告白
「さあカナキ、『リッパ―』の即死能力は発動していないけど早くして? この出血量じゃあ早々長くは保たないから」
「聖、い……」
「早く」
僕は背中を押されるような形で『魂喰』を発動した。僕の魔法が空離の超高濃度の魂魄を喰らっている間も、僕の意識は困惑の中にあった。
「……所詮は弱者か」
途中、翠連がそれだけを呟いた。言葉とは裏腹に、その声音は星のない夜空に一つ輝く一等星の寂しさを含んでいるようだった。
「あら、意外に早かったわね?」
『魂喰』が終わると、イリスはそう言った。レストランで注文した料理が思ったよりも早く来た時のような感じだった。
「イリス、どうして……」
「だから言ったでしょう? カナキが牙碌と空離の魂魄を使って次はどんなことをするんだろうって考えると、とてもワクワクして、早く見られないかな、と待ちきれなくなったの!」
「でも、彼女は六道で、失うことは君にとって結構な痛手になるはずだ」
僕がそう言うと、彼女は重大な罪を神に告白するシスターのように両手を胸の前で組んで俯いた。
「カナキ……私ね、あなたに会うまで、ずっと我慢して周りに合わせてきたの。最初は前大司教、私のお父様に、そしてその後は皇国を牛耳るたくさんの司教様に言われる通りの役割を演じ、行動してきた。ほら、私って人より頭が回るでしょ? だからどうしてある問題を解決するために村を丸ごと焼き払ったり、多くの兵士たちを無駄死にさせたりするんだろうってずっと不思議だったの。私だって昔はどこにでもいるちょっと頭の良い子供だったわけだし、そんな意味もなくたくさんの罪のない人が死ぬのには胸を痛めていたの。でも、私は我慢したわ。小さなときからそうするようにお父様に厳しく躾けられていたから。だから父が死んだあとも、ずっと、ずうっと私は周りのために、周りが求める“私”という役割のために生きてきたわ――あなたが見初め式の日、私の所に落ちてくるまでは」
そこで彼女はばっと顔を上げた。
そこには、恋する一人の美しい少女の顔、そしてその瞳の奥には純然たる狂気があった。
「最初はもちろん困惑したわ。だってあなたのことになると分からないこと、未知ができたの。それが私にとってはどれだけ新鮮で嬉しかったことか――だって、これまで全ての人の考えていることが大体は分かったのに、あなたは私の全く想像しなかったことを考えるのよ!? あなたが前の世界でやったこと、ウラヌス、シスキマ、リンデパウル……あなたの行動を聞くと、まるでお伽話を聞いているみたいに興奮したわ。私にとって、あなたは絵本の勇者が飛び出てきたようなもの。たとえその勇者が殺めるのが鬼だろうと無辜の人間だろうと六道だろうと私にはどうでもいいの――――――私はあなたの友人として、ファンとして、そして一人の女性として好意を抱いているの」
そうして弱冠十五歳の少女の独白は最後には僕への告白になった。
戦場の中にいるのが嘘のような静寂の中、しばらくして僕は一言こう言った。
「お、おおう……」
もうこれしか出てこなかった。いやだってそうでしょ。急にこんな重たい病的度十割みたいな告白されても困惑するしかないよ。
「……は、はは。何よその反応! この私にこんな事言われてそんな反応するなんて!」
そしてそんな態度もお気に召したらしい。彼女はそのまましばらく楽しそうに笑った。僕はその間苦笑を浮かべるしかない。ていうか翠連さん、よくこの状況でそんな無表情維持できますね。
「…はー、久しぶりにこんな笑ったわ。とにかく私の今の気持ちは分かってくれた?」
そしてひとしきり笑った後、彼女は少し恥ずかしそうに僕に聞いた。
「うん、それは分かったけど……」
「あ、別にカナキに返事を聞きたいわけじゃないから。私はもうすぐ十五になるとはいえ、まだカナキにとっては子供同然だろうし、今すぐ男女の仲になるよう言うわけではないわ」
「あ、う、うん……」
最早ツッコミどころしかないのだが、僕はあえて流すことにした。話が進まないし、何より僕は一刻も早くこの場から逃げ出したい。
「安心して。あなたは自力で六道の二人を倒して前の世界に帰るための力を手に入れた。それはあなたが自らの力で獲得した正当な権利。ここであなたを邪魔する気はないし、念願だった世界、ファンタゴズマとやらに行って構わないわ」
そしてイリスはあっさりと僕の異世界転移を認めた。さっきあんなこと言ったのだから、是が非でも僕を手元に置こうとしているのかと思ったのだが……。
「あ、でも前も言ったけど、私はいずれあなたに会いにそちらの世界に行くわよ? あなたのことは絶対に逃がさないからそこは覚悟していてね?」
そしてそんな思考を読んだイリスがそう釘を刺した。彼女、さっきは僕のことを予測不可能みたいな感じで言ってたけどばっちり分かってるし、早く興味を失ってくれないかな。
しかし、ひとまず僕を解放してくれるなら好都合だ。一刻も早くこの場を後にさせてもらおう。
「そうか。なら向こうで再会を楽しみにさせてもらうとするよ――それじゃ、もういいかな?」
「ええ、カナキ。元気でね」
にこりと非現実的なほど美しい微笑みを浮かべたイリスに僕も笑みを返すと、この日のために作った魔晶石を砕いた。
その瞬間、そこに入れた牙碌と空離の膨大な魂魄のエネルギーが解放され、それを必死で御しながら、全ての力を『シャロン』に押し込める。
――悪いね、苦しいと思うけど、これで最後だからな。
『問題ありません。あなたこそ、体がズタズタになっていますが』
――流石にこの魔力規模を操作したことはないからね。それでも、君のおかげでなんとかなりそうだ。本当に君には恩を受けっぱなしだ。
『……精霊装としてこれくらいは当然です。こちらこそ、あなたほどの使い手に巡り合えたことを嬉しく思います』
僕の本心からの言葉にシャロンもそっけないながらもそう返してくれた。この『歪曲切断』が終われば、彼女との契約も終わりになると思うと悲しかったが、仕方のないことだ。
『これまで私の力を十分に引き出していただきありがとうございました。口では色々言いましたが、結構あなたのことは気に入っていました。お元気で、マスター』
言葉と同時に、『歪曲切断』が発動された。
僕の眼前の時空が歪み、人一人が通れそうな穴がぽっかりと開いた。中は多様な色が混ざり合って常に色彩が変化し、その先に何があるかはまるで分からない。
「無事開いたようね。それじゃ、『シャロン』は返してもらうわよ」
イリスがそう言った直後に、シャロンと僕との間に繋がっていた回路というべきものが途絶えた。
僕が握っていた『シャロン』は一人でに手を離れ、イリスの元へと飛んでいく。君も元気で、ありがとう、と僕は胸中に彼女に声を掛けた。
「あら、この短期間で随分『シャロン』はあなたに懐いたようね……まあいいわ。最後にあなたに言いたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「何かな?」
「そちらの世界にはあなたと、そしておまけでお父様を殺した暗殺者、その二人だけで行って頂戴――――あの子はこの場で殺すわ」
イリスが指さす方向を見て、僕は硬直した。
そこには、聖の右手を肩置かれて硬直するティリアの姿があった。
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次回2部終了(予定)です。




