束の間の平穏 1
Side カナキ
魔王の復活、そして皇国の襲来からおよそ二ヶ月が経った。
世界を揺るがす二つの事実は瞬く間に広がり、各国は難しい選択を迫られた。その中で意外なことに沈黙を保つ魔王と反対に登場以来活発な動きを見せたのが聖アーノルド皇国だった。
まず皇国は、大司教と名乗る聖イリヤウス降り立った竜の島を占拠した。まともな人間
では、まず入ったら最後生きては帰れない魔境が竜の島だが、六道をはじめ優秀な精霊騎士を多く抱える皇国にとって、それは外敵を退ける堅牢な城壁となった。これには王国も手出しできないようで、あの地は事実上皇国の領土となっていた。
それを良いことに皇国は救済という名目の侵攻を各国に開始した。クロノス帝国やオルテシア王国などの強大国には流石に手出ししてこなかったが、それ以下の小国は容赦なく襲撃された。まずノルーン共和国が聖に一人によって三日で降伏した。皇国は降伏し属国とさえなるならば一切の侵攻を止めることを宣言していたし、事実ノルーンではその後虐殺行為があったなどとは聞いていない。結果的に国民が肩透かしを食らうぐらいに平和な統治がなされていた。
そうなると強大な武力を持つ皇国に対し属国となることを受け入れる国が次々と出始め、徐々に世界は皇国とそれ以外の国に二分され始めた。皇国に属することをよしとしないクロノス帝国やオルテシア王国は一時休戦し、対皇国に向けて着々と準備を進めていた。
「……というわけで、クロノス帝国にあるここ、ラムダス魔法学校も、場合によってはその戦禍に巻き込まれる可能性は十分にある。そういう中で変わらずに魔法の勉強ができる君たちはある意味幸せかもしれないね」
僕の言葉に教室にまばらにいる生徒たちが頷きを返す。皇国が現れてから帝国も一気に本格的な戦争ムードになる中、学長であるモルディの意向によりラムダスは引き続き変わらず教育を続けることになったが、ラムダスを離れた生徒と教員も少なくない。戦禍を恐れる者、逆に戦地に赴く者など、理由は様々であったが、結果的に全校の人数は通常の半分くらいに減った。そうなれば必然、授業のいくつかも閉講されることになったが、極力学びを止めないというモルディがまだ残っている教員にお願いをして回り、当初自分が受け持っていた授業以外も受け持つことになった。そんなわけで魔法の基礎を中心に教えていた僕も、今はこの『現代魔法史』なんかも教えているわけである。
「先生、質問です」
そこで手を挙げた生徒は平民出の青年だ。帝国でも名門として知られるラムダスで勉強し、いずれは帝国直属の魔法師になることが夢である彼からすれば、モルディの学校を続ける判断には頭が下がる思いだろう。
「はい、なんでしょう」
「今その皇国の人間を含めた最新版の『メル』が発表されましたが、その中に記載されているカナキ・タイガとは何者なのでしょう?」
げ。
「はい、私知ってる!」
そこに勢いよく手を挙げたのはアルティ。その横にはおどおどとしながらも小さく手を挙げるエトの姿もある。
「カナキ先生はねぇ、強くて、頭良くて、ちょっと頭おかしいけど、私達のために――」
「『沈黙』」
魔法を発動したとたん、アルティのマシンガントークが止まり、口をただパクパクさせた状態になる。唖然とする他の生徒にやんわりと説明を入れる。
「うん、アルティ君はかつてオルテシア王国にいたけど、多分別の人と勘違いしてるね。彼、カナキ・タイガといえば、かつて王国で起きた王族を拉致したテロ事件で首謀者とされている男だよ。だけど、最期はかの剣聖エリアス・リ・モンドールに討たれたと聞いているけど」
「それが今回改めて『メル』に載り、掲載されたということは、その魔法師はまだ生きていたということでしょうか?」
「かもしれないね。まあなんにせよ、今世界はこれまでに類を見ない混沌とした様相を呈している。学校にいる限り、僕達教員も極力君たちを守るけど、何が起こってもおかしくない。ぜひ万が一の時に備えた準備はしておいてほしい」
そこで予鈴が鳴り授業は終わった。
生徒が足早に教室を去り、残っている生徒が見知った顔ばかりになったところでとことここちらに歩いてきたのはナトラだ。
「カナキって本当に息するように自然に嘘吐けるよね。ラムダスに通い始めてカナキを観察するようになって、改めてドン引きだわ~」
「君も全く悪意もなく、よくそこまで僕の心を的確に抉ってこれるね」
「授業中に魔法で口止めする先生も大概だよ!」
ナトラに加えてやってきたアルティがぷんぷん怒りながらやってくる。その後ろで苦笑いを浮かべるエトとアルティが並んだら、まるで気分屋の妹に振り回される姉のようだ。
「それは君がとんでもない発言をするところだったからだよ。ティリア君、記憶を操作する必要がありそうな生徒はいたかい?」
「ほぼ断言できるくらい問題ないと私は考えます。皆、ロラン先生の正体には気づいていない様子でした。これもアルティさんが普段からぶっとんだ話をしてくれているおかげです」
「そうか、ありがとう、アルティ君」
「なんか巡り巡って感謝された!?」
「そんなことよりも」
アルティの大げさなリアクションに構うことなくティリアは自身の周囲に浮かぶレンズでぐるりと周囲を見て、「あなた達を見る周囲の生徒の方がよほど違和感を抱いていますよ。改めてよく一時的にとはいえ学校にいられますよね、あなた方」
ティリアが言うあなた方とは二人、ナトラとエトのことだ。確かにナトラは連邦の最高戦力だし、エトはかつての敵国とはいえ、王国では言わずとしれた最高クラスの手配者だ。顔写真までは公に公表されていないとはいえ、エトについては年齢的なものもあって周囲からは少し浮いているようにも感じるかもしれない。
「え、そうなの? ナトラちゃんは分かんないけど、エトちゃんについては私の保護者的な立場の人なんだなってみんな思ってるらしいけど」
全然年齢については問題なかったらしい。ここでもアルティが奇跡的なハマり方で周囲から違和感を消しているのか。
「私はお母様から国を通じて正式に入学が許可されてるからね。他の子たちも意外に声掛けてくれるから連邦の学校にいた頃とは全然違うし、今はとっても楽しいな!」
「でも、あなたは連邦の最大戦力でしょう? よく国が認めたものですね」
「まあバトラーはだいぶうるさかったねえ。だけど、緊急時は『空間転移』で一瞬で転移してもらえるようになってるし、ついでに帝国と連邦はこの前同盟を結んだから、帝国が有事の際には私も助けに回る代わりに、連邦が襲われたら、帝国の魔法師が助けに来るみたい。そこらへんはバトレーとお母様でなんか随分話し込んでたよ」
「なるほど、ただ学生を謳歌させようとするのではなく、政治にも利用させたと……」
得心がいったと頷くティリアに何のことだろうと首をかしげるアルティ。まあ彼女にはそのあたりを話を説明する必要はないだろうと全員が考え、それでその話題は終わった。
教室に戻りながら、僕は改めて特別クラスも随分人が変わったな、と思った。最初の六人のうち、ソフィーは怪我が完治した後自国の危機に備え帰国したものの、他の者は変わらず学校に通い続けている。『宵闇』のメンバーだったフロイム・コフィンこと楓に操られ敵対行動を取ったうえに自分だけ帰国することに本人もかなり自責の念を感じていたが、ネロやテオ、特にアルティが迷う彼女の背中を強く押したようで、「聖王国を守った後、必ずやこの学び舎でまた皆さんとお会いします」と決意を固めて帰国した。
楓にソフィー、この二人が去ったことで特別クラスの教室も少し寂しくなるかと思われたが、そこで新たに加わったのがエトとナトラだった。ナトラはともかく、エトについては難しいかと本人も言っていたのだが、アルティが学長に直談判して入学はまさかの許可をもらい、更にクラスの人たちにも楓やイェーマによって操られた結果、手配者となったというシナリオをアルティが吹聴したため、全員がそれならばと納得して彼女を受け入れたようだ。(その時のアルティは普段とでは考えられないほどに賢く饒舌だった)
僕は僕でアンブラウスに姿が露見したうえに、先日ついに『メル』にも僕の名前が載ってしまったため、いよいよこの生活もおしまいかな、とひっそり身支度は整えていたのだが、今のところ王国や皇国に大きな動きはなく、この学校全体を文字通り掌握しているモルディも異常は見られないという。どの国も僕に構っている余裕はないということなのか、はたまた僕の知らないところで事は進んでいるのか、よく分からないが、とりあえず今のところは平和な教師生活を続けている。なにせこの学校は学長が全面的に僕を秘匿してくれるうえにこれまでずっと取り戻したいと思っていたアルティやエト、前の世界からずっと僕に付いてくれたティリア、それ以外にも知に富んだ師匠や優秀な下僕など、この世界に来て一番平穏な環境だといっても過言ではない。戦争にせよ、見方を変えれば久々に僕が“趣味”に走れる機会とも考えられなくはないし、上手く戦禍を逃れながら行く先々で人を攫う生活もできるだろう。
でも、そう上手くはいかないんだろうなあ。
僕の脳裏にイリスの顔が浮かんだ。彼女は必ず僕の元にやってくる。そんな確信があったし、僕自身、彼女と相対したいという気持ちがあるのも事実だった。イリスは僕にとっても理解しきれない怪物だが、同時に僕もイリスも世界に受け入れてもらえない、隔絶された人間性を共に有していた。僕はイリスが自身に与えた影響の大きさから、イリスはこの世界で唯一自分が理解しきれいない人間性を有している人間だから、互いに不思議な運命のようなものを感じていた。
「先生? さっきから何ぼーっとしてるの?」
アルティの言葉に我に返る。見ると、全員が足を止め、僕だけが歩いて先に行ってしまうような構図になっていた。
「おっと、ごめんよ。少し考え事をしていてね」
「あー、無理もないよ。先生今いろんな人から目付けられてるからねー。この前戦った翠連って人も滅茶苦茶な強さだったし」
「新しく『メル』で四位になった人ですね。その方と言えばスイランさんは……」
「うん、一応今日も部屋までは行ってみるつもりだけど」
「……まあ、実の姉からあんなこと言われたら参っちゃうよね」
スイランはあの戦いの後から一度も学校に姿を見せていない。夜中、時々部屋から出ていく姿を見かけたことがあるが、気配から彼女が今会うことを望んでいないことは分かったし、僕も彼女にかける言葉を決めあぐねていた。せめて毎日彼女の部屋の前に行って一言二言言葉がけを行ってはいるが、場合によってはそれがプレッシャーになることもある。会話すらできない今、まさに手探り状態でのアフターケアが続いている。
「ということで、僕は次は空いているから、スイラン君のところに行ってこようと思う。君たちは次の授業に行き、学業に励んでくれ」
「えー、私もそっち行こうかなー」
「駄目だよ、アルティちゃん。それじゃ、先生。また」
そう言って踵を返そうとしたエトを呼び止める。
「あ、エト君」
「はい?」
彼女に向かって僕は自分の右肩を二回叩いた。その“合図”にエトは少し顔を赤らめながら、こくんと頷いた。
「?」「……(むすっ)」「むむむ……?」
首を傾げるナトラ、不機嫌そうにレンズをそっぽに向けるティリア、そして頭に疑問符を浮かべながらもこちらを睨むアルティ。
三者三様の反応を見せたが、僕がすぐに背を向け歩き出したので、三人の矛先はその場に残ったエトへと集中するだろう。
少し可哀そうな気がしなくもないが、彼女がこれまでしでかしたことと僕の苦労を考えたらそれくらいは受け入れてしかるべきだ。エトもそれが分かっているからこそ、彼女を救出した後も僕の“お願い”には最後はいつも首を縦に振ってくれる。
そう、だから僕の部屋に行われる密会に今夜も彼女は了承してくれたというわけだね――――
読んでいただきありがとうございます。




