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教会上の射手

おそらく覚えていないと思いますが、冒頭で出てくるルーク君は、実践演習の模擬戦において、カレンと戦い速攻でやられてた人です。

「なんだ!?」


 突然上空から破砕音が聞こえ、ゴーレムと戦っていたルーク・ストレイドは音の方向に視線を上げた。

 見ると、自分たちの今いるところとはそう遠くない場所――病院の一角の窓ガラスが破壊され、次いで、もう一度、甲高いガラスの破砕音が聞こえてきた。


「あの部屋は……王女殿下がいる部屋じゃないのか!?」

「なんだと!」


 ルークの悲鳴のような叫びに、同じ区画を巡回していた同僚たちが驚きの声を上げる。

 現場でゴーレムと戦っていたルークたちも、ゴーレムは陽動だということは察しが付いていたが、よもや向こうがこんな早いタイミングで本丸を狙ってくるとは……。

 ルークたちが割れた窓ガラスの方に目を向けていると、それを好機と取ったのか、ゴーレムが大股で近づいていき、剛腕を振るった。

 咄嗟に回避したルークは、『赤魔弾(ガンド)』でゴーレムを牽制しながら、尚も視線を病室へ向けると、割れた窓から一つの人影が飛び出すのが見えた。


「あれは……」


 そこで、ルークの頭の中に、『思念(メッセージ)』によるレインの声が届く。

 それは、先ほど『狩人』の狙撃による襲撃があり、フィーナがそれを防ぐのに成功し、追撃に向かったという報告だった。


「そうか、本当に彼女はやったのか……!」


 作戦前にフィーナが話した通りの展開に事が進んでいることに、ルークは心の中で賞賛を送りながら、眼前のゴーレムに意識を集中した。

 向こうが大丈夫なら、こちらも自分の責務を全うするだけのこと。


「私の火属性魔法では相性が悪い。ディーンと私でゴーレムの足止め、ラガーンをフィニッシャーに持っていく!」

『了解!』


 ルークの指示に、二人の後輩は勇ましく頷いた。






 視界に映った家々が、瞬時に後ろへと流れていく。

 フィーナは屋根伝いに走り、全速力で『狩人』へと迫っていた。

 それは、傍目から見れば、一陣の風のような速さ。常人では目視すら難しいというスピードで駆けているフィーナだったが、飛来する矢の照準は、ことごとく正確だ。


「ッ!」


 前方に展開した魔力障壁が、飛んできた矢を弾き返す。

 これほどの速度で走っていれば、先ほどのように音を聞いてからでは間に合わない。

 多少魔力は消費するが、常に前方に魔力障壁を展開しなければ、今頃フィーナは串刺しになっているだろう。

 フィーナは目を凝らし、先ほどから矢が飛んでくる方向を睨む。

 『狩人』がいるのは、もう目と鼻の先にある教会の屋根の上。病院を出てからここまで来るのにそこまで時間は掛かっていないが、それはフィーナが常識の範囲外にあるような速度で走っているせいであって、病院から協会までとなると、軽く五キロはある。魔力を使っているとはいえ、この距離でここまで正確な射撃をするには、かなりの技量が必要だ。

 教会はこの街でも五指に入るほどの大きな建物だ。五階建てのリリス中央病院には劣るが、縦長に作られた教会でも、射角は保てる。フィーナは、足に集中する魔力の密度を上げると、一息に屋根を蹴って教会へと飛び移った。


「やっと追いつきましたよ。あなたがカレン様の命を狙った不届き者ですね。狩人、キース・アッカーマン」


 フィーナの睨む先には、夜闇色の弓を携え、目深にフードを被る長身の男。

 彼は、フィーナの言葉を聞き、くつくつと笑った。


「いやぁ、俺の会心の一矢を防ぐからどんな奴かと思えば、近くでみたらより一層可愛いお嬢ちゃんじゃねえか。しかも、まさか囮でもなく、本当にここまで一人で追ってくるとは。お嬢ちゃんの所のボスは何を考えてんのかねぇ」


 そう言って、灰色のフードを取った男は、予想に反し、端正な顔立ちだった。

 しかし、仕事柄そういう必要があるのか、端正なルックスを紛らわせるように前髪を長めに切り揃え、口の周りには無精ひげが生えている。夜闇に溶け込み、ひたすら地味な服装も相まって、パッと見では、かなり印象の薄い男だ。


「顔を晒した、ということは、ここで逃げるつもりは無いようですね」

「おうよ。死神が来た時は、即逃げようと思ってたが、相変わらず結界に侵入者の反応は一つしかねえ。それなら、ここでお嬢ちゃんを殺すなり捕まえたりする方が、よっぽど合理的だと思ってな」


 狩人が粗野な口調でそんなことを言うが、彼は鋭くフィーナの後方や左右に視線を光らせている。フィーナの襲撃が、あまりにも無謀だと思っているため、陽動の線を捨てきれていないのだ。仮にこれがフィーナ一人の判断で来たなら、狩人は伏兵を警戒することもなかっただろうが、今のフィーナはカグヤの一員として動いている。ましてや、その隊長が、今まで手配者たちを悉く捕まえてきたレイン・アルダールとなれば、用心深い狩人は、相当周りに意識を回さねばならないだろう。その点に関しては、フィーナに少しアドバンテージがあると言える。


「そんなに警戒しなくても、ここには私一人しか来ていませんよ。あなた程度の小物、私一人で十分ですから」


 今こんなことを言っても狩人は信用しないだろう。

 事実、狩人は忌々しげに舌打ちした。


「チッ、デタラメ言いやがって。どっか近くにお仲間が隠れてるんだろ? さっきからねちっこい視線を感じてうざってぇたらありゃしねえ」


 狩人の言葉に、フィーナは心中で疑問符を浮かべた。

 確かに、カグヤではフィーナ一人が狩人に接近し、一騎打ちで倒すと決めた筈だが、駐屯兵団あたりの誰かが、状況を監視しているのか?

 しかし何にせよ、それはフィーナにとって好機である。

 狩人の注意が散漫になっている今のうちに、奴を打ち倒す!

 フィーナは継続して発動していた『疾風(ゲイル)』の加護を受け、燕の如き速さで狩人へと襲い掛かった。


読んでいただきありがとうございます。

カナキ先生登場はもう少し美味しい場面になってからです。

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