駐屯兵団vs鬼人
そうだ。カナキの事を考えていてすっかり忘れていた。そろそろマティアスが作戦の最終段階に移行する頃合いだ。
事前に立てた作戦では、マティアスが負傷者に偽装し、セニアが操っていたロイド・アマルフィ(郊外の地区を先輩隊員と二人で巡回していた駐屯兵団の青年だ)が負傷者を搬入するという名目で、病院内に入るという予定だったのだが……。
まあ、余裕ですぐばれるでしょうね。
自分たちで立てておいた作戦だが、流石にそれで王女殿下の部屋まで無事に辿りつけるとは思っていない。おそらく、今頃病院の門をくぐったかどうかという辺りで戦闘になっているだろうが、果たしてあのマティアスとはいえ、あれだけ多勢の魔法師に囲まれて勝機はあるのだろうか。
「――うぁ」
思わず変な声が出た。
セニアの卓越した魔法は、ロイドが感じる五感全てを、まるで自分が味わっているかのように正確に伝えてくる。赤や白にチカチカ変わる視界。鼻に感じる焼けた空気。ひっきりなしに聞こえてくる怒号や悲鳴。
リリス中央病院の正門は、正に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「くっ!」
地獄の中で、集団の中の魔法師の一人が杖を構えた。『焔刃』でも放とうとしたのだろうか。杖の先端が目を引くような鮮烈な赤へと変わったとき、突然その魔法師の頭が弾けた。
「ひ、ぃあああああ!」
その隣にいた女の魔法師が、悲鳴を上げながらロクに狙いもつけず魔弾を放つが、既にそこにマティアスの姿はない。
女の魔法師がそれに気づいた時には、既にマティアスは反対側にいた魔法師二人を殴殺しているところだった。
いや、殴殺というのは正しくないかもしれない。打ち込まれた拳は、軽々と対象の身体の中へと沈み、正確に二人の心臓を破壊している。それはまるで、殴るのではなく貫くという表現が近い――。
「そこまでだキジィンン!!」
「お」
マティアスのいた場所に巨大なパルチザンが突き刺さり、地面に大きな亀裂を走らせる。
後退したマティアスが視線を向けた先には、蒼白い光の奔流。
パルチザンを持っていたのは、禿頭の大柄な男だ。
「貴様、手配書にあった『無音の鬼人』だな!? 私の部下を何人も殺しおって!」
男がそう言うと、呼応するようにパルチザンから幾筋もの蒼白い電流が迸る。
電流は、パルチザンだけでなく、地面や男の身体すらも這いまわるが、男は気にした素振りすらなく、マティアスの顔を鬼の形相で睨め付けている。
間違いない。あれほどの雷を操る槍使いといえば、この街には一人しかいない。
この街の駐屯兵団団長、シヴァ・ラーメリック二級魔法師だ。
「貴様の狙いはオルテシア王女殿下だろうが、駐屯兵団の誇りにかけて、ここは通さん!」
シヴァがパルチザンを上段に掲げると、電流は更に量を増し、唸りを上げる。
あの雷を生み出すパルチザンは雷轟槍と呼ばれる魔槍で、あれで過去にレートS-の手配者をも屠ったことがあるらしい。
この街ではレインに次いで厄介な相手であり、セニアでもあまり関わりたくない相手だが……。
「ぬぅうううん!!」
シヴァが上段に構えたパルチザンを勢いよく振り下ろすと、それに纏っていた雷が鳥の形を模して、まさしく鳥のような速度でマティアスへと襲い掛かる。上級魔法『雷雷鳥』だが、魔法の発動が早すぎる。おそらく、雷轟槍に纏っていた電を使うことで、一から雷を作り出す時間を省略したのだろうが、魔術で自己強化も出来ないマティアスに、この攻撃を防ぐ手段は
シヴァの首が三回転くらいした。
「…………え?」
呆けた声を上げると同時に、シヴァの放った『雷雷鳥』が地面に炸裂。落雷に似た轟音を轟かせ、落ちた地点を黒焦げにした。
だが、それだけだ。的であった筈のマティアスはそこにはなく、既に術者の首を一撃で獲っている。動体視力はロイドの身体を使っているため、いつもより劣るが、それでもマティアスの影すら捉えることが出来なかった。
シヴァの頭が二回転半くらい回って、元の位置まで戻る。だが、勿論シヴァ自身の命は潰えており、そのままどてっと地面に倒れた。先ほどまでの喧騒が嘘のような静けさ。
そして、またマティアスの姿が掻き消える。
その瞬間、一気に恐慌状態に陥る駐屯兵団の中で、今度は視えた。マティアスは一気に上へ飛んで、カレンのいる階までショートカットしたのだ。
一瞬で四階――カレンがいる病室とされる階まで飛んだマティアスは、窓ガラスを蹴破り、建物の中へと消える。しばらくしてから、上を見た兵士の一人が、慌てたような声を上げた。
「はぁ、このアングルじゃもう分からないわね」
セニアは、ロイドの五感の情報をシャットアウトし、ロイドを本来の姿――ただの屍へと戻す。
セニアの視界に戻り、教会の方を確認すると、ちょうどフィーナが吹き飛ばされるのが見えた。フィーナは結構な重傷を負っているというのに、カナキも案外容赦ない。やはり彼もサディストなのだろうか。
「――ま、そんなことはどうでもいっか」
セニアは呟くと、屋根の上から飛び降りた。
おそらく、もうしばらくすれば、マティアスは最大の障害、レイン・アルダールとの戦闘を始めるだろう。向こうは待ち構えることが出来る分、マティアスは少し不利になるだろうが、流石にそれで彼が学生に敗けることはないだろう。なんていったって、先ほどもあのシヴァを一瞬で殺したのだ。シヴァと同じ二級魔法師のレインでは実力差は歴然だろう。そして、マティアスがカレンを殺した時こそ、“私”の本当の出番だ。
セニアはスキップしそうな上機嫌のまま、病院に向かって歩き出した。
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