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絶景と絶叫

Sideカナキ


 一日目で分かったことがある。それは、僕達という存在は思っていたよりも規格外であり、その規格外が一人でもいれば、普通ならば到底不可能なような数の不利でさえも帳消しにできるということだ。

 一日目の昼間に圧勝した僕達に対し、皇国は夜の帳が下りた頃に奇襲を仕掛けることを選択した。皇国が切った手札は属国の夜襲を得意とする者を集めた混合部隊と、皇国直属の暗殺部隊。だが、元々夜襲による暗殺が専門である僕にエト、それにいざとなれば最強の暗殺者たる聖天剋が控えているというのに、それはあまりにも下策だった。

 もしかすると内部構造を掴むために、一人でも生き残り情報を持ち帰らせようとしたのかもしれない。だが結果的にそれは叶わなかったし、逆にこちらが数名の生け捕りに成功し、情報を吐かせた後、しっかりと魔晶石の贄となってもらった。魔晶石の生成量からすると、確かに中々腕の立つ連中だったようだが相手が悪かった。恨むなら愚かな指令を出した指揮官様を恨んでほしいところである。

 そんな感じで一日目は拍子抜けするほどあっさりとしたものになった。暗殺者たちを石に変え終えた時には空も白み始めた頃で、僕は外の様子を見ようと外壁に開いた通路を通って街を出た。


「おぉ……」


 自然と声が漏れた。夜明けの太陽を見るのなどいつぶりだっただろうか。

 今日は快晴のようで空には雲一つなく、生命の輝きを彷彿とさせる赤光が地平線からまっすぐと伸び、夜の影を拭い去る。そして、その影から這い出て見えてくるのは僕達を囲む幾千幾万の皇国軍だ。シールはそれほど大きな都市とはいえないが、それでも街一つをすっぽりと包囲できる大軍というのは改めてこう見ると迫力がある。昨日の戦闘で出た死体処理もこちらで出来る限りはやっておいたためこの景観を損ねることもない。苦労して掃除をした甲斐があったってことだね。


「おや? 随分早い目覚めだな、カナキ」


 そのとき頭上から声がかかり顔を上げると、セシリアがコーヒーを飲みながら座っていた。外壁はドーム状に作られているので本来なら座れるような場所はないのだが、セシリアが一部外壁を加工したようで、そこだけ足場は平坦になり、椅子やテーブルのようなものまで岩で造り出されていた。


「セシリアさん……」

「ふっ、その顔だと目覚めたのではなくはずっと起きていたの間違いだったか。まったく、お前が私達の心臓部だぞ。寝不足で不覚をとった時には容赦せんぞ」

「そんなこと言いませんって。セシリアさんこそ、こんな朝から外で優雅にコーヒーなんて、いくらなんても油断しすぎじゃないですか?」

「まあ私を監視している目はあるが、攻撃の意思は今のところ感じないし問題なかろう。それに私とて何の備えもなくここにいるわけではない。それよりもカナキ、お前は本当に運がいいぞ」

「? どういうことです」

「わざとはぐらかしているのか? 目の前の光景のことだ。絶景このうえなかろう」


 そう言ったセシリアの目は、これまで見たことがないくらいキラキラと輝いていた。陽に照らされているのもあるが、その輝く瞳はまるで純真無垢な少女のようにさえ思えた。


「確かに、日の出を見るのは久しぶりですが、天気が良いのもあって絶景ですね」


 セシリアの言う通り、今日の日の出は“当たり”というやつだろう。僕達を屠らんとする大軍を前にしているにも関わらず、この光景には魅入ってしまう。


「そうだろうそうだろう。これはもう一生見られないだろう絶景だな……」

「一生に一度って……縁起でもないこと言わないでくださいよ。僕はともかく、セシリアさんがこんなところで死ぬわけないじゃないですか」

「ん? ……ああ、そういう意味か。勘違いしているぞカナキ。私は別に、ここで死ぬからもう一生この光景を見ることができないと自嘲して言っているわけではない。ただ純粋にこのような絶景を見ることはできないだろうと言っているんだ」

「いやいや。確かに綺麗ではありますけどただの日の出ですよ? 毎朝早く起きていれば人生でもう一度くらいこの光景は見られるでしょう」

「分かっていないなカナキ。この光景が絶景と言わしめているのはただの日の出だけではない。眼下で蠢く多数の人間がいるためだ。そら、見てみろ」


 セシリアが足で地上を指すと(師匠にしては珍しくはしたない所作だ。それほど興奮しているのかもしれない)、そこにはテントから這い出て、各々の速度で戦の準備を始める兵士達の姿があった。中には、無遠慮にこちらを見上げたり、睨んできたりする者もいる。


「あの一人一人が私達に対し殺意を抱いている。これだけ大勢の人間に殺意を向けられることなど滅多にない経験だ。美しい朝焼けとともにそんな人間達を見下ろすというのは間違いなく今後できることはないだろうな」

「殺意を向けられてるって……そんなことでなんで嬉しそうなんですか。僕なんて今でも生きた心地がしないですよ」

「ふっ、昨日あれだけ余裕そうにしておいて今更何を言っている……私とて、別に他者から殺意を向けられて嬉しいわけではない。だが、ここにいるとあの大勢の人間に不躾な視線を向けられるのでな。こんな未知の体験、探求心の強い私には興奮するなという方が難しいということだよ」

「興奮て……」

「お」


 セシリアが『魔力障壁』を発動した。

 そこにぶつかったのは精霊装『アグニ』による砲撃。間近で鳴った轟音に顔を顰めたが、セシリアはどこ吹く風といった様子で飛んできた方向を眺めた。


「ふむ、あの距離から当ててくるか。威力も中級魔法以上あったし、中々良い兵士だな。あの憎々しいといった表情も愛い」

「セシリアさん、なんかさっきから言うことが一々性的です」

「む、それはすまない。朝から四十がらみの女にそんな話をされたのではお前もたまったものではないだろう。良い景色も見られたことだし、そろそろ中に入るとするか……ああ、それとカナキ」

「はい?」

「ナトラ・レンベルの件はどうするつもりだ?」


 腰を上げたセシリアが何気ない調子でそんな質問をしてきた。今の状況の中で、僕が最も考えたくなかった問題。それを逃すことなくしっかりと問いただそうとするセシリアは本当に教師みたいだ。


「正直、まだ完全に決めたわけではありません。事態は常に変化しますし、今日一日で戦況がどう変わるかを見たいという気持ちが今は大きいです。ただ、僕はなるべくなら彼女を助けたいとは思っていますが、ナトラ君の命が、もし今このシールにいる人達と天秤にかけられるのだとしたら、そのときはナトラ君を助けるつもりはありません」

「その選択が迫られたとき、果たしてお前はそれを選ぶことができるかな?」

「今更何を言っているんですか。僕ですよ? 伊達に今日まで人を殺し続けてきていませんよ」

「……ふっ、確かに。それもそうだな」


 そう言って通路に下りたセシリアに、僕は少し驚いた。「あれ、もういいんですか?」


「ああ。お前の考えは分かったし、その様子なら心配する必要もなさそうだ。五年前の王国での事件でお前の行動を追った時、どこか煮え切らない人間味のようなものを感じたからな。今回もそうならないか少しだけ心配だったが杞憂だったな。もし余裕があれば今日は捕虜も幾人かとるといい。お前の”趣味”とやらを一度でいいから見学させてほしかったしな」

「絶対嫌ですよそんなの……」


 あの趣味の時間をセシリアに見られるとか気まずすぎる。お茶の間で急に流れるドラマのキスシーンみたいになりそうだ。もっとも、僕が嫌そうにしていてもセシリアは嬉々としてその僕の反応を見ていそうだが。


「カナキ」

「はい?」

「死ぬなよ」


 セシリアはそう言うと、僕が何かを言う前にシールの中へと戻っていった。唐突な発言に僕はセシリアの意図を推し量ることはできなかったが、どうやら彼女が僕を心配しているのだろうということは分かった。


――言われるまでもありませんよ。僕はゴキブリ並みのしぶとさを持っていますからね。


心中でそうセシリアに言い返し、僕もセシリアに続きシールへと戻った。






昨日の惨敗ぶりだとナターシャや静香は閻魔に殺されるのではないかと少し心配していたが、僕達が朝飯を済ませた後、ナターシャがシールの前にたった一人で姿を現した。その顔には相変わらず余裕の色が見えたのでほっとしたが、同時に目的はなんだろうと考えた。護衛も付けていないため、やろうと思えば彼女を拘束できそうな気もするが、とりあえず出方を見ようということでティリアからは静止の指示が下っていた。


「カナキ・タイガに話があって来た! 今すぐ姿を現せ!」


 ナターシャは皇族としての威厳を湛えながらきっぱりとそう宣言した。一応ティリアに確認を取り、了承されたので通路の一つを使って僕はナターシャの前に立った。


「やあ、一昨日ぶりだね。僕に何か用件があるみたいだけど」

「ふむ、昨日は随分派手にやってくれたのう。流石は世界最高峰の魔法師を束ねる猛者じゃ……という所だが、そろそろ返事は決まったかのう?」

「返事、というと」

「惚けるでない。開戦前のナトラ・レンベルの件じゃ。あの哀れな娘を助ける気になったか?」

「その話は前にお伝えしたとおりです。僕の中で優先順位が変わることはありません」

「そうか……なら、あの娘がどうなってもお主は良いということじゃな?」

「ええ。そう捉えていただいて構いません。それよりも……」


 僕の背後で複数の魔力が熾るのを感じ取る。ティリアの指示に従い、それぞれ皆がナターシャを捕らえる準備を整えたのだろう。


「ナターシャさん、どんな策があるかは知りませんが、このまま大人しく帰れると思ってるんですか? 折角だからお茶でもしていってくださいよ」

「ふん、まあそう来るじゃろうな。妾でもきっと同じことをするじゃろう。だが……折角の申し出だが、妾は断らせてもらう」

「そうですか。では――」

「代わりに、この者が相手をしよう」

「『傀儡(パペット)』」


 魔力が爆ぜた。

 暴風に体が宙に浮き、数メートル後方まで吹き飛ばされる。暴風に身を守りながら、僅かに開いた瞳に、その少女が映った。


「ナトラ、君……!」

「かの傀儡王、イェーマ・コンツェルンの固有魔法『傀儡(パペット)』。その神髄を今日、皆さまにお見せするとしましょう」

「いや、先生、逃げて……!」


 ナトラの両目から涙が零れた。自我がある。だが、その意志とは裏腹に、体は今上空に浮かぶ静香によって操作されていた。


「『颶風纏う麒麟(アル・シド)』」

「いやああああああああ!」


 ナトラの体を黄金の光が包み込む。()()に『レグルス』を握ったナトラは絶叫した直後、神速の光となり、僕達を襲った。


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