提案
Side カナキ
「久しぶりだね、ミッシェル君」
マティアス邸の中庭で僕がそう言葉を掛けると、ミッシェルは口元に淡い笑みを浮かべた。相変わらず彼は何をしても絵になる。
「その様子だと俺がここに来ることも分かっていたってことかな?」
「まあある筋からの情報でね。それで、聞きたいことは山ほどあるけど、今日は僕に何の用かな、ミッシェル君……いや、今は人間道の悠絶か?」
「ふっ、あまり肩書きは気にしていない。君の好きな方で呼ぶといいよ」
ミッシェルは前髪を一度かきあげてから両手を開いて僕に向けた。
「もう分かっていると思うけど、俺は“今”カナキと戦うつもりはない。俺の目的はただ一つ、聖イリヤウス様の御指示通り、君をある場所へと連れていきたいんだ」
気になる点は色々あったが、それらを呑みこんだ代わりに「ある場所?」と問いを発した。
「ああ。オルテシア王国王都エルヴィン。そこの王城にそこに君を連れていきたい」
「……イリスなら僕とカレン君の確執は知っているはずだ。よもや共倒れさせたいなんて安易な考えじゃないよね?」
「もちろん。今王都にはカレン・オルテシア、エリアス・リ・モンドールがいるが、そこに『魔王』メルクースとうちからも一人六道が向かっている。そんな混沌とした空間に君という更なる異分子を入れたらどうなるかについて、聖イリヤウス様は大変興味をもっていらっしゃる。あの御方の頭の中では超人たちを前に君がどう困難を乗り越えるのかというサクセスストーリーしかないに違いない」
「……本当に彼女は僕を買いかぶりすぎている。今の僕にそんな人達の中で生き残るのは至難の業だよ」
「……その割には、既に行く気満々じゃないか」
少し驚いて僕はミッシェルを見た。彼とは浅くない親交があったとはいえ、まさか僕の考えを読み取るほどまでとは思わなかったからだ。なんだか最近は人に思考を読まれることが多くなっている気がする。別に気が抜けているというわけでもないと思うのだが……。
「……まあね。確かに本音を言えば僕は君たちの提案に少なからず興味はある。いくら王国が優秀な魔法師が多いとはいえ、王都に六道と魔王が現れるとなれば王国側に勝ち目はほとんどないからね。カレン君やエリアスに会うにはこれが最後の機会になるだろうし……ただしその前に僕から君に聞きたいことがあるな」
「……ああ、俺が答えられることなら答えるよ」
少しだけ表情を緩め、仕方がないといった様子で言うミッシェル。それに「ありがとう」と短く礼を言って、僕はこちらの世界でも長らく気になっていたことを直接ぶつけてみた。
「クーチェルバッハでの最後、ティリア君が聖さんに捕らえられていた時、どうして君は命がけで僕を助けてくれたんだい? イリスに逆らうということは皇国に逆らうのも同義だ。正直、僕と君は友人ではあったけど、命をかけてまで助けてくれるほどの仲ではなかったと思うんだ」
「ふっ、普段は心にもないことばかり言っているのに、たまに君は驚くくらいまっすぐな言葉を投げてくるね」
クールな笑みを浮かべたミッシェルが僕から視線を外した。空を見上げ、眩しそうに少し目を細めたミッシェルは、何かを思い出すかのように「あのとき……」と呟いた。
「シスキマのあの地で俺は君に命を救われた。少なくとも俺はそう思っているし、部隊の仲間を危険に晒すことはできないが俺一人の命ならカナキという友の為に使うことも厭わない気持ちでいた。だから俺があの時君を助けた理由はそれだ。俺はただお前に助けた命をあの時返したに過ぎない」
「……本当に君は爽やかな見た目に反して熱い男だね」
酒場でミッシェルと別れを告げたときのあの心の震えのような感動が再び僕の胸に去来した。まったく、こんな状況じゃなければ純粋に僕は彼との再会を喜び、共に酒でも酌み交わすことができただろう。だが今となっては僕とミッシェルとの立場的な関係は敵同士。そしてもう一つだけ僕には知っておきたい彼についての事柄があった。
「もう一つだけ質問させてくれ。そんな君は一体どういう経緯であれから命をつなぎとめ、あまつさえ人間道なんていう六道上位に名を連ねているのかな。あの状況からして、イリスを妨害した君を、あの場にいた二人が許すとは思えないのだけれど」
「ああ。俺もあの時自分が生き残るとは夢にも思わなかった。だが、連合軍に入って皇国に反旗を翻すのではなく、ただカナキを助けようとして自分達の前に立った俺という存在を聖イリヤウス様は『おもしろい』と仰った。そして、ある条件を呑む代わりに俺と俺の指定する全ての人間を皇国の名のもとに守護すると誓っていただいた」
「条件?」
僕が問い返すとミッシェルは頷いた。
「ああ、その条件は人間道の役割と同じ『審判』の任を務めてほしいということだ。俺が他の六道と決定的に違うのはそれほどエーテル教や聖イリヤウス様に対して信仰心といったものを持ち合わせていないことだ。逆に言えば、これまでの六道には俺のような思想の持ち主はおらず、ある意味で偏った意見を持つ人間で固まっていたということだ。聖イリヤウス様自身も人間離れした知能をもつ御方だが、個という人間である以上全人類の考えを理解するのは無理だし、そうすると傍にいる人間に考えを聞いたりする必要が出てくる。そして聖イリヤウス様にとって皇国の軍人でありながらもエーテル教をそれほど信仰せず、さらに土壇場の場面で自らの命を投げ打って大罪人であるカナキを助けようとした俺の存在はまさにおもしろい、興味の対象になったこともあるだろうな」
「まあ彼女ならそう考えるかもしれないね」
イリスは高い知能をもつがゆえに未知を好む。だから常人の思考とかけ離れた僕のことも気に入っていたし、あの皇国で友情のために国に逆らったミッシェルを奇異に感じてもおかしくない。だがそれだけの理由で最側近になる六道に簡単に招き入れるとは思えないのだが……。
「さあ、俺が答えられることには答えた。次は君の返答を聞こうか、カナキ。俺に付いて王都に行ってくれるかな?」
ミッシェルに問われ、少しだけ沈黙した。普通に考えれば行くべきではない。仮にここで断ってミッシェルと戦闘になってもエトを呼んで二人がかりで戦えばまず負けることはないだろうし(悠絶は現在メルで十八位。僕とエトは共に一桁順位だ)、王国と戦闘中な以上、他の六道がそう易々と援軍として来られるとは思えない。しかし、先ほどミッシェルに言われた通り、僕は結構彼の提案に乗り気であった。カレンやエリアスに会いたい。会ったところで今の僕に何の益もないし、それどころか向こうは全力で僕を殺しにくるはずだが、あの頃、人を壊したいという抗えない欲望に囚われていた時と同じように、今もどうしようもない欲求が僕を突き動かそうとしていた。
「……答える前に一つだけ、今度は僕の提案を聞いてくれないか?」
「提案?」
だが、僕は最終的な答えを出す前に一つだけ、彼に提案することがあった。そして、その答えの如何によって、僕と彼との関係は決定的なものになる。
「六道を離れて僕達と一緒に来ないか? 君はティリア君の命の恩人だし、僕も君のことは数少ない友だと思っている。イリスの下を離れ、僕達と一緒になれば、また僕達は――」
「残念だがそれは無理だよ、カナキ」
最後まで言い終わる前にミッシェルは片手を上げて制止した。そして、彼の首元には先ほどまではいなかった人影が小刀を突き付けていた。
その見知った人影を見て、僕はまた懐かしい気持ちになる。「やはり君もいるよね、シャロン」
「お久しぶりです、マスター。いや、今は元、ですか。壮健なようで何よりです」
人の形になった『シャロン』が表情を変えずにそう言った。ただし、相変わらずミッシェルの首元に刃を添えたままだが。その光景を見れば僕も大体の合点がいく。
「それがイリスの指示ってことか」
「はい。現マスターの造反行為をした場合は抹殺を命令されています。同時に六道の庇護下にあるマスターの部下や家族も抹殺対象となります」
「つまりは人質ってことね」
「元々は六道に消される命だったんだ。これくらいは俺としても当然のことだと思う。シャロン、大丈夫。俺はカナキに付く気はないから」
「そうしていただけると私も安心です」
そっと首元の刃を収めたシャロンが再びミッシェルの影の中へと戻る。それから僕に向かって困ったような笑みを浮かべた。
「そういうわけでカナキ、すまないね。俺は君の助けになることはできない」
「いや、そういう事情なら仕方ないね。あまり気が進まないけど、ミッシェル君とはここでお別れだ」
「え?」
僕はゆっくりと魔力を熾し始める。彼我の距離ならば不意をついて先手を取ることも可能だったが、あえてそれはしなかった。正々堂々に、というわけではないが、これまで僕を助けてくれた彼とはきちんとした“お別れ”をしたいと思った。
「ミッシェル君、僕は王都に行くことにするよ。けど、僕の今の状態で王都に行けば、ほぼ間違いなく死ぬ。メルクースの強さは実際に体験したし、翠連さんにもこれまで何度となく苦渋を舐めさせられたからね。けど、君のおかげで僕は彼らと戦ってなんとか勝機が生まれる最後の一ピースが埋まりそうだ」
「……なるほど、それがこれか」
合点がいったとばかりに頷いたミッシェルが影から精霊装を取り出した。長身のミッシェルの背丈に届きそうな大鎌に透明化された鎖がジャラジャラと金属のこすれ合う音が聞こえる。
S級精霊装『シャロン』。かつて僕がモネから奪い、クーチェルバッハで幾度となく使用した僕史上最強の得物。その力があれば、死地となる王都も生き残れる可能性が生まれるだろう。
「大人しく渡してくれるなら穏便に済むんだけど?」
「……すまないが、あらかじめ聖イリヤウス様からこういう状況になった際には大人しく渡すことは許さないと言われている。おそらく、君が俺を殺せるのか、そして殺すならばどう殺すのか、それをどこかから鑑賞するためだろう」
なるほど、さっきミッシェルを六道にした理由にひっかかりを覚えたが、今の説明で全て納得した。イリスはこれまでも僕に様々なシチュエーションを用意し、そのたびに僕がどう行動するのかに強い関心をもっていた。今度は友人と戦わなければいけないときにどうするのかを見たいのだろう。まったく、本当にいい性格をしているよ、彼女は。
「それじゃあ仕方ないね。さよならだ、ミッシェル君」
「ふ、大丈夫だ。俺が勝てば君も俺も生き残り別れずにすむ。生け捕りにした君を聖イリヤウス様に引き渡すさ」
ここにきてまだ僕を殺す気がないミッシェルに僕は驚きを覚えるが、考えれば彼は熱い男であるほかに、とても優しい男だったことを思い出した。本当に、そんな人間を今から殺そうとしているなんて僕は本当にどうしようもないね。
「それじゃ、始めようか――」
短く切り出したミッシェルが『シャロン』を振り上げたのを合図に、セルべスを激震させる僕らの戦いが始まった。
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