本当の教師
その日の練習会を終えた僕は、『カグヤ』と合流するというフィーナに激励を送った。
現時点で『狩人』を倒すために教えられることは教えたし、後は彼女次第だ。
気力も充溢し、何より明確な決意を掲げて今夜に臨むフィーナは、おそらくレートA+の『狩人』相手にも引けを取ることはないだろう。後は他の『カグヤ』の生徒達次第というところだろう。
「フィーナ君。くどいようだけど、必ず生きて帰ってくるんだよ」
「はい。先生にここまで教えて頂いたのです。それを無下にしないためにも、必ず今日、狩人を討ちます」
「……フィーナ君。正直に言うと、僕は君が狩人を必ず倒してほしいとは願っちゃいない。ただ、君には生きて帰ってきてほしいんだ。カレン君も勿論心配だが、幸い彼女には駐屯兵団やアルダール君が付いている。けど、僕が今日教えたことを活かすつもりなら、確実に君は一人で戦うことになるからね。それが心配なのさ」
「……先生が心配してくれることにはとても感謝しています。私は、セルベス学園に入ってカナキ・タイガという教師に出会えたことは、とても幸運なことだったと今は思っています」
煩雑な気持ちが一切入っていない、心のままに伝えたような声の透明さだ。
フィーナの真っ直ぐな言葉に驚くより先に、横から「な、ななななななッッ」「エトちゃんエトちゃん、今良い所だからね?」と聞こえてきて力が抜けそうになる。
だが、お陰で僕もこのときだけは余計な事を考えずに続きの言葉を聞くことが出来た。
「先生の魔法の腕は、失礼を承知で言わせて頂ければ平凡そのものです。ですが、先生には私の心を汲み、そのうえで現実を考慮して私がどうすれば良いのか教え導いてくれました。直接的な解決の手助けをするのではなく、解決するための方法と手段を提示してくれる。今日だってそうです。あなたは――――――あなたのような人を、本当の教師と言うのでしょうね」
「……それは買い被りすぎさ」
僕はポケットから魔晶石を取り出すと、フィーナの手に平に一つだけ乗せた。
「……これは?」
「僕のとっておきの魔導具さ。もし万が一のことがあったら、それを呑飲み込みなさい。必ず君を助けてくれるはずさ。……僕のためにも狩人は必ず倒す、とか、どうせそんなことを言うつもりだったんだろう? 君の頑固さは短い付き合いだけど分かってるからね。じゃあ僕が出来るのはここまでさ」
「……ッ。ありがとうございます、”先生”」
綺麗にお辞儀をするフィーナに、僕は早く行きなさいと手を振る。
最後にフィーナはもう一度礼をすると、実習室を後にした。急に静かになった部屋の中で、最初に口を開いたのはアルティだった。
「やっぱ先生も隅に置けないなぁ~。いつの間にフィーナちゃんを手籠めにしたのさ」
「て、手籠め!?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃありません。エト君も驚きすぎだよ」
意地の悪そうににやつくアルティと目を白黒させるエトに困り笑いを浮かべた僕は、時計に目をやった。
「――さて。それじゃあこれ以上遅くなると日も暮れるから、僕達もそろそろお開きにしようか。今日はかなり物騒だからね。今日は二人とも送るから準備してきなさい」
「え、ほんと!?」
先ほどまで疲れた様子を見せていたアルティが颯爽と風の如く更衣室へと消え、困り顔でエトがそれに続く。こちらは前者と違い、ほとんど汗すらかいていない。まあこれは、単に実力の問題だけでなく、マティアスに今日はあまり消耗させないようにと釘を刺されて止む無くと言ったところだが。
彼女たちが着替えている間、僕は今夜、自分がどのように動くかについて、軽く頭の中でシミュレーションする。一通り確認したところで、着替え終わったアルティとエトが、それぞれ対照的な表情で現れた。
「それじゃ、帰ろー!」
「あ……アルティ、その、ボタンが……」
「アルティ君。ブラウスのボタン一つずつずれてるってさ」
「お、流石先生、私のニューファッションにめざとく反応してくれたね。実はこれ、わざとなんだよ!」
「こんな日も君は相変わらずだなぁ」
夕陽がゆっくりと沈む中、最期の穏やかな時間が過ぎていく。
フィーナが集合場所に到着すると、他のメンバーはもう集まっていた。
「すみません。遅くなりました」
「構わん。ちょうど定時だからな。俺の最後の稽古を抜けてまで行ってきたんだ。得るものは得られたか?」
「――はい。その件で、アルダール先輩に相談があります」
「……言ってみろ」
レインだけでなく、他の隊員たちもいる中で、フィーナは先ほどカナキと話したことを手短に話した。
「……なるほど。カナキ先生がそんなことを……。勝算はあるのか?」
「はい。アルダール先輩からお許しを頂ければ、必ず『狩人』は私が葬ります」
「そうか……」
レインは顎に手をあて、少し考える素振りを見せたが、やがてしっかりと頷いた。
「分かった。お前の提案、許可しよう。その代わり、奴は必ずお前が仕留めろ」
正面から真っ直ぐ射抜くレインの眼光は、普段とは比べ物にならないほど冷たさを含んでいて、深海の真珠のようだ。作戦中になると性格が変わる隊員は多かったが、レインも多分に漏れず、作戦中は冷酷無比になるようだった。
「ええ、必ず」
フィーナが頷くと、レインは視線を外し、周りの隊員たちを一瞥する。
その一人一人の眼をしっかりと確認し、レインは鷹揚に頷いた。
「――よし、今になっても覚悟が定まっていない奴はもうここにはいないようだな。全員、良く聞けよ。今日が正念場だ。今夜さえ乗り切れば、王都からカレンを護る凄腕の騎士がやってくる! それまでに俺たちは今夜だけでいい。必ずカレンを護るんだ。王女であるカレンだから、ではなく、同じ『カグヤ』の仲間であるカレンを、だ!」
「おおおおお!」
レインが発破をかけ、隊員たちの士気を高める。よくある口上だが、だからこそ隊員たちの士気も目に見えて上がる。フィーナも、微かな熱気さえ感じる集団の中で、肌がじりじりと焼け焦がれるような高揚を覚えていた。
「命に別状はなかったが、カレンは未だに意識を取り戻すことなく、リリス中央病院の最上階に収容されている。これから、俺たちも班編成を行い、駐屯兵団と協力して街中に散ることになるが、先ほど皆も聞いたと思うが、フィーナをカレンの病室に置き、その後は俺の班がカレンの病室を持ちまわりで警護する。いいな」
一同が頷き、フィーナもより一層気を引き締める。
「ボス、駐屯兵団はどんな風に動くんだい?」
「彼らは、俺たちと被らない地点の警護を行うが、そのほとんどは病院とその周辺を護るようだな。病室の警護は譲歩したが、他の重要なポイントは学生の俺たちに任せたくないんだろう。――まぁ、俺以上の腕利きがあっちにいるとは思えないが」
ルイスの質問に、レインが淡々と言い切る。
いつもならふてぶてしさに苛立ちさえ覚えるフィーナだったが、今日に限っては心強い。
何せ、彼は現在、セルベス学園で最も優れた魔法師なのだから――。
「質問はもうないか? それじゃぁ、各自持ち場を伝える。散開した後も、『思念』の回路は常に開いておけよ――」
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