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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第三部 一年と五年
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エトの変貌

この作品も六年目に入りました。

第三部、開始です。

 人を殺した。

 人を殴り、蹴り、刺し、貫き、射抜き、焼き、折り、千切り、刻み、燃やし、囓り、啜り、削り、下ろし、回し、捻り、干し、煮て――――そして最後は殺した。

 そんな他人の苦しむ姿を見るために悪逆の限りを尽くしてくれた僕が今、目の前の光景――アルティの太陽のような笑顔を見て違和感を覚えるのはどうしてだろう。


「ごめん、アルティ君。少しエト君と二人きりで話がしたいんだけど、いいかな?」

「えー! 私にも久しぶりに会えたのにエトちゃんとだけぇ!?」

「? カナキ先生?」


 不服そうに頬を膨らませるアルティ。そんな彼女の仕草も昔のままで。また間近で見ることができることに幸福感を覚える一方で、やはり僕の中でひっかかりのようなものを感じていた。

 僕の反応を不思議そうにしてこちらを見るエトに僕は目配せする。それだけで彼女は意図を察してアルティにおずおずと言葉をかけた。


「……えーと、アルティちゃん。悪いんだけど、少しだけ二人きりにしてくれない?」

「えーエトちゃんまで? はっ、もしかして久しぶりに再開した先生とさっきのちゅーの続きを……!」

「そ、そんなことするわけないでしょ!? 多分、アルティちゃんのことに関して、色々と私に聞きたいことがあるんだよ。だから、ほら、ね?」

「うーん、そう言われると私も弱いからなあ……わかった! それじゃあ終わるまではミラさんに私の世話をさせてくるね!」

「世話される側がそんなに偉そうなのを初めてみたよ」


 ていうかミラさんもこの家に住んでいるのね。

 するとアルティはにっこりと笑う。


「おっ、カナキ先生、ようやくいつもの調子が戻ってきたね!」


 あ、と思ったときには既にアルティは風のように颯爽と家の中へ戻ってしまっていた。全く、本当に彼女は見ていないようでよく周りを見ている。混乱していた頭が、アルティの温かい気持ちで少しだけ落ち着いた気がした。


「アルティちゃん、蘇生したのはほんの半年くらい前で、あの子の中ではまだ時間は五年前のままなんです」


 エトは、眩しいものを見るように少し目を細め、それから僕の方を向いた。


「改めてカナキ先生、またこうして逢えたこと、本当に嬉しく思います。あの日、私を助けるためだけに王国にあんなことをして……随分時間が経ってしまいましたが、お礼をさせてください。本当にありがとうございました」


 そうしてエトは頭を下げた。昔から礼儀正しい娘であったが、今の彼女の所作には淑女としての気品のようなものまで感じられるようになった。


「あ、いや、頭を上げてくれよエト君。あれは元はと言えば僕に非があったことだし、そもそもあれは僕が好きでやったことなんだ。むしろ君を巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なかった」

「せ、先生が謝ったら駄目です! 私が謝りたいので先生は頭を下げないでください!」

「いや、でもこれは一人の大人としてだね……」

「私だってもう大人です! 今年で二十一歳になりました! 私と先生はもう対等な大人です!」

「む……君、もうそんな歳になったのかい?」

「そんな歳って……流石にその言い方は酷くありませんか!」

「ご、ごめん! そんなつもりは……って」


 そこで、エトがお腹を押さえ、背中を丸めたので具合でも悪いのかと思ったとき、エトは花が咲いたように笑い出した。


「あはははははは! 何か新鮮ですね、こういう会話!」

「そ、そうかな……」


 ころころと笑うエト。だが考えてみると、確かに昔の僕とエトの関係は、いつもエトが一歩身を引いたところにあったように感じる。それは、教師と生徒という関係もあっただろうが、それとは別に僕のことをエトが父の友人、仕事仲間として捉えていたのかもしれない。


 ――――もしエト君が今、僕と“同じ側の人間”として認識しているから、こうやって対等に話せているのだとしたら?


「……それよりもエト君、話を戻そう」


 僕は頭に浮かんだ疑念を打ち払うと、早速本題を切り出した


「あの、アルティ君は、本当に蘇生させたのかい?」

「……はい。私と、そしてセシリアさんと協力して彼女を――アルティ・リーゼリットという人間を蘇生させました」

「師匠が……?」

「――ああ、そうだ。私もアルティの件には一枚嚙んでいる」


 声の方向に顔を向けると、そこには紫紺の髪を風に揺らしそこに立つ、懐かしい姿があった。


「セシリアさん……」

「久しぶりだな我が弟子、カナキ・タイガよ」


 僕の師匠、セシリア・ストゥルスは柔らかい笑みを浮かべてそう言った。

 この人こそ僕がこの世界に来て最初に出会った異世界人であり、彼女と出会ってから全てが始まった。最初に会ったのがセシリアでなければ、魔法を習得できていなかったかもしれないし、そうなれば今頃とっくに命を落としていたに違いない。この世界ではマティアスと並ぶ僕の大事な恩人だ。

 セシリアは僕の傍まで来ると、じろじろと僕の身体を眺めた。久しぶりに来た孫の背丈が伸びたことに驚いているような感じだ。


「驚いたな。魔法を扱うセンスはあると思っていたが、まさかこの領域にまで踏み込んでくるとはな」

「わ、私もさっき会ったときに同じことを思いました! 昔も十分凄かったけど、今はそれ以上っていうか……」


 事実、セシリアの口から洩れたのは驚嘆の言葉だった。それに勢いこんでエトも称賛するのでむずがゆい気持ちになる。なに、この二人の故郷のような安心感。


「カナキ、お前は五年間、少なくともこの世界では死んだことになっていた。事実、テロを引き起こした首謀者も私が倒したとオルテシアの騎士団長が大々的に宣伝したしな。だが、お前はこうして時を経て帰ってきた。その間、お前は一体どこに行き、何をしていた? それほどの力、どのようにして得たのだ?」

「ちょ、ちょっと……」


 五年という時が流れてもセシリアの好奇心は相変わらずらしい。

 僕の反応、そしてエトの「セシリアさん……」と宥めるような声を聞いてセシリアも我に返ったらしい。こほん、と一つ咳払いをし、「すまんな、これはもう一種の病気みたいなものなんだ」と謝った。


「あはは……まあセシリアさんも相変わらずそうで何よりなんですが……それより先に、一つだけ確認させてください。その後なら僕の話はいくらでもしますので」

「なんだ」


 僕は一つ間をおいてから再度、同じ質問をした。「アルティ君をエト君とあなたで蘇生させたのですか?」


「ああ、そうだ」


 間髪入れずにセシリアは首肯した。「生前の記憶も問題なく引き継がれている。我ながら完璧な蘇生だ」


「しかし、人間の蘇生には賢者の石が必要ですし、そのうえで多大な魔力が必要になります。それを一体どうやって……」


 賢者の石を使わずに蘇生を行うこともできるにはできるが、その場合多くの制約が付くうえに蘇生も完璧とは言えないものになる。例として挙げれば、以前アリスの『完全なる(パーフェクト・アンデッド)』を用いてマティアスを蘇生させたことがあったが、それだって多大な犠牲を払ったし、しかも魂をつぎはぎで強引にくっつけて作ったようなものだったので、数日保てばいい方というレベルの稚拙な代物だった。

 だが今のアルティは違う。なにせ記憶も元通りであり、しかもそれで半年もの間生きながらえているというのだ。これが世間に知られれば、間違いなく魔法の歴史は塗り替わる。それとも、僕がいなかった五年の間で、それほどまでに魔法は進歩したというのだろうか?


「カナキ、お前、自分の師匠のことを甘く見ていないか?」


 だが僕の考えを一蹴するかのように、セシリアは溜息を吐いた。


「仮にも王宮魔法師団に所属していた頃は次の魔法師団長間違いなしと言われてた私だぞ? 別に賢者の石など使わずとも蘇生する方法など知っているに決まっているだろう」

「……は?」


 彼女の言葉にいやいやと首を振る。


「確かにセシリアさんがとびきり優秀な魔法師だということは知っていますが、流石に蘇生を易々と行えるとは思えない。もしそんなことができるなら、あなたはこんな辺境で隠居なんてしていないはずだ」


 蘇生が行える者などこの世界で一体どれだけいるだろう。少なくとも僕は賢者の石を使わずに完全な蘇生に成功した魔法師など一人も知らない。


「だから私を舐めるなと言っているはずだ。お前が交流を持っていたというアリス・レゾンテートルも、カレン・オルテシアも、ミラ・フリメールも、全て準一級魔法師で、私はその上を行く一級魔法師だぞ……だが、まあ確かにお前の言うことも一理ある」


 セシリアはそこでちらりとエトを一瞥した。

 エトはその視線を真っすぐに受け止め、何も口にしなかった。セシリアは微笑して続ける。


「私が知っているのは蘇生の手順、つまりは魔法の知識のみだ。机上の空論というやつだな。理論的に可能だということは分かっているが、それを実行するには魔力が圧倒的に足りないのだ。それこそ、一級魔法師レベルの魔法師が数十人集まらなければならないほどにな」

「それって……」

「ほう、やはり頭の回転が速いな」


 セシリアは意味深な笑みを浮かべた。


「そうだ、そこでお前が生み出したという魔晶石という存在が机上の空論を現実に変えた。お前に『魂喰(ソウルイータ)』を教えたのは私だが、その魂魄をまさか自分ではなく、他の物体に移し替えるということは、考えたことはあったが実行したことはなかった。なにせその魔力を注ぐ物体を選び、適正な形に加工するまでにはそれこそ数え切れないほどの実験が必要だし、そこまで大規模な実験道具の確保はあまりにもリスクが高かったからな」


 徐々に話が見えてきた僕は、段々と自分の嫌な予想に近づいているのを感じる。


「それで、僕の魔晶石の技術を使った、ということですね?」

「ああ。あれは素晴らしいな。まさかあの時教えた禁忌指定の魔法をこのように活用するとは思わなかったぞ。てっきりお前は、『魂喰(ソウルイータ)』がおよぼす結果よりその過程に重きを置くと思っていたからな」


 『魂喰(ソウルイータ)』は対象の魂魄を喰らい、それを高純度の魔力へと変質させる魔法。その過程ではまさに魂を喰いちぎられるような苦痛が対象を襲うから、確かにその過程に僕が魅力を感じているのは事実だ。だが、それでは変換された魔力はどうなる。自身の中に取り込めば僕のように超再生といった恩恵を預かることができるが、それだって限度がある。自身の限界以上の魔力はストックできないし、それでは折角の魂魄も無駄になる。そのような“不必要な殺人”を防止するために僕が作り出したのが魔晶石だ。


「あの石のおかげで精密な魔力操作技術さえあれば術者の魔力総量の問題は解決された。あとは蘇生のために必要な魔力をひたすら集めるだけだ――――そしてお前の予想通り、その仕事の全てをエトがやってくれた」

「……」


 僕がそちらを向くと、彼女は感情の読めない表情を浮かべていた。


「人攫いだけではない。彼女は自身の失ったもの、それらを取り戻すために、そして取り戻した後、再び失わないように、まさに獅子奮迅の活躍をしてくれた」


 セシリアは優秀な生徒を見るような目でエトに視線を向ける。


「四ヵ月。お前でさえ半年かかった『魂喰(ソウルイータ)』と『霧幻泡影(デストラクション)』をたった四ヵ月で彼女は習得した。元々魔力操作のセンスは良いと思っていたがそれに加えてエトは正に血を吐く思いで鍛錬を続けた結果だ。私がしたことなど、エトに蘇生魔法『死者蘇生(リザレクション)』を教えたくらいに過ぎん。あとは全て、エトが“自発的に”、勝手にやったことだ」

「……セシリアさん、その言い方は――」

「いえ、セシリアさんの言うことは事実です、先生」

「エト君……」


 エトは、両手を胸に当て、切実な目で僕を見る。


「アルティちゃんを生き返らせるまで、私には本当に何も残ってなくて。本当に生きている意味が分からなかったんです。なんで私だけ生き残っているんだろう。アルティちゃんも、お父さんも、カナキ先生も、みんないなくなったのにって……。でもそこでセシリアさんが、失くした物をもう一度取り戻す方法を教えてくれたんです! おかげでアルティちゃん、そして期せずしてカナキ先生まで取り戻すことができました! もっと魔晶石を溜めて、もう一度『死者蘇生(リザレクション)』を使えばお父さんだって――」

「エト君、それは……!」

「中佐ッ!」


 そのとき、長閑な草原に鋭い声が響いた。


「あなた、一体何者ですか!? 中佐から離れなさい!」


 それはレンズを展開し、拳銃をエトに向けた僕の副官、ティリアだった。


「ティリア君、これは――――」


 当たり前だがティリアにはこちらの言語は使えない。エトには今の言葉の意味は分からないだろう。

 慌てて僕が仲裁に入ろうとした、そのときだった。






「――――見られちゃい、ましたね?」






「え――」


 その瞬間、エトの姿が掻き消えた。

 呆けるティリア。次の瞬間、エトの拳がティリアの顔面を捉えようとしたところで、


「…………」

「え?」


 寸前で聖天剋がそれを受け止めていた。


「随分荒い歓迎だな、この世界の人間は」

「へえ」


 聖天剋を見てもエトの余裕は変わらなかった。ただ少し、面白そうに笑うと一歩後退し、すぐに攻撃に転じた。


「……!」


 聖天剋が少し驚いたのが分かった。エトの体術はそれほどまでに速く、そして重かった。


「聞けば、エトの身体は元々マティアスから再構成されたものだそうじゃないか。全く、お前は本当に面白い話の中心にいる」


 二人の戦闘を見ながら、セシリアが微笑みを浮かべながら僕の横に立った。


「……だからあの身体能力は不思議ではないですが、体術のスキルが、信じられないレベルで向上しています」

「ああ。あれだけ多くの修羅場を潜ってきたのだ。逆にあれほど向上していなければとっくに死んでいるだろう」

「……セシリアさん、流石にこれ以上は怒りますよ?」

「うん? なんのことだ?」


 あくまで惚ける彼女に僕は非難の視線を向ける。


「さっきの蘇生魔法のことです。一体どれくらいの代償を支払っているんです? アルティ君が死んだのは五年以上前、蘇生したのが半年前……流石に蘇生までの間に時間が空きすぎています。そんなに経ってしまうと、たとえ器ができても、肝心の魂が消失しているはずだ」

「お前は本当に目ざといなあ」


 それでも僕が睨み続けていたので、セシリアは溜息を吐いた。


「……十人。まあそんなところかな?」

「十人分の魂魄……それくらいで足りるのですか?」

「ああ、――――毎週十人分の魂魄を捧げる。その程度であちらの世界の精霊はあの娘と契約を結んでくれたよ。あれで彼女はアルティか自身が死ぬまで、恒久的な殺人を繰り返さねばならない」

「――――」


 視線の先でエトと聖天剋が交戦を続けていた。

 聖天剋は薄々事情を察しているのだろう。あまり積極的に攻撃はせず、エトの攻撃をいなすことに注力していた。だが、それでも彼には目に見えての余裕はない。それほどまでに今のエトの力と技量は凄まじく、鬼気迫るものがあった。

 どうして彼女はこの道に進んでしまったのだろう。僕があのときエリアスに異世界に飛ばされたから? ウィンデルに行っている間にアルティをむざむざ殺されたから? アリスの陰謀にかかり、マティアスを失ったから? そもそもあの日、この場所で僕がエトに出会ってしまったから――――?


「大した腕だな……!」

「!」


 聖天剋が狙ったカウンターをエトは直前で感知。大きく後退することで距離が生まれる。そこで僕が割って入らなければ、本当に殺し合いに発展していたかもしれない。


「お二人ともそこまでです! エト君、この人達は僕の味方だ。二人がいなければ僕は決してこの世界に帰ってこれなかったんだ!」

「そう……なんですか?」


 仄暗い光を灯した瞳のまま、そう首をかしげるエト。仕草は以前と変わらないのに、その雰囲気は決定的に以前とは違っていた。


「聖天剋さん、すみません……」

「いや、そこの娘が目を覚ました瞬間に走り出したのを止められなかった俺にも非がある」


 その当の本人であるティリアは、未だに目の前で起こった高次元の戦闘に立ち尽くしていた。


「どうだカナキ、これがお前のいない間に変貌したエトだ」


 そしてセシリアはこちらに一枚の紙投げてよこした。

 それを受け取った僕は中を見て、アンダーラインが引かれている人物を見て硬直した。




『メル 超人ランキング』


九位 『鬼神』 エト・ヴァスティ




 鬼神――そう書かれた彼女は、目の前でいつもの――見慣れた困ったような笑みを浮かべて頬を掻いた。


読んでいただきありがとうございます。

御意見御感想等励みになりますのでぜひお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] カナキもエト並みの順位になってそう‥
[一言] 九位……だと…… マティアスさんと同位くらいかな、とか思ってたのに予想以上にヤベぇ。
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