強襲
ジャンル変更しました。それに伴い、冒頭に『第0話』を挿入しましたが、内容に特に変更はありません。
瞬きの後、狩人の手からは三本の矢が放たれていた。
「ッ!」
剣で撃ち落とすにしては間隔が短すぎる。
フィーナは、『疾風』の恩恵を受けた両脚で、それらを見事に躱してみせる。
しかし、三本目の矢を躱し、フィーナが右足を下ろした地点に、赤い魔法陣が浮き上がる。狩人の仕掛けた『岩氷柱』の魔法トラップ。
慌ててフィーナが上に飛び上がったのとほぼ同時に、魔法陣から鍾乳洞に生えているような尖った岩が飛び出す。岩の先端が左足に掠るが、それを意識する余裕はない。地上では、こちらを狙い撃ちしようと、狩人が既に弓を引いている。
「確かに凄まじい技量ですが……!」
狩人から放たれたのは、音速の一撃。弓をつがえる速さも、矢自体の速さも申し分ないが、対応できない速さではない。魔法での防御は間に合わないが、フィーナには一流の剣技もあるのだ。
空を駆け昇るかのような一撃を、フィーナは空中で両断。見事に叩き折る。
「――がっ!?」
――そこで、フィーナの腹部に激痛が襲った。
教会の屋根になんとか着地したフィーナは、すぐに自分の身体に視線を落とすと、腹部が血に染まっていた。丹田の辺りを触ると、冷たい鉄の感触。そこでフィーナは自分の身に何が起こったのかを理解する。
「今の一撃に被せてもう一つ……不可視の矢を放ちましたね」
「ご明察。流石にこれは分からなかったみたいだな」
完全にしてやられた――。
徐々に輪郭を朧げに現し始めた矢をフィーナは掴むと、一息に自分の腹から抜き取る。
傷口から派手に血が飛び散り、あまりの激痛に意識が遠のきかけたが、何とか歯を食いしばり耐える。
それをニタニタと笑いながら眺める狩人を睨むと、フィーナは丹田のあたりに『下級治療』をかける。
――戦闘中の医療魔法は最低限の応急処置まで。止血を優先して、痛みがひどいようなら氷系の魔法で患部を冷やすと、止血と痛覚麻痺を兼ねて、戦闘に支障が出なくなるよ。
「『凍気』……ッ」
以前カナキの授業で教わった通りに、フィーナは自分の傷口に氷魔術を掛ける。じくじくとした痛みのある箇所に、燃えるような痛みが走るが、それもすぐに小さくなり、気にならないレベルの鈍痛となった。動くのも支障はないようだし、無事応急処置は成功したようだ。
「手本みたいな応急処置の手際だな。今の学生さんは皆そんなことを習うのかい?」
「私は特別です。カレン様をお守りする役目を担う以上、カレン様に万が一があったときに医療魔法を使えるに越したことはありません。それに、セルベス学園には優秀……かは分かりませんが、教え上手な養護教諭がいるもので」
「ふぅん。そりゃその先生に救われた、な!」
言葉と共に矢を三本同時につがえ、放つ狩人。
それらを致命傷を避けながら躱したフィーナは、予想通り、一拍遅れて飛んできた不可視の矢を魔力障壁で弾き落とす。今からは、この不可視の矢も警戒しなければならない。音にも神経を研ぎ澄まさねばならない以上、向こうの攻撃に神経を裂く負担は、先ほどの比ではない。
足元には仕掛けられた罠。目の前には一息に三本もの矢を正確に放ってくる狩人。そして、いつ飛んでくるかも分からない不可視の矢。状況は最悪だ。
だがもう少し、後五回、いや、四回だけ、狩人の攻撃を凌ぎきることが出来れば。そのときは私の“勝ち”だ。
足元に現れた『岩氷柱』に皮膚を裂かれ、苦悶に表情を歪めながら、フィーナは飛んできた矢を魔法剣で撃ち落とした。
フィーナが狩人を追撃に出て十五分を回った頃。
リリス中央病院の正門。そこを護衛していた駐屯兵団の男二人は、通りの向こうから男がやって来るのに気づいた。見ると、一人は駐屯兵団の制服を着た青年で、後ろに誰かを背負っているようだった。
正門から病院の入り口までの間に、駐屯兵団は簡易なテントを張っており、その中にはこの街を代表する駐屯兵団のお偉いさんも複数待機していた。彼等から、この先は何人たりとも通すなと厳命されていた駐屯兵の二人は、通りに響く大きい声で、こちらへやってくる男達に声を掛けた。
「今、故あってこの病院は駐屯兵団が警護している! 急患ならば他の病院を当たるのだ!」
「ま、待ってください! 私は駐屯兵団所属のロイド・アマルフィです! サルト区を担当していたステム班長がゴーレムにより殺害され、撤退命令を受けて帰還しました!」
サルト地区というと、病院からはだいぶ離れたところにある、郊外の地区だ。確かに、そこにはゴーレムが出現し、巡回していた駐屯兵団が交戦したという話は聞いていたが……。
門番の男は、予想外の返答に眉を顰める。同じく門を護っていた同僚に目配せすると、相方は頷いた。
「……確かに報告は受けているようだ。ロイド・アマルフィ隊員には撤退命令が出ている」
「なるほど……。では、アマルフィ隊員よ! 貴官が背負っている後ろの男は一体何者だ!」
「ここに来る途中で倒れていたセルベス学園の生徒です! 彼の所持していた生徒手帳を確認したところ、ルーク・ストレイドと名前がありました!」
「……シヴァ隊長に確認してくれ」
同僚が頷き、通信用の魔道具で連絡を取ると、石から聞き慣れた、重みのある低い声が返ってきた。
『……確かに、この近くで、ルーク・ストレイドという生徒が班長を務めるカグヤの班が配置されている。そこにも、魔導ゴーレムが出現した報告は入っていたから、大方、それにやられたんだろう。いいだろう。二人とも中に通してやれ』
「よろしいのですか? 現在我々の中からも離反する者の存在が確認されています。二人とも、襲撃者の差し金という可能性も……」
『問題ない。こちらから既に看破で、二人を確認済みだ。アマルフィに武器の類は無いし、もう一人の方は“魔力すら”感じない。相当弱っているんだろう。早く中に入れてやれ。その代わり、アマルフィの方で少しでもおかしな様子があればその場で拘束しろ』
門番が意を決して訊いた問いに、シヴァは特に気にした様子もなく答えた。
少し安堵した門番は、もう少しだけ勇気を振り絞って質問を重ねる。
「了解です。ちなみに、このことはカグヤの方には……」
『今ちょうどシャロンを向かわせた。事後報告という形になるだろうが構わん。むしろ、向こうの隊員をこちらが助けたのだから、レインも少しは大人しくなるだろう』
シヴァは、厳格ではあるが、それゆえに誰に対しても分け隔てなく接する人物であったが、唯一カグヤのレイン・アルダールだけは邪険にしていた。おそらく、レインがカグヤの隊長になってから、治安維持部隊を大きく超える働きを見せるカグヤと、それを堂々と公言し、治安維持部隊の怠慢だと言ってのけるレインの物怖じしない態度が気に入らないのだろう。
門番は、少し不安に思いながらも、シヴァの命令を了承し、アマルティに門を通ることを許可する。
礼を述べたアマルフィが、こちらへ早足に近づいてくる。見ると、アマルフィもかなりボロボロの身なりで、顔に無数の裂傷があった。二人の門番の視線が、自然とそちらに向いてしまう。
きっと、治療しても傷痕は残るだろう。傷は男の勲章だと言うが、若いのにこんな顔になって……。
アマルフィくらいの息子を持つ門番たちは、顔には出さないが、胸中で同情の念を送る。
だから、アマルフィが背負った男が力なく項垂れていても、顔を確認しなかった。
そして、アマルフィがリリス中央病院の正門をくぐろうとした時、突如通信用の魔道具からシャロンの切迫した声が聞こえた。
『中に入れる前に生徒をもう一度確認してください! カグヤでは、隊員全員が『思念』で通信を行っています。ルーク・ストレイドには先ほど『狩人』追撃の任が与えられていたはずで、この付近に倒れているわけが――』
気づけば、背負われていた筈の男が、門番の目の前に立っていた。
疑問を抱く暇もなく、視界一杯に映った男の拳が、門番の生涯最後の光景となった。
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