バリアハールへ
「おろろろろろろろろ!!」
眩しい太陽。燦々と降り注ぐ光。船腹を打つ白波。青空を飛ぶ純白の鳥。
その見事な景観の中、アルティのくぐもった声が木霊した。
「アルティ君、大丈夫かい……」
「これを呑めば少しは楽になりますよ」
「うう……二人ともありがとう……」
背中を擦りながら医療魔法を掛ける僕と薬を渡すネロに青い顔で答えるアルティ。
それとは対照的に、意外にもスイランとテオはこの船旅を楽しんでいるようだった。
「おお、見ろよテオ! あっちで今なんかが飛び跳ねたぞ! あの辺り爆発させてみるか!」
「お、いいっすね! 自分も特大の火炎魔法撃ち込んじまうっすよぉ!」
「こらこら」
テオはともかく、スイランも学校では見ないくらいはしゃいでいて、初めて彼女達が年相応の少女のように思えた。
「……(ぼー)」
そんな中でも唯一、マサトだけが無表情に後ろに流れていく景色を静かに眺めていた。
現在僕達はバリアハールを目指して航路を進んでいる。ラムダスがあるポートレイルの町からバリアハールまでは陸続きだが、仮に陸路を選択した際、途中でウィンデルやシールなど、未だオルテシア軍の勢力が強い都市を通過しなければならないため、かなり難しい道中になる。なにせウィンデルは王立魔法図書館があるし、シールの街はカレン・オルテシアにとっては自らが研鑽を積んだ思い入れのある街だ。警備は王都に次ぐほど厳重になるのも仕方の無いことだろう。
なので、オルテシア王国からすれば南部に位置するポートレイルから一度更に南下して港湾都市ロッテンベルクにて船を確保し、東側に迂回してバリアハールを目指している。
オルテシア王国の領海付近を進んでいるが、やはり大陸部に比べて警備は薄い。大体の場合は同行しているティリアのレンズの哨戒によって事前に衝突を避けて進むことができている。
「しかしレンズか。久しぶりに見るけど、随分小型化したんだな」
スイランは船の周囲を浮遊する幾つものレンズを見て懐かしむように言った。「あたしが皇国にいた頃はもっとデカくて、動きも鈍かったから“お死事”なんて揶揄されてたもんだが」
「それは今も同じですよ。随分性能が良くなったっていっても、その分武器の性能も発達してますし。私だって初めて観測手に抜擢された時は目の前が真っ暗になりましたから」
おそらくスイランと喋るのはこれが初めてだろうが、互いが同郷のよしみであるためか、二人の雰囲気は決して悪いものではない。
「へえ。でも今もアンタは観測手としてあの先生に付いてファンタゴズマまで来たのかよ。その眼だってレンズを破壊されてなったのになんでそこまでするんだ?」
「私はロラン先生がいなかったらとっくの昔に戦場で命を落としていました。一度ではなく、何度も。結果的に部隊の生き残りはロラン先生と私の二人になってしまいましたが、私達は最後の一人になってもロラン先生……隊長の力になろうって決めてたからです」
「ふぅん……」
「あっ、すみません。学生の方に急にこんな話を……同じ皇国出身と聞いて少し嬉しくなってしまって……」
「いいよ。あたしも故郷の話を聞ける機会なんて中々ないし。それより、今の皇国がどうなっているか教えてくれよ。聖イリヤウス様は今幾つになられたんだ?」
そのまま話を続ける二人。僕は内心でティリアに親指を上げながら他の生徒を見渡す。学校にいるときと違い、決して広くない船内であれば、よっぽどのことがなければ会話を拒否されることはない。一番対応に慎重さが必要になるスイランをティリアが相手してくれている間に他の生徒となるべく接触しておきたい。
アルティは未だ青白い顔で突っ伏し、傍でネロが介抱している。テオはいつの間にか翼を生やして、海鳥やレンズと踊るようにくるくると空を飛び回っている。そこで僕は、一人だけ変わらずぼーっと海を眺めているマサトに声を掛けることにした。
「マサト君は海は見たことあったかい? 初めて見た人は、上で飛んでるテオ君みたいにはしゃいでしまうものなんだけど」
僕が話しかけると、マサトはこちらを一瞥もせずに「見たことありますから、僕は」と応えた。
僕は笑みを絶やさずに問いかける。
「そうなんだ、ちなみにマサト・ハムラって珍しい名前だけど、出身はどこかな?」
「……この世界にはない、ニホン、という所から来ました」
ビンゴ。
こうもあっさり答えてくれたことに軽く驚きつつ、僕は重要な事項を確認できたことにまず一安心する。だが、もう一つ抑えておきたいことが時間軸だ。ファンタゴズマとクーチェルバッハで五倍くらいの時間の速さに違いがあったのだ。地球とファンタゴズマでどれだけずれていてもおかしくはない。
「やっぱり……そうだと思ったんだ。実は僕、以前同じようにニホンから来たという人に会ったことがあるんだ」
アプローチの仕方を考え、僕は結局半分真実を混ぜた言葉を選んだ。シズクとシリュウという兄妹と出会ったことは事実だし、嘘ではない。ただ自分も日本から来たということを伏せているだけだ。
「……そうなんですか」
「うん。ちなみにその人達……ああ、その二人は兄妹だったんだけど、彼らと君がその世界にいた時代は同じだったのかな?」
「どういうことです?」
「ああ、僕も実は以前、ファンタゴズマからスイラン君が元いた世界に一度飛ばされたことがあってね。そのとき、向こうでは一年くらい過ごしただけだったんだけど、こっちの世界に戻ってきたら五年も時間が経っていたことがあったんだ」
まるで浦島太郎みたいだろう?
そんな言葉を呑み込み、僕は彼に「だから君達のいたニホンという世界とこちらの世界も時間の流れは違うのかな、とふと疑問に思ってさ」
僕が時の流れに違いがないかを知りたい理由は一つ、それは彼が僕を――金木亮という人間を知っているかということだ。
別に知っていても何も問題はない。今の僕はカナキ・タイガであり、それ以前にロラン・フォートなのである。しかし、万が一ということもある。
だが油断が命取りになることはそれこそ日本から転移したイドウ兄妹との一件で痛いほど分かっている。今にして思えば、僕は自分だけが日本からファンタゴズマに転移したと思い上がり、結果、井堂雫は初対面から僕の素顔を見て警戒するようになった。魔法で己の印象を操作しているとはいえ、それも高位の魔法師相手には効果は薄く、そしてマサトは紛れもない『メル』の上位ランカーであり、一級魔法師である。同じ轍を二度を踏むなど以ての外であるし、彼への警戒度を定めるためにもこれは確認しておきたいことだった。
中途半端ですみません!




