消し屋
「アルダール先輩ですか? たったいま狩人を撃破しました。そちらの状況はどうなっていますか?」
しかし、フィーナが連絡を送るも、レインからの返答は返ってこない。思念の回線を常に開いておけと言ったのは彼自身だ。まさかレインに至ってそれを忘れたわけではあるまい。何か、レインが連絡を取る暇もない状況にでも陥らない限りこんなことは……。
「――まさか!」
そこまで考えて、フィーナは弾かれたように顔を上げ、病院の方に顔を向ける。
確かに昨日の襲撃者である狩人は倒した。だが、カレンを狙う輩が一人だけとは限らない。もしも、これまで暗殺の機会を窺っていた連中が、狩人を餌にして動きだしているとしたら――
「ッ!」
痛む傷もそのままに、フィーナが今来た道を引き返そうとしたときだった。
パァン。
決して小さくない破裂音と共に、足元のレンガが砕けた。
「なっ」
――まさか、狩人の仕掛けた罠がまだ生きていたのか?
慌てて後退したフィーナの脳裏に、その可能性が浮かんだが、次の瞬間には霧散する。
「良い反応です」
「ッ!」
不自然にしわがれた声が聞こえ、周りにあった家屋の一角から、一人の人物が教会の屋根に飛び乗った。
すぐさま剣を構えたフィーナは、突然現れた新手の姿に目を見開く。
霧だ。霧が人を形作っている――。
輪郭すら朧で、大体の身長以外は性別すらも分からない。上級魔法の図鑑で目にしたことがある。隠蔽魔法の基礎である『顔隠し』の上位互換となる魔法、『天衣霧縫』だ。
一度発動すれば、並大抵の看破では正体を暴けないほどレベルの高い魔法だが、それゆえに習得難易度も上級魔法の中でもトップクラスだ。これほどの魔法を使える魔法師など限られているし、このタイミングで現れる者などフィーナは一人しか知らない。
「『消し屋』……やはりあなたも一枚噛んでいたんですね」
何一つ情報がない正体不明の人物、だからこそ間違いようがない。
射抜くように睨むフィーナに、消し屋はどこか思いやりさえあるような口調で言った。
「悪いことは言わない。病院に行くのはやめたまえ」
その言葉に、フィーナの返答は一つ。
「――お断りです!」
言い切ったフィーナは、消し屋へと突進していく――。
その光景を、セニア・マリュースは遠くの民家の上から眺めていた。
「なるほどね……カナキ君はそれが目的だったのね」
セニアは、最近の大人しすぎるカナキにずっと疑問を感じていた。
いつも自分の事を小物と口にする彼だが、実際のところそう思っているのは彼自身だけだ。それに、こういうビックイベントがあるときには、口では消極的な事を言いつつも、その裏ではちゃっかり美味しい汁を啜るのがあの男だ。まだ出会って一年ちょっとのカナキだが、それでも彼の本質の一部というものを、セニアは十分に理解していた。
そして、今回も先ほどの例に漏れず、カナキは裏でコソコソやっていたらしい。その目当てはおそらく、今現在彼が戦っている少女、フィーナ・トリニティだろう。大方、セニアとマティアスが暗殺を目論んでいる王女殿下が助からないと見切りをつけ、彼女を護ろうと動くだろうフィーナを、王女から遠ざけようとしたのだ。
確かに、それならばセニア達が彼女をわざわざ殺すことはないだろうし、ついでに狩人必勝法を彼が伝授して、それでフィーナが戦果を挙げれば株も上がろうものだろうが……。
「なんか、ほんとカナキ君ってみみっちいわよね」
計算高い、と言えば聞こえが良いが、セニアからすると、カナキはあまりにも理論的すぎるのだ。まるで、数式を計算するかのように。
セニアとて自分が生き残るために策を弄することがあるが、カナキに至っては、普段の生活などにおいても、常に物事を理論的に考えて生活している気がする。
それは確かに結果を伴うだろうが、果たしてそれは愉しいのだろうか。やはり、たまに自分の予想外の出来事が起こるからこそ、人生は愉しいと思うのだが――。
「あ」
そこで、セニアの脳裏に、今とは別の風景が流れ込んできた。
読んでいただきありがとうございます。
明日にはまた更新できると思います




