箱庭への闖入者
Side カナキ
翌日からスイランが学校に来るようになった。
「あ……」
「……よお」
教室に入ってきたスイランを見て全員の時間が止まる。少し気まずそうに入り口に立つスイランが小さく挨拶すると、皆が弾けるような笑顔を見せた。
「おっはようスイランちゃん! 久しぶり!」
「もう、ようやく復活っすか。遅いっすよ!」
「ちょ、お前ら……!」
飼い主に飛びつく子犬のようにまずアルティとテオがスイランの胸に飛び込む。それを抱きとめたスイランが困惑していると、後ろからネロとナトラ、そしてエトが続く。
「おかえりなさいませ、スイランさん」
「や、スイラン。昨日はすごい戦いだったね」
「み、見ていたのか!」
「もちろん。あんな面白そうなこと見逃すわけないでしょ。エトと二人で見てたんだ」
「ご、ごめんね。覗き見するつもりはなかったんだけど」
なんだ。昨日の手合わせはナトラとエトも見ていたのか。
エトは特段問題ないが、ナトラに『黒淀点』を見られたのは少し誤算だな。そう思いながらナトラをちらりと見ると視線に気づいたナトラがぐっと親指を上げてサムズアップをしてきた。黙っておくということなのかナイスファイトだったということなのか分からないがここは前者であることを信じたい。
「それにしてもスイランはまた一段と腕を上げたね。剣の技術も流石だけど、魔力を操る力が前と段違いだよ。何か私達の使う魔力とは質からして違うっていうか……もしかして皇国と関連したりする?」
スイランにとって繊細な部分である皇国との関係をあっさり口にするナトラに全員が(アルティでさえも)驚愕するが、当のスイランはふっと微笑んだ。
「そう簡単に手の内を教えるわけねーだろ。ま、お前のあの固有魔法を私にも教えるってなら話は別だけどな」
「えー、『颶風纏う麒麟』を教えるの~。あれ、一応連邦の切り札みたいな魔法だし、そう易々と教えるわけにはいかないよ~」
「だろ。私のあの力も同じようなモンだよ。まあ、お前のあの魔法もあと数回みりゃ術式のカラクリも見えてくるだろ。勝手に盗ませてもらうぜ」
「あ、それならボクだって勝手に見て覚えるからいいもん。そうだ、これから早速二人で手合わせしても――」
「こらこら、これからホームルームだからそんなの許すわけないだろう。そろそろ席に戻りたまえ」
「ちっ」「けちー」
スイランとナトラの文句に和やかな笑い声が教室に響く。
それからスイランはいつも通りに学校に来るようになった。授業に集中して聞くこともなく、されども以前のように全く授業に出ないわけでもなく、ただ朝と帰りのホームルームには必ず出席するようになった。クラスメイトもそんな彼女の様子にほっとしているようで、今ではつっけんどんな態度ながらも、クラスメイトの会話の輪の中に入っていく様子も見られた。
全ての事が順調に進んでいく。混沌を極める世界情勢以外は。
「はい、できたよ」
「お、ありがとー」「ありがとうございます」
僕がコーヒーを渡すとアルティとエトは頬を綻ばせ礼を言った。僕は渡したコーヒーの他に残った一つを対面に座る女性に手渡す。
「師匠も。どうぞ」
「うむ」
満足げに頷いたセシリアが一口それを飲むと、満足そうに頷く。「やはりお前の淹れるコーヒーは美味い」
「だねぇー」
脱力してソファーにだらんと体を預けるアルティ。背もたれからはみでた顔が逆さになってこちらを覗いている。「はしたないよ、アルティちゃん」と窘めるエトの姿は姉そのものだ。
「ふむ。確かにここ最近学校周りは平和よな。カナキ、何か事件を起こせ」
「無茶言わないでくださいよ」
「平和な事は良いことだよぉー」
「……だけど」
和やかな雰囲気の中で一人、エトがぽつりとそれだけを呟いた。だけど。その言葉の続きは終ぞエトの口から出なかったが、口にしなくてもその場にいる誰もが何を言わんとしているか理解していた。
「本当に世界がどんどん書き換わっちゃうね……」
アルティの言う通り、皇国の勢いは止まることはなく、世界は次々と皇国に呑まれていった。数日前にはソフィーの祖国、聖アレクシス王国も侵攻の波に呑まれ、王女である彼女の命も危ぶまれたが、なんとかオルテシア王国に逃れることができたようで、その情報が入ってきた時はクラスメイト達からも安堵の息が漏れたものだ。
「ああ。今はまだ何も起きていないが、いつこの学校とて戦火に巻き込まれるかもわからん。修羅道、スイランの姉というあの女の戦いを間近で見たが、確かにあれを倒すには骨が折れる。ナトラやカレンと同じくあれは一人で国家規模の戦力を有す類だ。この学校とてかなり強力な面々が揃っているが、本気の皇国を前にすれば成す術はないだろうな」
「……そんなこと、させませんよ」
「ん?」
思わず口走ってしまった僕の言葉にセシリアの視線がこちらを向く。「意外な言葉が意外な人物から洩れたな」
「……確かに自分でも意外でした。ですが、これは紛れもなく僕の本心です。師匠がいる。アルティ君がいる、エト君がいる、みんながいる……僕はこの学校を護りたいです。平穏な日常こそ、僕が求めているものですから」
「ふむ……とはいえ、いくらお前でも戦争を止めることは難しかろう。それに今は身を潜めているが魔王の存在もある。再び前にした時、お前に策はあるのか?」
「スイラン君と同じく、僕もこの数ヵ月エト君に手伝ってもらいながら色々やりました。右腕がない今の魔王となら条件次第で良い所までいけるはずです」
「ほお、自己評価の低いお前がそこまで言うとは……面白い。魔王と立ち会う際には是非見学させてほしいものだ」
「ねえ先生。今のエトちゃんと色々やったってエロい意味?」
「アルティちゃん。今は黙ってようか」
何か視界の端でエトがすんごい顔をしていた気がするが、そちらを無視して話題を変える。
「ところで、僕はともかく他の『メル』最上位勢は魔王を討伐したり戦争で前線に立ったりしていないんですか? ナトラ君を除いても僕の上にまだ数人残っていたと思うんですけど」
「ふむ。五位のカレン・オルテシアは王国の最高戦力だ。まだ王国は皇国の侵攻を受けていない以上、戦力を温存させるという意味でも自国からは出てこないだろう。もう一人……帝国の『魔法使い』は逆に割と自由に戦場に出てくるらしい。六道と戦ったという情報は聞いたことはないが、あの男が姿を現した戦場の全てで皇国が敗北しているらしい。帝国もまだ侵攻を受けていないとはいえ、近隣の属国の戦闘にも介入しているらしいからよっぽど自分の力に自信があるのだろうな」
「はは、それじゃあ僕とは真逆の人間ってことですね」
「ふっ、存外最近はそうでも無くなってきたが――む?」
セシリアの言葉の直後、轟音が鳴り響いた。
まるで隕石が落ちたかのような振動と衝撃。僕達が慌てて窓から外を見ると常時モルディが張っていたであろう『迷宮作成』が破壊され、グラウンドに巨大なクレーターができていた。
「馬鹿な。学長の迷宮を一瞬で破壊するだと……」
セシリアの言葉を聞きながら、こんなことができる連中など数えるくらいしかおらず、その面々の顔が浮かんだ。遂に彼らがここに狙いを定めたのか。覚悟を決め、僕は無残に陥没したグラウンドの中央に立つ人物に目を凝らすが、そこに立っていたのは僕が全く見たことのない人物だった。
「俺はクロノス帝国騎士団長兼魔法師団長ゼロ・アイン。ロラン・フォート、姿を見せろ。貴様の実力、俺が見定めてやる」
ゼロ――『メル』三位のこの世界最強の魔法師はそう言い放ち腕を組んだ。用件は言った。早く降りてこいと言わんばかりに。
その様子に周りにいた三人がゆっくりと僕の方を見る。その中から代表してアルティがおずおずと質問してきた。
「えーと……どうするの?」
ごめん、やっぱり学校見捨てて逃げていいですか?
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