スイラン、ナトラvsカナキ
おくれましたすみません。
Side カナキ
スイランの下に向かう僕を上空から執拗なまでに妨害して時間稼ぎをした静香の行動の理由は、ようやく辿り着いた先で立ちはだかる二人の姿を見てやっと理解した。
「まさか、生徒を二人も操られようとはね……」
「ほう、一目見ただけで気付いたか。間抜けに近寄ってこようものなら串刺しにしてやるつもりでおったのに」
つまらないといった様子で肩を竦めるナターシャ。彼女を今すぐ殺してやりたい気持ちは山々だったが、ナトラに加え、スイランも操られたとなっては状況は一変する。僕一人では流石にナターシャを加えたこの三人を相手取るのは自殺行為だ。
「――まあ、この状況ならばそう来るじゃろうな」
踵を返し地を蹴った直後、『颶風纏う麒麟』の状態を溜まった状態のナトラが逃亡しようとした僕の前に立ちはだかる。
「カナ……」
何かを言いかけたナトラよりも早く、彼女の腕が僕の首を獲らんと動く。
それをしゃがんで躱すと同時に放たれたナトラの蹴りで大きく吹き飛ばされ、体を起こす間もなく、今度はスイランが僕をクロスレンジに捉えていた。「――一つ」
ナトラと違いスイランは現在幻術を見せられている。なので、僕を誤認しているだけであり、スイランは自分の意志で刃を振るっている。それ故に、ナトラのように彼女自身の剣技が消えたわけではない。研ぎ澄まされた剣術はそのままだということだ。
右腕が吹き飛んだ。
スイランが次の返す刀で一刀する前に手加減抜きの『雷手(カンク―)』を放つ。
肘でガードしたスイランだったが、体が浮き、後方に飛ばされる。その間に再生を終え、魔晶石を砕こうとするが、そのころにはもうナトラが僕へと追いついている。
「ダメ、これじゃあ!」
「チッ!」
ナトラの攻撃を致命傷のみ避けながら舌打ちするが、ナトラが言った通りこれではジリ貧だ。しかも後ろからは再びスイランが迫り、空いた僕の背中を狙う。
「三つ」
「くそっ!」
ここにきて初めて致命傷を負わされた。胴体を真っ二つにしかねないスイランの一撃をまともに喰らい、僕は久しぶりに“ストック”を一つ削られた。懐かしい激痛と即座に走り始める赤い稲妻。だが、そんなことよりも僕は二人の猛攻に対し、行動に支障が出る頭や手足を守るので精一杯だった。
「――シャロン」
「ほう」
遠くでナターシャが感嘆の吐息を漏らした。
耐えかねた僕は遂に切り札の一つを使わざるを得なくなる。皇国軍相手に実際見せるのはまだ当面先にしたかったがこれがないと確実に押しつぶされる。
擬人化したシャロンは手にした小太刀でスイランの前に立ちふさがる。それに対しスイランはほとんど動揺を見せず、たった一太刀で手にした武器ごと叩き斬る。元々スイランとシャロンとでは勝負にはならないことは知っていた。だがらそれも織り込み済みで、その僅かな時間でも一時的に突き放したい。
「『霧幻泡影』」
「うっ」
僕の分解魔法を見て、ナトラは回避行動を取る。さらにそれに併せて分解魔法を発動中の左腕を付け根から切断せんと剣を振るう。だが、先ほどまでの攻防で、ナトラを操るナターシャが事前に僕の戦闘スタイルを研究し、僕の行動に対しての対策について、既に見切りをつけていた。
「――ごめんね」
「え?」
僕の左腕を切断したナトラに僕は既に振りかぶっていた右腕を振るい、その拳を彼女の懐に殴りつけた。『破砕』。正真正銘僕の全力の一撃だ。
あらかじめ付与されていた障壁魔法を破壊し、触れたナトラの体内から異音が聞こえた。
「カハッ……!」
肺から強制的に空気を抜き出され、ナトラは吹き飛ぶ。
息つく暇なく後ろから刃を振るおうとしていたスイランに対し、そちらを見ずに体当たりを仕掛ける。背中を浅く斬られるが距離を潰されると、スイランは顔を顰め、すぐさま刀を僕のうなじに突き入れようとする。
ここだ。
「~~~~~~~~~ッッッ!?」
その前に僕の踵がスイランの頭を捉えていた。
蠍蹴り。両者が密着した状態のときに蹴り足を前ではなく後ろに大きく反らして放つという通常の蹴りとは真逆ともいえる特殊な蹴り技。空手の技である蹴りだが、その特殊な蹴り方から威力は決して高くない。しかし、それもこの蹴り足に魔法を付与すれば話は別。足に付与していた『魔力執刀』は、スイランの頭を切り裂き、頭部を激しく出血させる。スイランなら直撃だけは避けられるだろうと踏み、本気で放ったのが功を奏したのだろう。
すぐに蹴り飛ばされた僕だったが、スイランは忌々しそうに顔を歪め(幻覚の中で一体僕を誰だと誤認しているのだろう)、構えているものの追撃は仕掛けず、頭部に応急処置的な治療魔法を施す。そしてそれだけの時間があれば魔晶石を砕き、もう一つの切り札を切る時間も生まれる。
『黒淀点』。
「本当に化け物じゃな……!」
スイランとナトラへの追撃を阻止するため、ナターシャが次々と魔法を放つが、それは全て『沼影』に呑み込まれる。ここまでくれば逃走も可能だ。
だが、そう考えた直後、ナターシャは意を決したという表情を浮かべ、高らかと魔法名を口にした。
「『迷宮作成』!」
「そこまでしてでも、僕をここから逃がしたくないんですか……?」
包みこまれる周囲一帯。西洋の王城を模したような空間に投げ出された僕は、すぐさま『沼影』の範囲を広げ、周囲を警戒する。『世界創造』には劣るものの、『迷宮作成』も最上級魔法の中で上位に君臨する空間そのものを掌握する強力な魔法だ。だが、その分魔力消費も激しいはずで、僕がここに来るまでにも一度使っていたのでこれは二度目。静香と違い『賢者の石』を持っているわけでもないので、ナターシャの魔力も有限だ。彼女にとってここが正念場ということなのだろう。
「チッ、その得体のしれぬ魔法、よもや『迷宮作成』の干渉すらも呑み込むのか……? 先ほど出現させた人まがいの精霊装といい、貴様、そこのナトラ・レンベルよりもよっぽど怪物ではないか。『メル』の情報も案外信用ならぬものだな」
「ナトラ君は魔法師として僕の遥か上にいることは事実ですよ。それよりも良いんですか? この迷宮の中じゃあ母さんのサポートは貰えないうえに僕の周囲の空間は干渉できない。それにほら」
僕が指さしたのは憔悴した顔で剣を握るナトラ。しかし彼女の全身を包んでいた黄金の輝きは消え、目に見えて消耗しているのが分かる。
「『颶風まとう麒麟』は戦況をひっくり返すことのできる強力無比な魔法だが、その一方で魔法を常時発動していなければならないため魔力消費が激しい。あれだけ戦場を駆けまわったんだ。ナトラ君の残り魔力も相当少ないはずですよ」
以前ラムダスで『颶風纏う麒麟』について聞いていたことだ。もう彼女は少なくともこの戦いの間は『颶風纏う麒麟』を使えない。そして、まだ魔力は残っているものの手負いのスイランと合わせても、現状この二人に僕は負ける確率は低い。
「今痛み分けにするというなら、そこの二人にかけている魔法を解いて僕はシールに戻りますよ。それで手打ちとはいきませんか?」
「笑止。元々私に敗走は許されない。ここで絶対に成果を出さないと私は……!」
僕は溜息を吐いた。どうやら閻魔は自分だけでなく、部下に対しても厳格らしい。ここで助かったところで戻っても死ぬだけであるならばここでナターシャが引き下がることはあり得ないだろう。
だから僕は説得を諦め、代わりに笑顔でこう言ってやあげた。
「どうしました、ナターシャさん。いつもと一人称が変わってますよ。もしかしてあのおかしな喋り方も大物ぶるために作り込んで使ってました?」
「――――殺す」
ナターシャの体から魔力が膨れ上がった。
突き刺すような魔力の波動がチリチリと肌を刺し、僕を挟み込むような位置で立っていたナトラとスイランが同時に構えを低くした。
やれやれと思いながら、僕は武器形態の『シャロン』を顕現させた。特に心の中で会話をしなくても、シャロンは当たり前だというように僕の意志に沿って動いてくれる。『黒淀点』とシャロンの両方を使っての実戦は初めてだが、なんとか上手く扱えるはずだ。
「安心せい。貴様は殺さずに閻魔様に渡す予定じゃからな。死なぬ程度に殺してやる」
「ナトラ君にスイラン君、腕の一本や二本、もしかすると消し飛ばしちゃうからそのときはごめんね」
二日目一番の大勝負は、迷宮の中で誰に見られることもなく、静かに始まりを迎える。
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