『シャロン』の空間転移能力を使えば頭上から落ちてくる溶岩は避けられるが、『迷宮作成』の効果圏内にいる限り転移した先で攻撃を当てられる。だからといって『黒淀点』の『螺旋網』では液体となって降り落ちる溶岩全てを防ぐことは難しい。

 そう考えた僕は悩んだ末に魔晶石を砕き、『シャロン』のもう一つの能力を発動させた。


「!? 何を……!」


 バケツをひっくり返したような勢いで降り落ちる溶岩に対しまっすぐに突っ込んだ僕に対してナターシャは困惑しながらも警戒態勢を取る。カナキが無策でそんなことをするはずがないし、そこには何か自分の脅威となる何かがあると思ったからだ。

 しかし、結果的に彼女の警戒虚しく、ナターシャは初めてカナキの間合いへ侵入を許す。


 ――『空間歪曲』。シャロンの通常の転移能力の派生版で、その能力によって自身の体を異空間へと飛ばし、あらゆる攻撃を無力化するシャロンのもう一つの切り札。


「うっ……!?」


 溶岩をすり抜け、まるで透明人間のように溶岩を抜けてきたカナキに対し、ナターシャは上空へと飛翔するがカナキの方が速い。


「スイランンンッ!」


 ナターシャが叫ぶと同時にカナキとナターシャとの間にスイランが躍り出る。唯一カナキと近接戦で渡り合えるナターシャの手駒であり、厄介だと言わんばかりにカナキからも舌打ちが聞こえてきた。先ほどのカナキによる傷もナターシャによってもう治療は済んである。対して未だナトラとスイランに情を捨てきれずにいるカナキ(ナターシャにとっては意外なことであり、そして今やそれが大きなアドバンテージとなっていた)相手ならば五分以上に戦うことができるだろう。


(――だが、あんな奥の手を残していたカナキ相手では、それも“絶対”ではない)


 上昇を止めたナターシャが魔力を更に練り上げる。眼下に映るカナキはそんなナターシャの様子に注意しながらも目の前のスイランの猛攻を防ぐので精一杯だ。スイランが今見ている幻術の中での戦闘も最早佳境だ。ここで倒さなければ後はないという思考に誘導しているため、あと一分程度なら格上のカナキをも釘付けにするだろう。


「最期の瞬間まで釣り餌としてしっかり働いてもらうぞ……!」


 そうして残る魔力を全て注ぎ込んだナターシャが両の掌を前に出すと、そこに黒い球体が出現した。一見すればカナキの『黒淀点』で作る黒球より少し大きい程度のハンドボールサイズの球体。だが並みの魔法師がそれを見れば卒倒しそうになるほどの超高濃度の魔力がその内には秘められていた。


 『超爆(ビックバン)』――――最上級魔法以上の魔法にぶつけることにより威力を何倍にも増幅させ、特級レベルの破壊を生み出す禁忌指定魔法。ここで放てばナターシャも命はないが、放った直後にこの迷宮内を脱すればカナキと哀れな傀儡達のみを残し、全てを無に帰すことができる。

 そしてそれほどの魔法を感知できないほど今のカナキも落ちぶれていない。


「……! スイラン君ごと僕を……シャロン!」

(了解しました)


 カナキに従い再び擬人化したシャロンがスイランの前に立ち塞がる。防御に専念し、一秒でも時間稼ぎに徹するシャロンに対し、スイランは珍しく表情を歪ませ、全力でシャロンを叩き斬ろうとする。

 そしてその間に魔晶石を砕き、脚部に集めた魔力で大地を踏み抜いたカナキは、瞬きする間もないほどの速度でナターシャの下へと到達する。


「そんな魔法を撃つ直前なら、さしものあなたでもおいそれと他の魔法は併用できないはずです!」

「チッ、しつこいゾンビじゃなお主は!」


 叫びながら回避しようとしたが間に合わず、カナキが振り抜いた拳がナターシャの胸部へと吸い込まれる。


「が、か……!?」

「これで……!」


 障壁を砕き、肋骨の折れる音が拳越しにカナキにも伝わる。もう一発、動きの止まったナターシャの顔に向かってトドメの一撃を放つ。




 その直前で、『颶風纏う麒麟』を纏ったナトラが無防備な姿で間に割って入った。




「…………!」

「構わないで、先生!」


 瞬時に振りかぶった拳に『霧幻泡影』を纏わせる。苦し気に叫ぶナトラの顔色は土気色に変わり、明らかに魔力切れの兆候だ。そこに今発動している特級魔法など使おうもものなら文字通り自殺行為であり、たとえここで拳を止めても、恐らく彼女は魔力の使い過ぎで死ぬ。そして分解魔法を纏った拳なら彼女の体を貫通してナターシャにトドメを入れることができる。

やれ。感傷に浸れるな。殺人鬼。


「ごめん……!」




 しかし、カナキの意に反して拳はすんでのところで止まっていた。




「馬鹿が……!」「ははっ、愚か者め!」


 カナキの自分に対する悪態とナターシャの嘲笑が重なった。諦めたカナキは魔法を解き、カナキはナトラを抱き寄せたとき、同時にナターシャから『超爆』が発動された。手から離れる黒球。カナキの肩を貫通して進む方向には未だ中庭で煮えたぎる『炎熱湖』の溶岩が煮えたぎる。最後までそれを確認する暇もなくナターシャは即座に反転し、自身の作り出した迷宮から抜け出した。

 ――その直後、轟音とともに幾重もの罅が入り、迷宮は内側から崩壊した。






「シズカ、カナキを捜せ!」


 迷宮が崩壊する直前、そこを抜け出したナターシャは傍に控えていた傀儡に対しそう叫んだ。


「ナターシャ、その様子だとCプランで手筈通りということかしら?」

「ああ、忌々しいことにな! おかげで手駒も失ったうえに魔力もほとんど残っておらん! 今ここで仕留めんと最早妾があやつを倒す術はない!」


 そう言いながら自身も頼みの綱である『夢幻の小太刀』を取り出す。先ほどの『超爆』で殺しきれていればベストだが、驚異的な再生力をもつカナキがあれだけで死ぬとは考えづらい。しかしとはいえ、あれほどの魔法を喰らえばカナキとてただではすまない。だからこそ、攻撃を受けた直後の今、再生を終える前にカナキを見つけ、『夢幻の小太刀』の能力によってスイランと同じくカナキを術中に嵌めようとしているのだ。


「……ああ、なるほど。これは駄目ね」

「はぁ!? 何を言っておる! ここで手柄を立てねば妾もお前もここで終わりじゃぞ! 早く死ぬ気で――」

「――一つ」


 静香が跳躍した直後、剣閃が煌めき、『夢幻の小太刀』を握るナターシャの右腕を切断した。


「は――?」

「二つ」


 次いで放たれた斬撃が、今度は左腕を切断する。地面にぽとりと落ちた両腕を眺め、そこでようやく事態に気付いたナターシャが絶叫する。


「い、いやああああああ!」

「まったく……まさか私が操られるとは、つくづく自分の不甲斐なさに腹が立つ」


 ナターシャの背後から現れたスイランは不快な表情を隠そうともせず、両膝を着いて絶叫するナターシャを峰打ちして意識を刈り取ると、上空でそれをただ眺める静香に視線を移した。


「良いのか? 貴様の仲間だろう? さっきの話だと、お前も何かしらの手柄を持ち帰らねばただではすまないというようだったが?」

「あら、聞いてたのね。でも大丈夫。それはあくまでその子だけの話。私にはまだ使い道があるみたいだから、ここで下がっても問題はないの……それにしても」


 静香はそこで顔を背け、スイランの背後で膝をつくカナキへと視線を移した。「あの子にもまだあんな人らしい所が残ってたのね」


「……ああ。私もそう思うよ…………の時も、ああすんのかね」






Side カナキ


 背中越しに視線を感じながら僕は横たわるナトラに『陣地治療(キュアラー)』を施していた。とはいえ、それは治療のためではない。既に下半身を失っているナトラが少しでも痛みを取り除き最期を迎えさせるためだ。


「ナトラ君、ごめん、君なら分かっていると思うんだけど、今のナトラ君を救うほど力が僕にはない。助けてもらったというのに本当に申しし訳ない」

「はは……先生は、本当に律儀だね。この傷じゃあ誰だって助けようないし、先生のせいじゃないのに……でもありがとう」


 ナトラの声はいつも通りで、一見すれば怪我などないいつも通りのように思えたが、実際に目に摺れば顔色は悪く、やはり腰から下は消失しており、彼女の命が風前の灯だと再認識させられる。もしかするとこのいつも通りの口調も、僕を過剰に心配させ過ぎないよう配慮しているからかもしれない。


「……ナトラ君、最後に聞かせてくれ。どうしてここまでして僕たちのことを……」

「へへ……先生とスイランには学校でお世話になったからね……助けられてよかったよ」


 あのとき、ナターシャが魔法を発動した直後にナトラは最後の力を振り絞り僕とスイランを連れて迷宮からギリギリで逃してくれた。ナトラの速度に加え、幻術も解けたスイランが咄嗟に空間を切り裂く斬撃を放っていなければ僕はともかくスイランは確実に死んでいた。結果的に僕とスイランは軽傷で済んだが、二人を抱えていたナトラは間に合わず、腰から下を丸ごともっていかれた。火傷のおかげで傷口はほぼ塞がっているが、そうでなければいくらナトラでもとうに失血死していただろう。


「魔力切れも久々だなあ……あーもう、ほんと今日も含めて最近は色々あったなぁ……先生も、その、見たんだよね、きっと」

「……うん」


 ナトラが言っているのが、ナターシャに一度見せられたあの映像のことだと察し、僕は頷いた。


「あー、そーだよねー恥ずかしいなー……まあ、そのね? こんなボクでも、あれは結構堪えたかな。初めてだったし、抵抗しようにもあの時は両腕が無かったし……でも、心を殺されるのだけは耐えた。おかげでこうして最後に先生たちを助けることができた」

「ああ、本当に感謝しているよ、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして……最後に私からも一つ教えてほしいんだけど」

「なんだい」

「どうしてあのとき、私ごとナターシャを殺そうとしなかったの?」


 あのときとは、迷宮内でナトラごとナターシャを殺そうとしてできなかった時のことだと思う。僕は苦笑いし頭を掻いた。「正直、もうあの状況じゃ君ごとやるしかないって思ってたんだけどね」


「でも結果的にそれはしなかった。どうして?」

「多分、君のことを僕が思っていた以上に好きだったからじゃないかな」


 正直僕はナトラとそれほど親密な関係にあったかといわれると首を縦には振りづらい。彼女との出会いは比較的最近だし、出会った後もすぐに皇国が現れて、別の場所に行ったためにあまり会う時間もなかったからだ。

 だが、結果的に僕はあの時理性よりも感情を優先し、ナトラを殺すことができなかった。僕はかなり薄情な方だと思うし、ましてナトラはあのとき助けたとしても魔力切れで死ぬ可能性が高かった。それでも拳が止まったということは、思った以上に心の根底ではナトラ・レンベルという少女を僕は気に入っていたということだろう。


「……そうなんだ、へへ、悪い気はしないね」


 僕の言葉にナトラはぽかんとした顔をした後、くすくすと笑った。下半身が無いというのに、まるで死ぬ気配を感じないほどにナトラはいつも通りだった。


「カナキ先生って変態だし、そんな好きな私の最期だからちょっとえっちなことしても大目に見るよ」

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ。何をしようにも君、もう下半身ないし」

「えっちなことですぐに下半身を連想するのは置いておくとして、先生ほどのど変態さんならこんな姿のボクにも天才的な変態プレイを思いつけるよ。頑張って」

「君もしかしてずっと僕をそんな超絶的な変態だと思って見てたのかい。流石に傷つくんだけど」

 あははと笑うナトラ。束の間の穏やかな時間だったが、すぐにナトラは表情に苦味が混じる。「……ごめん、そろそろダメみたいだ」

「そっか……うん、なら、さよならだ。天国へいっても元気でね」

「……私、天国に行けるのかな?」

「行けるに決まっているだろ」


 思ったより語気が強くなり、ナトラが少し驚いた。

 でも、構わずに続ける。


「いいかい。僕は自分で言うのもなんだけど人類の中で最低の部類に入る絶対地獄行きの人間だけど、だからこそ善人と呼ばれる人がどんな人かをよく知っている。ナトラ・レンベル。君は僕が見てきた数多の生徒の中でも突出して模範となる善人だ。その若さで国を背負い、多くの民を、この世界を守ってきた――君はもう報われるべきなんだ」

「……なんだか、今までで一番、先生っぽいかも、今の先生」


 くすっと噴き出すように笑ったナトラはそのあとすぐ真顔に戻り、「スイランに伝えてほしい」と言った。


「一緒にした修行、楽しかった。あとは任せた。全部託すって」

「……うん、わかった」


 それを聞いたナトラが笑うと、目を閉じる。その瞬間、急激に彼女の体から生気のようなものが抜け落ちていく。


「お母さん……ごめん――――」


 最後にそう呟くと、ナトラの胸の動きが止まった。吐いた息はそのままで、再び息を吸わず十秒、二十秒と時間が経過する。


「……君も最期には立ち会った方が良かったんじゃないか? ナトラ君も最期に君と喋りたそうだったけど」

「余計なお世話だ。それよりも早くここを移動するぞ。皇国軍もこんな場所で孤立している私達をこれ以上見逃してはくれまい。道は私が切り開く。ナターシャとナトラはお前が運べ」

「……うん、わかった」


 そうして、それからおよそ六時間後、その日の戦闘は終了した。結果を見れば皇国軍はナトラをはじめ、勢力の八%を失い、そして指揮官であるナターシャをはじめ、数十名の兵士を生け捕りにされた。僕達の勢力は初日と同じく死者はゼロで大勝利を収めたといっていいだろう。

 だがその夜、僕達は一人の葬儀を簡潔に執り行い、一人の友人を旅立たせた。アルティやテオも涙を流し、その日はクラスメイト達と一緒の時を過ごしたみたいだが、ナトラを弔って早々、僕は生け捕りにした彼女の下へ向かった。

 嘆き悲しむのは同世代の役割だ。大人である僕たちの役目は明日以降のため、そしてナトラが死ぬ原因となった彼女を僕なりの方法で最大限歓迎することだろう――


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[気になる点] 下半身のなくなったナトラへの陵辱…… 幾らでもありそうな物ですけどね。 最初で最後が集団レイなアレという精神的な追い込み……?() [一言] ナトラちゃんの回想?良かった……
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