連邦へ 下
「これより、連邦駐帝国大使館に転移します。それから先は完全に異国の地になりますので、皆さんの一挙手一投足が今後の帝国と連邦の関係を左右することになりますのでそのつもりでいてください」
僕が言おうとしていた台詞をあっという間に取られてしまう。まあ教師が出る幕もなく、生徒たちが主体的に行動するクラスこそ目指すべき理想像だし喜ばしいことなんだけどさ……。
「うっ、急にそんなこと言われると緊張してきたかも……」
「大丈夫っすよ、アルティ。なにかあっても私がフォローするっす!」
そしてネロの言葉に分かりやすく動揺を見せるアルティとそれを宥めるテオ。テオは先ほど楓と話していたわけだが、今のところ特に変わった様子はない。楓の方を見たい誘惑に駆られるが、それを押しとどめ、僕はネロによる先導を見守る。
「先生方も付いていてくださいますが、私達も気を引き締めていきましょう。連携して行動すれば、これだけの手練れ、大人であろうと容易には片付けられるものでもないでしょう……それではロラン先生。準備ができましたら号令を」
「あ、うん」
急に話を振られて呆気にとられる僕。前に出て一同の顔を見るが、ネロの見事な演説により気持ちは既に固まっている。ううん、彼は魔法師としても優秀だが、指揮官としての力も高いかもしれないね。
「それではこれより転移を開始します。転移後は僕やフレイム先生が主に応対しますので、君たちは指示があるまでその場で待機――」
その瞬間、上空で魔力が爆ぜた。
弾かれたように全員が上を向くと、そこには一人の老人が浮いていた。
「『絶対魔法――』」
「一つ」
イェーマが魔法を発動しようとしたとき、彼の横には既に一つの影がいた。
いつの間に背後を取ったのか、スイランが手刀を振りぬいたとき、イェーマのその枯れ木のようなしわがれた首は胴体と完全に分離した。
「ちっ……」
だが攻撃をした本人のスイランは忌々しそうに舌打ちをする。そして、イェーマの体は崩れ去り、直後に海上から次々とイェーマ自身が出現する。
「「「「「「「ほっほっほっ」」」」」」」
笑い声を木霊させながら登場したイェーマに、全員に緊張が走る。空から船に着地したスイランが気持ち悪そうに「物の怪の類か……」と口にした。
「ラムダス魔法学校の皆様、ようこそアーザロマネフ連邦へと参られました。連邦に代わり、このイェーマ・コンツェルンが歓迎の意を示します」
「くっ、まさかこんな早々にでくわすとは……!」
魔力を熾し、生徒たちを護るように一歩前に出たフレイムに、イェーマは朗らかな笑みを絶やすことなく頷く。
「ええ。今この国に出入りする連中には目を光らせていますから。なにせ、あなた達のような望まぬ来客が連邦に入れば、少々私としても面倒ですからな。なので、皆様にはここでご退場頂きたい……『迷宮作成』」
「ッ、まずいです!」
迷宮作成。周囲を異空間化させる魔法だが、その能力に付随して、中からの転移魔法を封じる力がある。ネロが焦った声を上げた時には僕も状況を理解していた。
「ネロ君ッ、魔法が発動しきる前に……ッ!?」
僅かな水しぶきの音に反応して振り向くと、そこには狐の面を被った男が腕を振り上げていた。
「せっ……」
名前を呼ぶ前に振り下ろされた手刀を間一髪いなしたところで、聖天剋の蹴りをもらい吹き飛ばされる。
「魔力もなしにどうやって……!」
「水上を走っただけだ」
慌てて『魔弾』を放つフレイムだが、そちらを見ることなく聖天剋は躱しつつ、ネロの元へ向かう。展開した『魔力障壁』を破壊され後退するも、致命傷をさけたネロ。だが、あの様子では転移魔法を発動するのは不可能だ。
「くっ、どうして……」
聖天剋を抑えるべく、足に力を込めた僕に、次の瞬間新手が介入する。
「まさか!」
そして、相手の拳を受け止めて絶句する。それは見紛うことなくエトだった。至近距離で交わした視線も、すぐに彼女が僕を、というか、何も見ていないことに気付く。以前の戦いの最後のように、イェーマに支配されているのだ。
「エトちゃん!?」
エトに気付いたアルティが悲痛な声を上げるも、エトは表情一つ動かさず虚ろなままだ。イェーマに対し、久しぶりに殺意というものを覚えるが、それは今の優先事項ではない。エトと一旦距離を取ったところで、入れ変わるようにスイランが躍り出る。
「こいつの相手は私がする! おいハヤマァ! いつまでぼうっとしてんだ! あの喜色悪ぃ爺ぃを早く殺せ!」
「……うるさいな」
ぼそりとそう言ったマサトは、
「マーガレット」
と、女性の名を呼んだ。
「――イェーマ・コンツェルン」
「……ほ?」
いつの間にか、先ほど喋っていたイェーマの背後に小さな少女が立っていた。
歳は小学校に入るかどうかくらいだろうか。金髪に赤いカチューシャを付けた彼女は、まるで童話から出てきた人形のように愛らしい風貌をしていた。
振り返ったイェーマも驚いたのだろう。彼女の姿を見て目を見開いたが、やがて、
「むっ……ぅお、これ、は……」
体が小刻みに痙攣し、やがてゆっくりと顔を右に向け始めた。
「なるほど……呪詛の類、でしたか……」
イェーマの言葉で、ようやくあの少女がマサトが呼び出した守護者、マーガレットであることを確信した。条件さえクリアすれば、万人を呪い殺すことができる非常にレアな魔物、いやあれはもう悪魔の類か。とにかく、条件を満たした(らしい)イェーマにそれを脱する術はない。
「ほっ、ならば、死なばもろとも……!」
「なっ!」
イェーマが指を鳴らすと他のイェーマ(全て本体の操る傀儡だろう)達が膨大な魔力を溜め始める。それこそ、以前校舎を半壊させた特級魔法を発動させてもおかしくないレベルの――
「あれ、全部で特級を発動させる気なんすか!?」
フレイムと協力し、聖天剋からネロを護っていたテオが悲鳴を上げる。フレイムもそれに気づくが、聖天剋の相手で手一杯のようで、額に汗を滲ませている。
「『遅魔』」
そこで動いたのがセシリアだ。彼女が発動させたのは対象の魔法の速度を下げる下級魔法。ここにいる誰もが習得しているであろうこの魔法だが、彼女の行動を見て驚きの表情を見せる。
「何も『遅魔』は魔法の速度だけじゃなく、生成の速度も遅くさせることができるってことですね……!」
「ああ、魔法の高位が高ければ高いほど難易度も跳ね上がるが、あれくらいの魔法を遅らせる程度の芸当なら私にもできるだろうよ」
「言ってくれますね……!」
嗤うイェーマに呼応するようにエトがセシリアを狙う。だが、躱す素振りも見せないセシリアに到達する前にエトは横合いからスイランに蹴り飛ばされていた。
「この女の体からもあのじじぃの匂いがするのはそういうことか……、おい、ネロ!」
「はい、皆さんこちらへ!」
「させませんよ……!」
全員がネロの魔法陣へと集まる最中、イェーマが魔法を発動させる。十分に魔力を留める時間がなかった分、その威力と規模は以前の足元にも及ばないが、それでもこの船もろとも僕たちを消し飛ばすには有り余る力だろう。
「おい」
刹那、聖天剋が僕の傍を横切った。
「小娘はあの始末だ。早くケリを付けろ。思ったよりも時間がないぞ」
「ッ」
言葉とともに放たれた聖天剋のバックブローを躱した直後、テオの魔法が炸裂し、彼は海に落ちる。エトはと言うと、既に船を離れ、水面の上で直立し、無感動な表情でこちらを眺めていた。
「全員いますね、飛びます――」
視界が光に呑まれる直前まで、僕はエトを見続けていた。
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