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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
一年四組の日常
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急展開

 年季が入って趣さえ感じる扉を開けると、居間の方にはまだ電気が灯っていた。


「あ、おかえりー」

「なんでいつも当たり前のようにここにいるんですか……」


 マティアス宅の居間ではセニアとマティアスがカードゲームをやっていた。この人達ホント仲良いよな。


「カ、カナキ先生。こんばんは。あの、コーヒー飲みますか?」

「ああ、エト君……。お願いしようかな」


 キッチンから声を掛けてきたエトの気遣いが今はたまらなく嬉しい。

 僕は、セニア達とはテーブルを挟んで反対側の座布団に座ると、大きく息を吐き、指で目頭を揉んだ。


「随分大変だったみたいねー。それで、王女ちゃんは生きてるの?」

「命に別状はないですよ。僕も、病院まで移動中に応急手当はしたので」


 つい先ほど起こった出来事をセニアが既に知っていることに驚きはない。どうせその話を聞いたから、今ここにいるのだろう。


「もう、カナキ君も余計な事するなぁ。それで王女ちゃんが死ねば、無駄な手間が省けて済んだのに」

「流石にフィーナ君もいる前で、彼女を見殺しにすることは出来ませんよ。それに、僕が助けに入らなかったら、フィーナ君も危なかったかもしれないですし」


 カレンが射られた直後、フィーナの動揺は激しく、まともに戦えるような状態ではなかった。僕の手でならともかく、誰とも知らない暗殺者ごときに彼女を殺されるなんて死んでも御免だった。


「……で、その襲撃者とやらの姿をお前は見たのか?」


 口を開いたのは、それまで沈黙を貫いていたマティアスだった。背筋を伸ばし正座をするマティアスは、しかし視線は手元のカードへと注がれている。


「いえ、残念ながら……。しかし、話によると、襲撃者はゴーレムを使役し、破壊されたゴーレムの破片を操ったり、何より、見えない矢を撃ってきました」

「見えない矢?」


 セニアがマティアスのカードを取りながら言う。


「ええ。鉄製の矢に『透化(インヴィシブル)』の術式を刻み、矢を透明化して放ってきました」


 しかも、それだけでは『透化(インヴィシブル)』を発動する魔力で視認はされずとも探知されてしまう。

 だからこそ、襲撃者は、最初にゴーレムで襲い、その後に破片を操ってフィーナ達を攻撃することで、周囲の魔力の濃度を高めたのだ。遠目からだが、カレンが何か大技を放ったのは見えていた。あれだけの魔法を放った後なら、魔力の残滓も周囲に大量に残っていただろうし、弓矢一本を覆う程度の『透化(インヴィシブル)』の魔法であれば、大抵の者には気づかれないだろう。

 そこまで話すと、カードを片付けたセニアが相槌を打った。


「へぇー。なんか、カナキ君みたいよね。そういう小賢しいところ。実はカナキ君が襲ったんじゃないの?」

「いやいやいや。流石にあの程度の下準備でかの王女殿下を襲ったりしませんよ。特に、彼女の場合は一度襲撃に失敗すると、二回目というのがとても難しくなります。相手もそこそこ考えたようですが、所詮は三下ですよ」

「ふぅん。珍しいわね。カナキ君がそこまで苛立つなんて」

「苛立つ? 僕がですか?」

「ええ。自覚ないの?」

「……いえ、そうですね。確かに、これは苛立ちかもしれません」


 腹の底でどろどろとマグマが煮えたぎるような、粘りを含んだ怒気。こんな感情は久しぶりで忘れてしまっていた。普段は嫌なことはあっても、陰鬱さしか感じることはなかったが……。


「――『狩人』」

「え?」


 そのとき、ひどく無機質な声が僕の耳に届く。

 マティアスは、エトからもらったコーヒーで口を湿らすと、もう一度、囁くように言った。


「『狩人』。今のお前の話から出た情報を統合すると、それはおそらく『狩人』と呼ばれる殺し屋の仕業だな。最近は大人しくしていたから拠点をこの街から移したかと思っていたが、どうやらまた戻ってきたようだな」

「『狩人』……」


 僕は、いつもの棚から手配書を取り出し、パラパラめくる。すると、僕の肩の上から、セニアも顎を乗せて覗き込んでくるので、彼女にも見やすいように手配書の位置を変える。


「あ、これね」


 やがてあるページにセニアが蒼白い指を置き、僕もそこに視線が移る。


『狩人』キース・アッカーマン  レートA+ 


「A+かぁ。この街にいる中じゃ上位層ね」

「というかレートS以上の手配者なんて、この街じゃあなた達くらいしかいないと思いますけどね……」


 セニアが小馬鹿にするように鼻から息を吐いたが、そもそもレートA以上の手配者となると相当の実力だ。勿論、個人差はあるが、大体レートAだと二級魔法師以上、レートSともなると準一級魔法師以上の実力者を数人で当たらせることが推奨される。レートAともなると、かなりの腕利きというわけだ。

 その中でも『狩人』は、かなりアクティブに活動を行っていた手配者の一人であり、身元も割れている。彼は、元々東のノルーン共和国の狩猟民族出身であり、十八の時に、その腕を見込まれてオルテシア王国の兵士としてこの国にやってきた。若くも、才気あふれる青年時代の彼は、自慢の弓術と魔法で、魔物との最前線で華々しい戦果を挙げるが、二十五の時、突然部隊を抜け失踪……。暗殺の仕事を専門で引き受ける外道となり、手配書に載るまでそう時間は掛からなかったらしい。

 それから、彼の主な戦果が(犯罪歴ともいう)書かれている長々とした備考欄を読んだ僕は、そっと手配書を閉じた。


「……つまり、この人も、そこらへんにいる外道の一人だと」

「……まあ、大きく括ればそうだな」

「ま、私たちとも同類ってことよねー」


 同調したセニアに、僕は驚きを覚える。


「セニアさん……自分が人間のクズって自覚あったんですね」

「なんでそんなにびっくりしてるのよ!? しかも、そこまでは言ってないじゃない!」

「セニアさんのことだから、またすごい理論で自分を正当化してるもんだと思っていたんですが……」


 なおもあーだこーだ言っているセニアは無視だ。僕は、いつの間にか手元に置かれていたコーヒーに口を付ける。


「エト君、ありがとう。全然気づかなかったよ」

「すごい集中して読んでたの、お邪魔にならないようにしました。あの……フィーナさんと、王女殿下は……?」

「フィーナ君は特に怪我はないし、カレン君も命に別状はないようだよ」

「そうですか……」


 エトが前髪を揺らし、視線を少し下げる。


「ところで、マティアスさん。これからどうする?」


 話題を変えたのはセニアだ。


「王女ちゃん、今日の出来事で確実に護衛とか付けられると思うよ。貴族はこの街にもたくさんいるけど、王族ともなると護衛も粒ぞろいだろうし、流石に王国騎士団長は来ないと思うけど、王族近衛隊長のバデスとかが出張ってくるとちょっと厳しいよ?」

「…………」


 セニアの言葉に、流石のマティアスも考え込む。

 それも当然だろう。むしろ、今まで王女であるカレンに護衛が付いていなかったこと自体が異常なのだ。だからこそ、今夜のように、この機を狙って王女を抹殺しようとする輩も現れたわけだが、襲撃が失敗した以上、王女の抹殺自体が不可能になったと言っても過言ではない。多分、明日の夜あたりになれば、王都から送られた腕利きの護衛が、カレンを護ることになるだろう。それは同時に、この街に更なる腕利きが現れたともいうことで、正直、僕もこのあたりが潮時かもしれない。先月、遂に僕も手配書に載ってしまったわけだし、拠点を移すタイミングとしては悪くない。

 だが、理性ではそう判断しているのに、その結論を覆そうとしている自分の存在にも気づき、微かな驚きを覚える。僕は、既にこの街に少し愛着を持ってしまったらしい。


「――依頼の中止はない」


 そして、マティアスも自分の気持ちに変わりはないようだった。


「どんなに遅く見積もっても、明後日には王都から護衛が来るのは確実だ。しかし、今日どこのだれかが事を荒立てた以上、カグヤも黙ってはいまい。王都から護衛が来るまで厳戒態勢は維持し続けられるだろう」

「それじゃあ……?」


 意味深に嗤うセニアに、マティアスは厳かに頷いた。


「セニア。明日までに万全の準備を整いておけ。明日の夜――カレン・オルテシアを消す」


ここまでで二章終了です。

いつも通り御意見御感想お待ちしております。

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