共闘
短めです。すみません。
リリス中央病院は、この街で最も大きい建物の一つだ。
ベッドが三つは並べられそうな幅のある廊下を、マティアスは音も無く歩いていた。
夜とはいえ、いつもなら多少なりとも聞こえてきそうな生活音も、今日に備えて患者が全て地下の病室に移動した今日に限っては全く聞こえてこない。
仕事で暗殺をこなすマティアスとて、無関係の人間を巻き込むことは本意ではない。これで、何の憂いもなく仕事に集中できるというものだ。
王女の眠る病室は、次の角を曲がって突き当たりだが、病院に侵入してから、ここまで誰とも遭遇していない。いくらマティアスが完全に気配を殺しているとはいえ、ここまで見張りの一つもいないということは、おそらく本丸の前に戦力を集中しているということだろう。下手に戦力を分散させるよりは、相手が確実に狙ってくる本丸だけに戦力を集め、余計な負傷者を出さないという目的だろうが、同時にそれは、マティアス以外の襲撃者の対策を一時的に放棄するということだ。
――ということは、狩人は打倒されたか、何らかの対処を取られたということか。
そして、マティアスが角を曲がると、廊下の奥には、月明りを背中に一人の青年が立っていた。
予測していた奇襲はない。マティアス相手には無用だと察したのか。青年はマティアスが姿を見せても動じることなく、マティアスですら見たことのない魔道具をただこちらに向けるだけだ。
それだけで、マティアスは目の前の青年が先ほどのシヴァより格上だと確信する。
マティアスが膝にためを作り、やや前傾姿勢になる。例えどんな体勢からでも攻撃に転じることが出来るマティアスだが、勿論本来の構えというのは存在する。今日ここで初めて、マティアスは目の前の男を“殺す”のではなく、“戦う”ことになると感じたのだ。
反対にレインも、いつもなら最終通告として相手に投降を呼びかけているが、今回ばかりはそれすらもしなかった。今は、言葉を掛けて少しでも集中力を割くのは命取りだ。全神経を目の前の男に集中しなければ、次の瞬間には自分は確実に殺される。レインは目の前の男が、完全に自分より格上だと直感していた。
前口上も何もない。無音の静寂の中、二人は同時に動く。
先に攻撃を仕掛けたのはレインだ。マティアスが床を蹴ると同時に、『透化』で迷彩した魔弾を続けざまに放つ。
だが、マティアスはそれらが見えているかのようにことごとくを掻い潜る。実際に魔弾がマティアスに見えているわけではないが、レインの放つ僅かな殺気と銃口の位置と角度が、不可視の魔弾の着弾先をマティアスに知らせていた。
「くっ!」
「!」
彼我の距離があっという間に詰まり、魔法の間合いから拳の間合い、つまりマティアスの間合いへ。しかし拳を放つ直前で、マティアスの足元に魔法陣が展開。次の瞬間、魔法陣から大量の氷礫が放たれるが、既にそこにマティアスの姿はない。
「ハァッ!」
「!?」
だがそこまでは、レイン“達”にも織り込み済み。
仕掛けていた罠をマティアスが回避したのと同時に、左の病室の扉が勢いよく蹴破られ、風のような速度でシャロンが飛び出す。
セルベス学園第六十一期卒業生、シャロン・ローズ。現在駐屯兵団に所属している彼女だが、学生の頃はカグヤの隊長も務めており、その華々しい戦果は、後のカグヤの間でも一種の伝説として語り継がれていた。
曰く、魔法を使わずに学生騎士大会の予選を勝ち抜き、本選で活躍した。
曰く、当時レートS-の手配者を、たった一人で倒した。
曰く、彼女は歴代カグヤの隊長の中で、在任中、唯一五級魔法師だった――。
「――クロスレンジがお得意のようですが、ご生憎様。そこは私の距離ですっ!」
「ッ!?」
顎を狙ったシャロンの膝蹴りをマティアスが両手で防御。しかしそこでマティアスは自分が読み違えたことを悟った。
――違う。これは二段蹴り……。
「シィッ!」
次の瞬間、ノーガードだったマティアスの側頭部に、魔術で強化された回し蹴りが直撃し、マティアスの身体を大きく吹き飛ばした。
一応説明すると、シャロンさんは病室でカグヤと駐屯兵団の連絡係を行っていた人ですね。
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