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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
終わりが始まるまでの30日
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皇国の影

二十九日目


 生徒のほとんどが去り、魔物がひしめく魔境と化したシール。そして、それを取り囲むように陸の彼方から黒い影がゆっくりと近づいてくるのがやがて見えるようになった。それはまだ蜃気楼のようにぼんやりと、一見すれば見間違いにも思えるような曖昧なものだったが、やがて陽が傾き、日没が迫る頃には既に魔力で視力を強化せずともはっきりとわかるくらいに近づいていた。


「こちらの生み出した魔物の数もかなりの量だと思ったが、実際に敵を目の前にすると目を瞑りたくなる戦力差だな」


 今や二か所のみとなったシールの外と内をつなぐ二枚の外門の一つから外に出て、実際

に敵を眺めたセシリアが半ば笑みを浮かべながらつぶやいた。


「まあ最初から分かっていたことですけど、アレは失念していましたね……」


 僕が失念していたのは敵勢力の先頭を走る、明らかに異種混合編成された軍団だ。肌の色、顔の骨格だけに留まらず、亜人やエルフ、龍人種など、最早人間ですらない種族の生物達が統率などまるで取れていない様子でシールに進軍していた。


「クーチェルバッハ、そしてこの世界で統べた国々から徴収した戦士たちだろうな、あれは。見るからに統率は取れておらず、強さもてんでバラバラ……だが、個々の強さとあの物量は単純に脅威だな」

「こちらの魔物の数はおよそ八百ですけど、向こうは優に五千くらいはありますね」

「いや、先陣隊だけで二万はあるだろう、あれは。自分の目に映るものから逃げるのはよせ」


 ジト目で肩を叩かれる僕。だって、あれを見たらねえ?


「絶望的に劣勢なのは最初から承知の上だ。そのうえで私達も色々と作戦を練っているだろう。今更尻込みする男でもあるまい。お前に付いてきた者たちのためにも、お前は常に平静を保ち、余裕を保ったままでいろ。強く在れ」

「まあそれは分かっていますよ」


 踵を返し門へと向かう僕は、明日には街を取り囲む軍勢から目を切る。


「最初からそのつもりですよ。まあイリスが相手だと、その僕の心すら砕く悪魔のような策を持ち込んできそうですからね……」

「ふっ、それも織り込み済みだろう。どのみち情勢を百パーセントあらかじめ読み切れる人間など存在せん。そのイリスだとかいう鬼才をもってしてもな」


 門をくぐると、セシリアが指を鳴らす。すると、厚い門は静かに上から閉ざされる。その速度はそれほど速くもなかったが、完全に閉じるまで十秒とかからない。魔晶石に『念動』の魔法式を刻み、特定の人物の魔力を送れば自動で閉まるしくみになっていた。

 門にも防御魔法が施されていたが、目の前の軍勢を前には、限界があるだろう。いくら上級魔法以下の攻撃に耐えられる構造になっていようと、単純な物量の前では紙屑のように破壊される未来しか待っていない。


「約束の日まで残り二日ありますが、向こうはどう動いてくるでしょうね」


 僕がそうセシリアに問うと、彼女は「ふむ」と頷いてから、


「指揮官が誰であるかにもよるだろうが、お前から聞く聖イリヤウスの人物像から鑑みるに、指揮官には、約束の期日を厳守させるであろうな。だが、開戦するその前に一言、挨拶くらいには来そうなものだがな」


 確かにセシリアの言う通り、これはただの侵略戦争ではない。あくまでイリス個人が僕に執着するという理由が起源となり起こる戦いである。だとすれば、ただ効率的に僕達を殲滅するのではなく、色々な趣向を重ねた方法で来ると考えて良いだろう。僕は前の世界でイリスから受けた様々なことを思い出し、セシリアに同意の頷きを返した。


「というか、そもそもあの軍勢だ。先陣を切る属国の兵士だけで三万弱、さらに皇国軍の兵士が少なく見積もっても一万、そこにはもちろん六道までとはいかないものの、こちらの世界でも『メル』に名を連ねそうな猛者とて少なくなかろう。対してこちらは魔物は千にも届かん数、人間に関しては三十にも満たん。皇国から見ればどれだけ無能な指揮官だろうと負ける道理のない戦だと思うがな」

「単純な人数差ならそう思うでしょうが、イリスも僕達一人一人の戦力がどれくらいかを理解しています。たとえイリスが直接指揮を下さないにしても、彼女の信頼に足る人物が今回の戦の指揮官を務めると考えていいでしょう」

「ふっ、つくづく隙が無いな。とにかく、今見た情報をティリアに共有してくる。そのうえでこちらの部隊再編、というほど人数もいないが、とにかくこちらの布陣も固めたうえで、最終的な判断はお前に任せるぞ」

「僕は何度も言う通り一介の教師であり、それ以上でもそれ以下でもないので、こんな大戦の指揮を任せられても上手く立ち回れるとは到底思えないんですけどね」


 僕は何度目か分からないそんな愚痴を零すと、セシリアも流石に辟易した表情を浮かべた。


「そんなもの、我々の中で専門でやっていた者などいない。強いて言えば、お前は前にいた世界で特別戦術指揮官なる役職に就いていたそうではないか。全体の場で確認し、既に決定した内容だ。いちいち戦況報告の度にお前がそんな愚痴を零すとすると、流石に私も疲れてくる。頼むから師匠をあまり困らせないでくれよ、カナキ」

「う……善処します」


 怒られるわけでもなく、ただ困ったようにそう言われれば、僕も大人しく引き下がるしかない。セシリアに頭を下げ、彼女の背中を見送ると、僕はいつからか背後に立っていた紅蓮の髪の王女の方を向いた。


「それで? あなたは一体何の用ですか」

「あの軍勢を前にして一体あなた達がどれだけ狼狽えているか見に来たのだけれど、呆れたわ。まさか、あの軍勢を前にまだやる気でいるの?」


 カレンの侮蔑を含んだ冷たい視線に肩を竦めると、彼女は目を細め、氷の声音で忠告した。


「言っておくけど、あの軍勢、かなり手練れが潜んでいるのよ? 流石に魔王、いや……この前の修羅道だかと言った彼女ほどではないけど、あと半年もすれば『メル』の上位に名を連ねそうな連中がほとんど。連携が取れるかまでは分からないけど、あの人数に物量で押し切られたら、あなた達は虫のように潰されてあっさり命を散らすだけよ」

「……よくわからないなあ」


 しばらくの沈黙の後、僕は心に浮かんだ言葉を正直にそのままカレンに告げた。

 カレンは嘲るように笑うと、


「現実逃避したいのかもしれないけど、集団の頭がそんな様子では論外ね」


 と言った。


「いや、分からないのは戦況じゃない。君だよ、カレン君。まさか君がそんな当たり前のことを確認するために、わざわざ丁寧に僕の前に来たというのかい?」


 案外お人好しなんだね。


 そう続けようとしたその時、カレンの指先がこちらに向けられ、躊躇うことなく『魔弾』が放たれた。

 ある程度予想はしていたにも関わらず、あまりの速さに反応できず、右肩を射抜かれる。灼けるような痛みが右肩に走った。


「勘違いして図に乗っているようだから改めて言っておくけれど、私は心の底からあなたを憎いと思っているし、この大戦で可能であれば皇国なんかではなく、私自らの手であなたに引導を渡したいと思っているわ。それとも、敵の大群がすぐ目の前まで来ているけれど、今ここであなた相手に本気でぶつかっても良いのかしら?」


「分かった、分かったから。僕が悪かった」


 再生を終え、ホールドアップした僕に、カレンは表情を消し、こちらに向けていた指先を下げた。


「カレン君の狙いは分かったよ。僕としても皇国に簡単につぶされるつもりはないわけだし、引き続き利害は一致しているね。あともう少しだけ停戦協定を続けてくれよ」

「……ええ。こちらもそれで問題ないわ。風前の灯のような時間しか残されていないかもしれないけれど」


 そう言ってカレンは煙のようにその場から消え去った。『急速転移(クイック・リープ)』だろうが、メルクースに遜色ないほどの早さ……これは、窮地の時に会えば、本当に瞬殺されかねない。そうなると、何らかの手を打ったというセシリアの策に頼るしか本格的になくなってくるな……。

 そうしてその日を終えた翌日、カレンに次いで新たな来客が要塞と化したシールに訪れた。

 そう、それはセシリアの予想通り、敵の指揮官になったという閻魔。そして僕の実の母親である金木静香その人だった。


読んで頂きありがとうございます。

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