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切られる火蓋

開戦の一日目


「うわぁ……」


 シールを囲むようにできた皇国の巨群を前に僕は恐怖を超えた感嘆の声を上げた。

 昨日までは戦闘の意思は感じられず、相手もテントを張って野営するくらいだったが、やはりこうして目の前で本格的な戦闘の準備に入り、陣形を組んで今すぐにでも侵攻してくるのではないかという気配を漂わせていると、途方もない圧を感じる。これから僕達は世界と戦争をするんだという事実が改めて視覚情報からリアルとして自分へとのしかかってくる。


「戦闘態勢に入るとやはり壮観ですね」

「ああ。これを正面からではなく背中から見ていることができればどれだけ心強いだろうな」

「まあ負ける気なんてさらさら起きないでしょうね。これで母さんはともかくナターシャさんなら油断してくれればいいんですけど」

「まあ油断したところで対した隙にもならなさそうだがな」

「二人ともこんなところにいたんですか!」


 振り返るとシールと外をつなぐ通路からティリアが姿を現した。息を切らしているところを見るとどうやら僕達を捜していたらしい。


「もういつ皇国軍が進軍を開始するか分からないんですよ! 最終ミーティングをしますので早く戻ってきてください!」

「またミーティングかい? それならこれまでも散々したじゃないか」

「何度したって損はありませんし、いよいよこれから戦いが始まるんです! カナキさんが始めた戦いなんですから皆が決起するような挨拶くらいもらわないとこちらの指揮も上がりませんよ!」

「えー」

「ふふ、下準備はカナキも入念だったが、今は副官様の方がよっぽど念入りだな」

「セシリアさんも他人事じゃないですよ! 早く二人とも来てください!」


 ぷりぷり怒りながら一足早く踵を返したティリアを見て、僕とセシリアは顔を見合わせ肩を竦めた。

 そのまま広間まで戻ると、確かにシールに残った者達が全員集合しており、それに加えてここにはいないはずのネロの姿もあった。


「あれ、ネロ君。どうしてここに?」

「戦いが始まる前に最後の補給を。籠城戦になりますから、食糧などは多くて損はないだろうと思って」


 まるで先ほどのティリアの台詞みたいだな、と思いながら、僕は素直に「ありがとう」と礼の言葉を口にした。


「いえ、こちらこそご一緒できず申し訳ありません。先生に力を貸したいのは山々ですが、ラムダスやリンデパウルも今、少々不安定な情勢になっていまして。今は少しでも母の力になり、学校や街を守りたいと思うので……」

「うん、ネロ君の気持ちは分かるし、君はモルディさんの力になった方がいい。学校に残った皆のことも頼んだよ」

「はい、先生も御武運を」


 皇国の隙を見て、また補給品を持ってくるという台詞を残し、転移魔法でネロは去っていった。補給品を全て配り終え、最後に僕に挨拶をしたかったということだろう。あっさりとした去り際と次に会う約束が僕達が簡単に負けることはないという無言の信頼であるような気がして、少しだけ嬉しくなり、気が高揚した。


「それでは皆さん、最終ミーティングに入ります」


 皇国は戦闘態勢を整えているが、まだ動きはない。そのうちにティリアは要領よく、手短に作戦の概要を説明した。

 僕達の戦力は以下の通りだ。

 まず戦力として個の実力が高いのが聖天剋、僕、そしてエトの三名。僕達はそれぞれ閻魔に匹敵する実力を有しており、一対一の戦闘であればほぼ負けることはない。ただ、戦力の差の都合で、一対一の状況になる確率はほぼゼロに近いが。

 そしてこれに次いで強く、さらに多人数相手にも戦略兵器のような運用ができるのがスイラン、マサト、それにアリスだ。先の二人に比べ、アリス自身の実力はやや劣るが、しっかりと準備をし、さらに戦場というフィールドに最も相性が良いのが彼女だ。魔物の操作もアリスに任せる予定だし、僕達の戦線を維持するうえで絶対不可欠な存在になる。彼女には極力前に出ず、後方支援に専念してもらうことになる。そして白兵戦に長けたスイランは言わずもがな、マサトもマサトで直接僕は見ていないが、まだ秘めている力は大きいらしい。意外にも彼は前線に出たがっているし、状況次第で早めに投入する可能性もあり得るとのことだった。

 そしてこれら正面からの戦いの担当の他に、状況次第で様々な特殊な動きをするのがフェルトとセシリアだ。魔力をもたないステルス機能をもったフェルトと僕達の中で最も魔法の手数が多いセシリアは、実質的な総指揮官になるティリアによって様々な動きを見せることになる。

 そのほか、大型魔法を撃ちこめるテオに、全員が準二級魔法師以上で構成されたラムダスの生徒十八名。そして治療要員のアルティと指揮官となるティリア。それに加え、どこからかき集めたのか、アリスとフェルトが連れてきた手配書に載る腕利きの魔法師が昨日戻ると増えており、その数が二十名弱。

 以上四十七名が皇国軍四万と戦う戦力となる。


「――はっきり言って、奇跡が起こったとしても私達に勝利はありません」


 ティリアは最初にそう始めた。何を言い始めるのだと、生徒たちはすぐに動揺を見せる。


「ですが、これは最後の一人まで殺し合う戦争ではありません。カナキさんとイリヤウスのやりとりから私達は地獄道閻魔を倒せば、この戦争では勝者となります。まずは粘る。そして膠着状態を生み出すことが私達の勝利への最低条件です」


 僕は閻魔に勝利した後のことをティリアに教えていない。だが教えずともティリアには察しがついているはずだ。だがそのうえで、皆にはその結末をおくびにも出さず、僅かにだが届きそうな希望を提示し、彼らを奮起させた。なんだ、僕よりよっぽど演説が上手いじゃないか。


「勝ちましょう! 勝って私達の未来を掴み取る! 皇国に世界を支配されるかどうかは私達にかかっています!」

『おおおおおおおおおおっ!』


 拳を振り上げたティリアに続いて、生徒たちが歓声を上げた。

 それは壁の奥に控える巨群の前では羽虫のようなささやかとさえ思えるくらいだったが、それで不安を覚える者はそもそもここにいない。僕も自然と笑みを浮かべていると、はっとした様子でティリアが僕を見た。


『す、すみません! 本当は中佐に話していただくところに出過ぎた真似を……!』

『いや、むしろティリア君の演説の方が結果的に良かったみたいだ。ていうか、中佐呼びに戻ってるし』


 『思念』でそう伝えると安心させるように笑みを浮かべ、僕は全員に聞こえるように声を張り上げた。


「さあ、みんなでティリア・シューベルトを奇跡的な勝利を呼んだ歴史に名を残す名指揮官にしよう!」

『おおおおおおおおおおっ!』

「ちょっ……!」


 僕は大勢の人前に立つのはやはり柄ではない。(とはいえそこまで人はいないのだが)ティリアは容姿も良いうえに両目を戦争で失い、同情も集めやすい。これから援軍が現れるとは考えづらいが、僕達が中々負けなければ、世界も少しは僕達に注目するだろう。そのとき僕ではなくティリアが顔であれば、世界が味方に付くかどうかには雲泥の差があるだろう。

 そしてこの三十分後、皇国軍から花火が上がり、二つの世界を巻き込んだ僕とイリスの戦いが始まった。






Outside


「ナターシャ、本当に開幕の動きはそれでいいの?」


 皇国軍最奥部にある指揮官用の豪奢なテント。その中でナターシャは画面越しに映るもう一人の指揮官である静香に対して頷いた。


「良い。昨日あれだけ大見得を切ったのじゃ。徐々に首を絞めるかのようにじわじわ嬲ってやろうと考えていたが気が変わった。大方向こうはこちらが数の利を生かした突撃を敢行してくると考えているだろう。それを逆手に取り、最初から切り札を切り奴らを潰す。そのために最初はまずそなたに動いてもらうぞ、シズカ。とはいえ貴様は簒奪の異能でイェーマ・コンツェルンとメルクース・バオウ・キネストローレの魔法の一部を有している六道に匹敵する実力者、相手も警戒しているであろうから心してかかるのじゃぞ」

「普通、そんな危険な役を将の一人には務ませないと思うのだけれど……まあいいわ。合図は?」

「すぐにでも。貴様の心が決まった瞬間、蹂躙を開始する」

「そう、ならいつでもいいわ――」

「心得た」


 魔法により赤い煙が上がった。狼煙のようにゆるゆると昇るというよりは、花火に近い勢いのあるまっすぐな煙。


「よし、行け」

「……了解よ」


 したり顔のナターシャに溜息を吐いた静香は通信を切る。

 天幕から出た静香は、既に控えていた複数の大隊の長に連絡事項を伝えた。


「私が陽動を兼ねた大魔法を撃ちこみます。あなた方は私に何があろうと、そのまま属国の軍を突撃させなさい」


 返事を待たず、そのまま静香は『自由(フリーダム)』で大空へと飛び立つ。そして自陣を離れ、光速で飛翔する静香は改めて敵の要塞を上から観察する。


(最上級魔法により固めた外壁に、上部は亜種の『無限障壁(インフィニティウォール)』で視界も確保しつつ防御。当然他にも外に通じる出口はいくつもあるだろうし、まるで塹壕ね。どこから敵が出てくるか分からないうえ、その敵が一人で街一つなら容易に落とせるような怪物ばかり……外はまだ魔物しか出てきていないけれど、あまり不用意に近づくと私が返り討ちにされかねない、か……)


「死の感覚なんていつ以来になるかしら……!」


 さらに上空に上がり、太陽を背負うような形にして、静香は魔法の準備に入った。ねらいはまずは外を守る魔物。いくら手練れ揃いとはいえこれほどの物量差を前にすれば苦しいはずだ。魔物も目視できるだけですでに五百は下らないし、無視はできない。手早く掃討してしまい、出方を見よう。

 そのとき、銃声が一つ、戦場に轟いた。


「……あら」


 腹部に鈍痛を感じた静香が視線を下げると、僅かに服から赤い血が滲んでいる。撃たれた――その事実を知ると同時に、二発目の銃声が聞こえ、静香は防御魔法を展開した。


「なるほどね」


 日本では絶対にしなかったであろう油断。しかも戦場のど真ん中でそんなミスを犯した理由に気付き、静香は壁から僅かに身を乗り出してこちらに銃口を向ける少女に笑みを返した。やはり、魔力を一切感じない。こちらの世界で魔力に慣れてきたばかりに犯した油断。そうだ、たとえ魔法など無くても人を殺す武器などたくさんあるのだ。


「『地獄嵐(ヘル・テンペスト)』」」


 防御魔法を発動したまま、静香はイェーマから奪った魔法を発動した。広範囲に及ぶ攻撃魔法。しかしそれにもいち早く反応し、対策する者がいた。


「『時空の壁』」

「!」


 せめぎあうお互いの最上級魔法だったが、軍配が上がったのは防いだ者だった。


「ふむ、特級魔法ならばお手上げだったが、甘く見られたおかげで助かった」


 眼下に蠢く魔物たちの中に気付けば一人の女性が立っていた。セシリア・ストゥルス。魔力操作が得意な彼女は魔物たちの中に紛れ、来る魔物たちの掃討者に向け準備していたのだ。


「ティリア。役目は果たしたぞ。次は止められんのが来る。転移でそちらに戻る」

「了解です。それでは、スイランさん」

「ああ」


 ティリアの用意した通信機器で短いやりとりを取った刹那、次弾発動の準備が整った静香の前に、セシリアに替わってスイランが現れた。転移してくる前に既に準備を整えていたらしく、あちらも同様に凄まじい魔力を熾しているのを確認し、静香は乾いた笑いを見せた。


「こっちも次で終わらせたいっていうのに……」


 静香は治療魔法が使えない。いや、正確には使えはするのだが、これまで人を癒したことがないため、イェーマから奪った魔法の知識を有しているだけで試したことがないのだ。距離もあったからか、腹部の傷は致命傷にはならないものの、決して無視できる程度の傷でもない。早く戻って治療を受けたいところなのだが、未だ敵に傷一つ負わせられていない中の敗走は静香も避けたい。故に撤退前最後の大技を放つところなのだが、果たしてあの絶大な魔力を溜めている少女にどれだけの傷を終わらせるだろうか。『賢者の石』からもできるだけ魔力を吸収し、静香は魔法を発動させる。


「『絶対魔法・地獄嵐(アブソリュートマジック・ヘル・テンペスト)』……!」




「『覇剣』」




「――――え?」


 静香の視界が暗くなった。


読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 開幕に覇剣は熱すぎる! イリスさん、お母さんを踏み台にさせるために配置した説 必ずカナキを自分の元に辿り着くように采配してそう
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