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狩人戦、決着

大変遅くなりました。すみません。

「お嬢ちゃんの敗因は才能の高さから来る慢心だな」


 教会の屋上。そこで悠然と佇む狩人は、犬歯を剥きだしにして獰猛に笑った。彼の外套には汚れ一つなく、狩人自身も怪我を負っている様子はない。

 それに対して、相対するフィーナはボロボロで、大きく肩で息をしていた。セルベス学園の制服には拳くらいの大きさの穴がいくつも開き、フィーナ自身の血糊がべっとりと付いている。岩で貫かれ、矢で射られ、その度に医療魔法で強引に傷口を塞いできたフィーナだったが、流れ落ちた血液の補充だけはどうにもならない。魔法剣を握る右手の力だけは未だに力強いが、反対の左手はだらりと下がり、ピクリとも動かない。

 正に満身創痍。しかし、そんな彼女を前にして、狩人は眉を顰めた。


「……なに笑ってんだ」

「ふふ、いえ……あの先生が言っていたことは本当だったんだな、と今更ながらに再確認しまして。我ながら笑いたくなる才能です」


 このフィーナの発言を、狩人は過去の慢心した自分自身への後悔と取ったのだろう。

 狩人は、少しだけ同情の色を顔に浮かべた。


「恥じることはねえ。確かにお嬢ちゃんは優秀な魔法師だったさ。そこらへんの大人も顔負けするくらいとびきりの、な。ただ、少しだけ俺とやるのは早かったってことだ。ここまでの健闘は褒めてやる。武器を捨てれば楽に殺してやるぜ」

「……何を訳の分からないことを言っているのですか?」

「は?」


 そこで狩人は気づいた。目の前の傷だらけの少女の様相に。

 確かに全身傷だらけで、体力も消耗している。しかし――それだけなのだ。

 この狩人が、何日も前から入念な下準備を施したフィールドで、本気で戦っているというのに、未だ目の前の少女に致命傷を負わせることすらできていないのだ。

 確かに、攻撃は通っているのだから、じわじわと消耗させて殺す方法だってある。しかし、それはあくまで地力のみの勝負の際の話だ。今狩人は、目の前の少女と“罠ありき”で優勢に立っているに過ぎない。

 ――では、その罠が無効化されるようなことがあったとしたら?


「そろそろ頃合いでしょうか――」

「ッ!」


 意識を目の前の少女に戻したとき、少女はこちらに向かって駆け出していた。

 戦いが始まってしばらく経つが、相変わらず少女のスピードに翳りはない。魔術で脚力を強化したうえに、微妙に周囲の気流を操作して、風に流れるように加速してこちらへと近づいてくる。


「そう簡単にっ!」


 だが、そんな安易な突進で、自分の元まで辿り着けるわけがない。

 狩人は、仕掛けてあった罠の位置にフィーナが足を置くタイミングを見計らい、魔法を発動する。

 狩人の意志一つで即座に発動するその罠は、無鉄砲に突進してきたフィーナを串刺しにするはずだった。

 しかし、フィーナはまるで読んでいたかのように『岩氷柱(ロックアイシクル)』を回避。ほとんどタイムロスをすることなく、猛然と突進を続ける。


「なにっ――」


 この戦いが始まって、初めて狼狽の声を上げた狩人だったが、続けざまにフィーナが通る道の罠を次々と発動する。

 だがそれらの悉くが、フィーナを捉えることは出来ない。

 地面から次々と生える岩氷柱を、まるで踊るかのように華麗に身を捻って躱し。

 『泥沼(マッドスワンプ)』による足止めは、直前で大きく跳び越えられ用を為さず。

 肝心の狩人の矢も、前方でピンポイントに展開される魔力障壁に阻まれる。


「クソッ! なんだよいきなり!」

「はぁ!」


 二十メートルはあった二人の距離が、遂に剣の射程まで詰まる。

 慌てて短剣を取り出した狩人だったが、弓を引く時に比べ、その動きは精彩に欠けている。

 撃ち合わせた三合目で、フィーナは狩人の短剣を叩き落すと、返す刀で容赦なく狩人を斬る。

 ぎゃっ、と短い悲鳴を上げた狩人は、数歩後ずさる。その鳩尾にフィーナの峰打ちが綺麗に入り、遂に狩人は突っ伏した。


「……なんで、俺の攻撃が……」


 既に戦闘続行を続ける力は残っていないのだろう。うわ言のようにそう言った狩人に、フィーナは平坦な声音で答えた。


「――すべての罠の位置を把握しました。ついでに罠の種類も。流石に全部を踏み抜いて無事でいられる自信はなかったので、三割くらいは罠の位置の傾向から予測を立てただけでしたが」


 あっさりと出された解答に、狩人は一瞬大きく目を見開く。だが、すぐに目を閉じた。


「俺の矢をあんなに簡単に防いだのはなんでだ」

「すべての答えを訊かないと満足できないのですか、あなたは。まぁ、それも計算したとだけ言っておきましょう」

「はっ……つくづくデタラメなお嬢ちゃんだ。アンタなら、あのレイン・アルダールも目じゃねえだろうよ」

「…………現状、それはまだ無理です」


 しばしの間を取って放たれた言葉は、不思議と悲観的には聞こえなかった。


「ですが、いずれは必ずあの男を追い越し、カレン様に仕えるに相応しい騎士になってみせます。今日あなたを倒したことは、その小さな一歩です」

「けっ……散々俺の邪魔をした挙句に、最後は踏台にしたってか……。つくづく、おっかねえお嬢ちゃんだぜ……」


 その言葉を最後に、狩人は意識を手放す。

 それを確認したフィーナは、一度だけ小さく息を吐くと、レインに連絡を取った。


読んでいただきありがとうございます。

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