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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
一年四組の日常
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夜闇の射手

Side フィーナ


「ふぅん、そんなことがあったの」


 陽はとっくに沈み、ポツポツと点在する街灯が薄闇を微かに暴くアスファルトの上を、二人の少女が歩いていた。

 その二人の少女、カレンとフィーナは、その日の『カグヤ』の活動を終え、帰路に着く最中であった。


「はい。そこで、カレン様。どうか私に、カナキ先生にしばらく御指導を受けることを許可して頂けませんでしょうか。勿論、これまで通り護衛の役割も努めますので……」

「別に良いわよ。私の方は心配しないで、彼から盗める物は盗んできなさい」


 もっと難色を示すと思われていたが、予想に反し、フィーナの願いはあっけなく許可された。少々の肩透かしを受けた気分のフィーナだったが、それは喜ばしいことだった。


「ありがとうございます、カレン様!」

「良いのよ。来月の学騎体にあなたも出るなら、スキルアップしたいのは当然だろうし、まあその方法が、まさかあの先生から直接指導を受けるっていうのは驚きだったけど……」


 言葉とは反対に、カレンからは以前ほどの嫌悪は感じられない。どうやらこの前の一件などで、カナキの事を好意を抱く事はないにせよ、嫌悪することもなくなったようだ。

 良かった、とフィーナは思った直後、同時に心のどこかで複雑な感情を抱いている自分に気づいた。

 最初の印象に反して、カナキが教師として、多少は頼りになることは分かった。実力こそ足りないが、生徒一人一人に対して真摯に接するし、今回の依頼についても、彼の体術の腕を信頼してのことだった。それを自分だけでなく、敬愛するカレンも僅かではあるが、認めてくれたのだから、喜びこそすれ、悪感情を抱くことはないのだ。それが何故……。


「フィーナ、いいのよ。私のことは。私の方も、実はアルダール先輩がたまに任務を一緒に回ってくれるって言ってもらえたの。手合せこそ流石に断られたけど、共闘しているうちに、私も学べることは多いと思うわ。あまり好きになれない先輩だけど、ここは我慢して、あなたに粗相したことを必ず後悔させてあげる」


 粗相とは、この前の授業で彼が私を組み伏せた時のことを言っているのか。確かに、あの時は死ぬほど悔しかったが、今はそれほど引きずっていない。負けん気が強く、過去の事を根に持つのは、完璧ともいえるカレンの、数少ない短所であった。

 まあ、フィーナにされたことにそこまで憤ってくれるカレンの気持ちはたまらなく嬉しいのだが――。


「――――――カレン様」

「ええ、“いるわね”」


 小川に架かる小さな橋に差し掛かった時だった。突然フィーナが歩を止めた。

 そんな従者に困惑することなく、カレンも当然とばかりに足を止める。

 フィーナは、魔力を熾し、『看破(シースルー)』を発動。

 すると、自分たちのいる橋を中心に小規模の結界が発動していることを知った。


「どうやら結界を張られたみたいです」

「偶然、ではないわね。狙いは私たち、いえおそらく私でしょう。結界の種類は?」

「人払いの結界と、無音の結界……それに不可視の結界が張られていますね」

「厳重ね。もしかしたら、『カグヤ』で報告にあった『イレイサー』かもしれないわね」


 イレイサー。最近この街で人を消し去る、正体不明の殺人鬼。

 先日、レインが接触し、戦闘になったそうだが、第三者が召喚した大量のスケルトンの妨害に遭い、取り逃がしたそうだ。

 横槍が入ったとはいえ、あのレインを退けた人物だ。もし襲撃者がイレイサーなら、こちらも気を引き締めなければならない。


「……来ます」


 やがて前方と後方から同時に気配。フィーナとカレンはそれぞれの得物、武器の役割も担う魔導具を呼び出す。

 物資の保管を行える魔道具から呼び出したのは、フィーナは魔法剣、カレンは魔双剣だった。

 殺傷力の高い魔道具は、大抵の者は携行すら厳禁だが、特別な事情があれば携行と使用が赦される。その特別な事情とは、治安維持部隊である『カグヤ』に所属していることであったり、厄介事に巻き込まれやすい身分の者であったりである。

 やがて、得物を構えた二人を挟むように、橋の両端から、それぞれ襲撃者が姿を現す。

 それは、大の大人よりも一回りも二回りも大きく、岩石の身体を持つ巨体の異形――


「――ストーンゴーレムね。しかも数はたったの四体? なによ、身構えて損したわね。術者は?」

「近くには感知できません。一応、付近に超高度な『潜伏(ハイド)』で潜んでいる可能性もありますが……」

「おそらく、遠くから私たちを監視しているでしょうね。――ふん、覗きなんて趣味悪いわね。一応、周辺に気は配っておきましょうか」

「はい――」


 敵が異形ならば対話も不要。少ないやり取りの後、フィーナとカレンは同時に駆けだした。フィーナは前方、カレンは後方に向かって。

 ストーンゴーレムは比較的作成しやすい魔物だ。錬金術で生み出される魔物であり、授業でも、こんな巨大ではないが、手のひらサイズのゴーレムを作ることはある。

 フィーナは、ゴーレムの大振りなパンチを掻い潜り、懐から飛び上がってゴーレムの股から上を両断した。

 両断されたゴーレムは、瞬く間に元の岩石へと戻りバラバラになる。

 もう一体のゴーレムが、着地したフィーナを踏み潰そうと足を上げるが、その動きは緩慢だ。

 フィーナは、魔法剣に刻まれている術式に魔力を通し、瞬時に魔法を発動させる。


「『風刃(ウインド・カッター)』」


 魔法剣に刻まれていたのは、名前の通り風の刃を生み出す魔法。

 顕現した見えざる刃は、瞬く間に残ったゴーレムの四肢を切断し、その巨躯を大地にひれ伏す。そこにフィーナがトドメの一撃を加え、襲撃者のゴーレムはあっという間に破壊された。

 振り返ると、向こうも終わったようだ。使った時間はわずか十秒。戦闘とも呼べない稚拙な襲撃だった。


「――ッ!」


 と思ったときだった。

 周囲で魔力の動きを感じ取ったフィーナは跳躍。すると、先ほどまでフィーナがいた場所に、無数の岩石が殺到した。

 それは、先ほど斃したゴーレムの残骸。その残骸が、まるで意思を持ったように空中を駆けたのだ。ゴーレムが倒されることを織り込んだトラップ。しかし、その程度の魔力の流れを感じられない二人ではない。


「フィーナ、下がりなさい!」


 同じ上空からカレンの声が響き、着地したフィーナは、即座に従う。

 再度動き出す岩石に向かって、未だ上空にいたカレンから、桁違いの魔力が爆発する。


「燃え尽きなさい!」


 カレンが発動したのは、上級魔法の『獄炎柱(ヘルフレイムピラー)』。圧倒的なその火力は、最早燃やすというより溶かすに近い。

 それが一柱ではなく、同時に四柱も上げるというから桁が違う。勢いよく立ち昇った業火は、忽ち岩石を消し炭へと変えた。

 あまりの威力に、張られていた結界も耐え切れず術式ごと吹っ飛ぶ。結界の出所を見つけて狙うなどの小細工もない、紐を切るのではなく、引き千切るような強引な壊し方。

 結界は、防音の役割だけは果たしたが、結界内を不可視にする役割までは全うできず、勢いよく噴煙が上がる。

 やがて晴れた煙の中に降り立ったカレンは、周囲を見回すと溜息を吐いた。


「仕方なかったとはいえ、我ながら派手なことをしてしまったわね。叱られてしまうかしら」

「おそらく、大丈夫でしょう。今ので周囲に魔力反応も無くなりました。おそらく追撃は無いかと。流石です、カレン様」

「あら、ありがとう」


 澄ました顔のカレンに、フィーナは改めて尊敬と、そして不安を抱く。

 カレンは十分すぎるほど強い。それこそ、襲撃されても一人で返り討ちにするくらい。

 そんな規格外の彼女に、果たして護衛の私は必要なのか、と。今、カレンに「もう必要ない」と言われてしまえば、フィーナは一言も反論できないだろう。そうならないためには、なんとかカレンを護ることの出来る力が必要なのだが、そんなこと、果たしてできるのだろうか。


『魔法の腕を上げることだけが彼女に貢献できる唯一の事ではないと思うよ』


 以前、カナキに言われた言葉が頭をよぎる。

 しかし、ではどうやって、私はカレン様に貢献すれば……。

 このとき、フィーナは確実に注意力が散漫になっていた。カレンが戦意を緩ませていたのもあったのだろう。

 その明らかな隙を、襲撃者は逃す手が無かった。

 ヒュウ――。

 小さな、風切り音が聞こえた気がした。


「――ッ、フィーナ!!」


 カレンが鋭く叫び、フィーナが遅まきながら思考の海から顔を上げた時、


「ヅ……かはぁっ……!」

「……え」




 気づくと、眼前には、背中から矢を生やしたカレンが立っていた。




「……カレン、さま……?」

「――思考を止めるな!」


 目の前の光景の意味を徐々に理解し、唇が悲鳴の形を成したとき、近くから声が聞こえた。


「え……?」

「ッ!」


 声の主はなんとカナキだった。

 彼は、フィーナとカレンの前に立つと、虚空に鋭い手刀を振り下ろした。

 遅れて、キィンという何かが弾かれる音がして、やがて地面に鉄製の矢が現れた。

 よく見ると、その形状はカレンに刺さっている矢と同じ……そうだ。


「せ、先生! カレン様が、カレン様が矢に撃たれて――」

「分かっている、落ち着くんだ! ここじゃ良い的だ、早くここから離れるよ!」


 カナキはそう言うと、矢を受けても未だ立っているカレンを背負い、地面を蹴る。

 フィーナも慌ててそれを追い、一度だけ、後ろを一瞥する。

 『看破(シースルー)』を使っても周囲には人影どころか、魔力の反応すらない。人影はともかく、近くに魔力の反応すらないなんて有りえない。近くで魔法が使われたなら、その残滓だけでも認知できるはずなのに……!


「敵のことはいい! それより今は彼女を病院まで送ることが先だ! 飛ばすよ!」

「は、はい!」


 速度を上げるカナキの背中を追い、視線を戻したフィーナは夜の街を一心不乱に走った――。


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