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顕現

自分としては長めのつもりです。

 目を開くと、そこは見覚えがある場所だった。


「ここは……竜の島にあった……」


 かつてテオの父、龍王に会うために訪れた竜の島で特に龍たちが多数生息している危険地帯の真っただ中にあった場所だ。コロシアムのような形をしていて、上空にはどんよりとした黒雲が天を覆っていた。


「ちょっと、一体どうなってるの!」


 声に振り向くと、そこには混乱したフェルトの姿があった。あの地下の空間付近で待機するよう命じていたので転移に巻き込まれたのだろう。他にも連邦軍の兵が数名、そして王国側では最初の会議で姿を目にしたシュウ・リッカとローウェン・マナ・アンブラウスの姿があった。


「……やはり、お主もおったか」

「アンブラウスさん、その傷は……」


 特にその中で目に付くのはアンブラウスの状態だ。既に治療は施されているようだが、それでも完治しきれていない傷口からは血が滲み、彼が纏う外套を赤く染めている。その隣で周囲を観察していたシュウが舌打ちした。


「……爺さん、全く面倒なことに巻き込んでくれやがったな。簡単な偵察だって話が、どう見てもこれはヤバイ雰囲気じゃねえか」

「ほっほ……お主はその見てくれで案外優しいからのう。老いぼれの最後の願いだと思って付き合ってくれぬか?」

「……縁起でもないこと言うんじゃねえよ」


 ぶっきらぼうにそう言ったシュウ。恐らく連邦兵とこの二人は何らかのルートであの地下の存在を嗅ぎつけたのだろう。恐らくは逃走するイェーマの捕獲に動いたはずだが、結果的に静香の転移に巻き込まれたということか。


「これで全員のようね」


 その声に全員が一斉に同じ方向を向いた。

 予想通り、そこには静香がコロシアムの縁部分に腰かけてこちらを見下ろしていた。

 その姿を認めた僕たちの中で真っ先に口を開いたのはフェルトだ。彼女は静香に向かい、すぐに口火を切った。


「はあ!? 誰よアンタ! 一体ここはどうなっ」

「――フェルト」


 傍にいるフェルトの言葉を遮ると、彼女が今度はこちらに向かって何か言おうとしたのでその前に、


「ここから先、空気になることを徹底しろ。エト君がこの状態だ。今の僕ではあなたまで護り切れる自信がない」

「ッ……」


 普段は絶対に口にしない口調と表情。それを見ただけでフェルトは現状を理解した。

 この状況下で、自分が生き残る可能性は限りなく低い。

 超人的な強さを誇るフェルトだからこそ、自分では手足も出ない存在がいることを理解していたし、それらを相手に生き残るためならばプライドを捨てることも厭わない。だからその瞬間、フェルトはできる限り気配を消し、僕の傍に控えるように後退した。


「……」


 その光景を興味深そうに静香は眺めていた。その表情からはまるで参観日に我が子を見つめるような慈愛の念すら抱いているようにも見えた。


「……魔王の封印は彼の五つの身体すべてを集めなければいけないという認識があるみたいだけど、それは勘違いよ。必要最低限の魔王の欠片、そして定められた土地で行えば封印は解かれる。完全体とはいかないまでもね」


 やがて静香はおもむろに封印について語り出した。連邦兵達はどうすればいいか判断に迷っているようだったが、アンブラウスからの指示が特にないため警戒しながらも傾聴を選択する……いや、厳密には最早手遅れであることを無意識に自覚していたのかもしれない。


「魔王は数百年前、今よりも大気に魔力が満ち、魔法も今よりもずっと強力な時代に君臨した魔人だとされているわ。強欲且つ傲慢なその災厄とも思える生命体は、他の多種多様な種族が強力し合い、やっと封印できたとされている。ここで復活すれば私だってどうなるか分からないけど、それも含めてこれから何が起こるか分からない未来って興奮しないかしら?」


 思考放棄しそうな脳を動かし、僕は今どう動くのが正解かを必死に考える。傍には下僕(フェルト)、両腕には衰弱したエト。この状況で魔王など復活されたら確実に誰かが死ぬ。しかし、だからといって今から背を向け龍がひしめくこの島を脱出できるビジョンも浮かばなかった。唯一この場で転移魔法を使えそうなのはアンブラウスくらいだが、彼は何かを見届けようと決意しているかのようにこの場を動く素振りはない。


「……まあ百聞は一見に如かずよね。長話はここまでにしていい加減始めましょうか」


 静香が懐から取り出したのは賢者の石だった。そして、石からとんでもない魔力が僕たちの方へと真っすぐに飛んでくる。


「くっ!?」


 反射的に僕たちはそれを躱し、コロシアム縁側の高所へと飛び移った。その中で連邦兵数名が逃げ遅れてコロシアム中央に取り残されたが、膨大な魔力の塊に触れても、特にその人達に危害はなかった。


「――かの魔王の左足、右足、左手、そしてこの地に眠る四肢をもがれた肉塊よ、我の呼び声に応え、再びこの世界に君臨せよ……」


 静香は更に魔力が集中する場所へ向けて供物を放る。各地で集めた魔王の欠片たちは地面に触れると、まるで沼に沈んでいくようにずぶずぶと潜っていく。


「……フェルトさん、エト君を頼めますか?」

「え?」


 いよいよ魔王が復活する。その直前で僕が出した答えはエトを託すことだった。


「どこまで保つかは分かりませんが、最悪戦闘になれば僕が時間を稼ぎます。その隙にフェルトさんは何とかエト君を連れて遠くまで離れてください」


 僕の言葉にフェルトは息を呑んだが、ここで理由を聞いたり拒否したりしない所が彼女の素晴らしい所だった。


「……なんか、毎回私、こんな役ばっかりね」

「信頼している証ですよ。それに僕も少しは強くなりましたからね。今度こそ“すぐに”帰りますよ」

「……分かった」


 短くそれだけ言葉を交わした時、遂にコロシアム中央が輝いた。


「さあ、今こそ我々に御身の姿を見せ給え……!」


 歌い上げるような言葉とともに、最悪の魔王が復活した。






 ソレは白髪の男で右腕がなかった。

 皮膚は浅黒く、同じアルナミネスとは対極の色だが、体の線の細さ、知性の高さを感じさせる端正な顔の作りは魔人共通のものらしい。大きく胸元の開いた礼服は黒を基調としており、マントを着ければまるで伝説上の吸血鬼のような服装だった。


「…………」


 魔王、メルクース・バオウ・キネストローレはしばらく無言で直立していた。美しい白髪が風に揺れ、竜の島とは思えない沈黙が、この島にいる生命誰もが彼に畏怖していることを表している。かく言う僕は魔王を目にしてなお、その存在を掴みかねていた。魔力、気配を一切消している。聖天剋なども意図して自らの気配を消すことができるが、こうも魔力までも完全に消し去られては彼我の実力差も分かったものでは――――


「――――――薄い」


 突然魔王は目を開き、そう呟いた。






 その瞬間、僕はこの男との相手に致命的な隔絶があることを確信した。






「……と」


 遠い。まるで地上から見上げる月のように眼下の男と僕たちとでは魔力の次元が違った。あの瞳、蒼白の美しすぎる瞳は、目を合わせただけでショック死するのではないかというほどの風格と威厳を備えていた。


「魔力が薄い……俺は何年眠っていた? 封印を解いたのは誰だ?」

 鷹揚に、緩慢ともいえる所作で魔王、メルクースが周囲を見渡す。誰もが硬直し動けない状態で母だけがいつも通り、冷静な様子で「私です」と答えた。


「……お前か」

「はい、突然このような場にお呼びしたこと、まずはお詫びします」


 敬語を使っているが、静香は目の前の男に恐怖している様子はなかった。縁から飛び降り、メルクースへと近づく静香の様子は、例えるならビジネスパートナーに敬語を使うのと同じような感じで、メルクースへ畏怖している様子は感じられない。その静香をメルクースは感情の読めない無表情で見上げていた。


「俺を前に上から挨拶とは随分だな。よもや俺の封印を解いたから自分は殺されない、とでも考えているのか」

「いいえ、あなたはそういう御方ではないと考えています。他を凌駕する圧倒的な力をもつあなたの前で、恩義や同情を期待するのはむしろ失礼ではないでしょうか」

「……ふん」


 目を逸らさず、自分にそう告げた静香の答えにメルクースは初めて目を細めた。「で、お前は俺を復活させて何が望みだ。それくらいは聞いてやる」


「――何も」

「なに?」

「何もありません。全ては復活なされたあなたの自由です。ここで私を殺そうが世界を破壊しようがこちらとしては何も問題はございません」


 これにはメルクースだけでなく、その場にいた誰もが理解できないようだった――僕を除いて。

 僕は静香の言葉に嘘がないことを確信していた。彼女、静香とはそういう人間なのだ。彼女がこれまで歩んできた人生、そして僕や楓がなぜ生まれたかなど、それらを全て繋げれば彼女の行動心理とは実に明快で分かりやすい。問題はその心理を常人のほとんどは理解することができないことだ。だから彼女は今でもこうして自由であり、魔王の前ですらいつもの自分のままで接することができている。

 そしてかの魔王、メルクースも同様に常人ではなかった。


「――――面白い」


 ここで魔王は初めて笑みを見せた。まるで芸を披露する道化師を前にした王族のように。


「名は」

「静香、と申します」

「シズカ、しばらくの間、このメルクースの傍に立つことを許す。お前のような人間は初めてだ。興が乗ればこの世界で一番最後に殺してやろう」

「……そうですね、自分の命に未練はありませんが、確かにこの世界であなたによりどうなっていくのかを眺めていられるのは私にとっては益となるかもしれません」

「……ふん、しばらくは退屈しなさそうな女だ」


 そこでメルクースの視線が僕たちに動いた。それだけで呼吸すら許されないほどの重圧を感じる。


「図が高い」


 直後、僕たち全員に強力な『重力(グラヴィティション)』が掛けられた。


「あぎゃっ!?」


 奇怪な叫びとともに何かが潰れる音が聞こえる。恐らくは重圧に肉体が耐えきれずに押し潰された連邦兵の断末魔だろう。かなりの魔力をつぎ込み魔法を中和するのも試すがそれでもなお完全には無効にできない。見れば横でフェルトがも同じ状況に陥っていたが、エトだけは必死に護ろうと片手で必死に支えていた。


「勘違いするな。この女は私をあの忌まわしい封印から解いたのだ。多少の無礼には目を瞑るが貴様らは別だ。私を封印した奴らの子孫である貴様らに手心を加える気は一切ない。ここで殺す……が、シズカ」

「はい」

「この中で殺さず俺の益となる者はいるか。いればとりあえずここでは殺すことは止める」


 その言葉に随分メルクースは易々と静香を信用するな、と思ったがすぐにそれは違うことに気付く。メルクースは圧倒的強者であるが故に静香を全く警戒していないのだ。いや、厳密には多少しているのかもしれないが、それでも表立って大きく警戒する様子はない。使えるならば傍に置くし使えなかったり自らの意に反した行動をするのであれば殺す。そんな単純な思考でも生きていけるのがまさに『魔王』たる彼の実力を物語っているのだろう。


 メルクースの言葉に静香は一瞬だけ周囲を見回した。その中でもちろん僕の姿も目にしているだろうが、彼女はすぐにメルクースに向き直り言った。


「いません。ここにいる連中はあなたにも私にも有益足りえない存在です」

「……口に気を付けろ。お前の益になるかなど俺は聞いていない。存在することは許すがそれで俺に認められたつもりならば認識を改めろ。お前はただ俺の一興で一時的に傍に置いているにすぎん」

「はい、申し訳ありません」


 釘を刺すメルクースに大人しく頭を下げる静香。彼女の性格からして一人の人間に絶対的な忠誠を誓うことなど絶対に無いが、メルクースもそれを感じ取っているのだろうか。どちらにせよその場ではそれ以上静香に対して追及はなく、視線を僕たちへとメルクースは戻した。


「さて……それではここにいる連中は殺すか。今の魔法師がどれほどの力を有しているかは多少気になるが、どうせこの場にいるカス共では俺の物差しで測ることすら――――ほう?」


 そこでメルクースの視線が『重力(グラヴィティション)』の中起き上がる二つの影を射止めた。僕とシュウ・リッカだ。


「手心を加えているとはいえ、俺の魔法を受けてなお立ち上がるか」

「あれだけ悠長に喋ってもらえていれば魔力で相殺もできますよ……とはいえ、二人がかりでも全く勝てる気はしないので、ここは見逃してほしいですけどね」


 僕がなるべく穏便に終わるよう苦笑いを浮かべると、それに不愉快そうにメルクースは顔を顰めた。あれ、アプローチを間違えたか?


「増長するなよ。前提条件から貴様ははき違えている。そもそも俺と“戦うこと”すら叶わんのだ。それが一体どうして俺に勝つ可能性まで考えているのか? 厚顔無恥にもほどがあるぞ……!」


 うわ、魔力がさらに上がった。

 メルクースの周囲が歪んで見えるほどの魔力を放出する様子に、僕も冷や汗だらだらだ。だが、それでもまだ絶望しきらずにいられるのは、段々と見えてきたメルクースの状態だ。恐らく彼は長らく眠っていたが故にまだ本調子ではないうえに、最後の欠片、右手がまだそこに付いていない。それでもさっき言った通り勝つことは天文学的確率だが、今のストックとミラの協力により獲得したあの魔法を出せば少なくとも時間稼ぎにはなるかもしれない。シュウの実力は未知数だが、あの男も最大限利用し少しでも時間を稼ぐ。僕は小さく息を吐くと、首元を少しだけ緩めた。


「……なるほど。どうやら真剣にお前は俺とやり合おうという訳だな」


 その僕の様子を見てメルクースは笑った。狩人が獲物をどう殺そうかと思案するような嗜虐的な笑みだ。


「シズカ、お前は下がっていろ。邪魔立てすれば殺す」

「分かりました」


 静香は相変わらずアルカイックスマイルを浮かべたまま、戦闘に巻き込まれないよう移動する。一度だけちらりと僕に視線を送った。

 あなたの思い通りにはさせませんよ。

 胸中でそう呟くと、僕は懐から取り出した魔晶石を砕いた。


「さあ、久しぶりの現世だ、存分に踊り俺を愉しませろよ!」


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