二度目の遠征
予言のような言葉を残した聖天剋が去った翌日、それは的中した。
「特別クラスの生徒、そして引率教員数名で校外演習に臨んでいただきます」
「……ええー」
露骨にげんなりした表情を見せる僕にもモルディは表情一つ変えず「これは決定事項です」と続けた。
「前回の演習からそれほど時間も経っていないというのにどうして今なんですか?」
「……国からの勅命です。皆さんにはアーザフロマネフ連邦に向かってもらいます。ここまで言えば、あなたならもう分かりますね?」
「……正気ですか」
正直、それまでは主にテオたちが前回のように大量虐殺を敢行しないかが心配だったが、モルディの一言で一気にひっくり返った。下手をすれば逆に僕たちが皆殺しにされかねない。
なにせ、モルディの言っていることは……。
「――僕たちに魔王の左腕を持ってこいとでも言うつもりですか?」
「違います。アーザフロマネフ連邦と協力し、左腕の守護にあたってください」
「そんな国家間の問題を子供にやらせるわけにはいきません」
ここだけは妥協できない。僕はここで初めてモルディに真っ向から対立した。
「子供だとしても普通の人間を遥かに超えた力をもつ立派な魔法師です。この国は、いえ、この世界全体は今、大きな危機を迎えています。子供であろうと優秀な人材を遊ばせておく余裕はありません」
「だとしても学生の本分は学問にありますし、今回のような軍隊然とした演習には疑問を抱かざるを得ません。学校の活動には子供たちを伸長させる様々な目的が必要になります。それすらもまともに出てこないような演習を、さらに言えば生徒に多大な危険が伴う演習を担任として僕は認めるわけにはいきませ――」
ドン、と目の前にぶ厚い資料が置かれた。
「学校として今回の演習に関わる目的と詳細な日程です。生徒を育成するための目的、そして生徒に極力配慮した行動予定が記されています。今、目を通されますか?」
もう、何も言うな。
モルディの力強い眼光には明らかにこの意が見てとれたし、モルディ自身、この決定はもう覆さないことを決定していることが分かった。僕は溜息を吐き、降参ですとばかりに両手を挙げた。
「……子供たち、そしてあなたにはすまないとは思っています。しかし、これはもう変えることのできないことなのです」
そして、僕の様子を見て、モルディも臨戦態勢を解き、溜息を吐いた。確かに、教育熱心であり、子供を第一に考えるモルディのことだ。最大限譲歩した結果なのだろう。それは、目の前の苦渋の表情を浮かべるモルディの顔を見れば瞭然だ。
「分かりましたよ。生徒のことは出来る限り護れるよう善処します。だけど、こういう無理な話は今回ばかりにしてくださいよ。いくつ命があっても足りるもんじゃない」
「感謝します。ロラン先生……いえ、カナキ・タイガ。私は少しあなたのことを誤解していたのかもしれませんね」
「は……?」
急に名前を呼ばれて呆ける僕に、モルディは珍しく優しい笑みを湛えて言う。
「先ほどのあなたの熱弁ぶりで、本当にあなたが生徒の身を案じていることは理解できました。過去に犯した罪から人となりは大体理解していたつもりでしたが、生徒想いである教師としての姿はどうやら過小評価していたようです」
「いやいや、僕の最低な性癖は知っているでしょう? ただ僕は、僕の関係ないところで大事な生徒が傷ついたり、死んでいくのだけは見たくないだけですよ」
どうせ殺すなら僕が殺したい。
そういう意味を込めてにこりと笑った僕は(いつも通り、人を安心させる笑顔だ)、そのまま退室しようとしたところでモルディに呼び止められた。
「ロラン先生。今の話ともかかわることで一つだけ確認しておきたいのですが、先日あなたのクラスに編入したフロイム・コフィン、改め金木楓さん。彼女は『宵闇』とつながっていると言っていましたが、では今回の遠征にも彼女だけは外した方が良いですか?」
モルディとセシリアには楓のことは全て話してある。振り返った僕はモルディに首を振った。
「いいえ、何をしでかすわからない以上できれば僕の目の届く範囲に置いておきたいですね。ちょうど昨日、彼女とは兄妹喧嘩をしたばかりですし尚更に」
「喧嘩……まああなたがいうならその通りにしましょう。今回もその辣腕が振るわれることを期待していますよ」
「そんなに持ち上げられても恐縮するだけなんですが……あ、そうだ。僕からも一つ質問していいですか?」
「どうぞ」
「なぜ、次はアーザフロマネフ連邦に奴らが来ると? 襲撃期日も分からない今、どの程度待つのかも分からないし、先にオルテシア王国にある右腕を狙うとも考えられますが」
「そうですね……あなたにだから話しますが、実は魔王復活の条件に、ある特定の日でないと成立しないというものがあります。それが九年に一度、来月に迫っているので、向こうも時間がないのですよ」
それは初耳だった。条件というものがどのようなものかは分からないが、タイムリミットが分かっているのは大きいな。
「そしてもう一つ、次にオルテシア王国が狙われる可能性が極めて低い理由があります。そしてそれはあなたにも深くかかわっていることでもあるんですよ」
「僕に?」
自分を指さし、首を傾げた僕にモルディは両手を顔の前で組んで言った。
「ちょうど二日前、『宵闇』が動きました。場所はオルテシア王国王都エルヴィン。そこで『宵闇』は王宮を襲撃し――――カレン・オルテシアによって撃退されているのです」
読んでいただきありがとうございます。
昨日読者様からレビューを頂きました……ありがたい、圧倒的感謝です……。




