皇国の旧友 1
久しぶりの登場で誰ってなりそう。
石造りの道路を大勢の人間が行き来している。
すれ違う人達は皆冷たくなってきた風から身を護ろうと一枚多く服を羽織るようになってきた。もう冬が近づいているんだ、と僕は思った。この世界に落ちてきた時、つまりイリスの見初め式から最早一年が経とうとしているのだ。最早正確なことは分からないが、あと半年くらいすれば僕はまた一つ歳を取るのだろう。そうすれば二十七~八歳くらいになるのだから、二十代というトンネルも着実に出口へと向かっているということだろう。やれやれ、歳なんて取りたくないんだけどね。
しかし、久しぶりに首都エーテルに来たが、戦争中だというのに相変わらず街はそれを感じさせないほどいつも通りだった。というか、逆にいつもより皆の表情が明るくなっている気がする。それは戦争が終結に近づいている、つまり皇国が世界統一を成し遂げるまであと少しという段階に来ていることも原因としてあげられるだろう。なにせ残すところ、細かな小国以外は、戦敗国の残党を吸収して膨れ上がった聖ガルガンチュア共和国くらいしか対抗馬としては残っていないのだ。特に耳障りの良い情報しか入ってこない中央圏では、もう自国が戦争をしていることなど、厚い雲から冷たい雨が降ることくらい当たり前のことになっているのだろう。
まあ、僕にとってはどうでもいいことなんだけど――
「あ、ここか」
そこで僕は目的地へと到着し足を止める。兵舎からすぐ近くにある酒屋。懐かしいものだ。最後に来たのはエイラに『魂喰』によるストックのことを明かした後、ティリアも入れて三人で来た時以来だ。
中に入ると、途端に兵士特有の喧騒さが辺りを包むが、その中の一角に埋もれるようにして静寂を維持する席を見つけた。間違いない。待ち人はあそこにいる。
僕は人でごった返す店内を縫うようにして進み、その席に座る友人に笑顔を見せた。
「ごめん、待たせたかな?」
「……その声、カナキか。まさか本当に来てくれるとはね」
その待ち人――ミッシェル・コンスタンは、端正な顔に少しだけ苦みをもたせた笑みを浮かべた。
彼とは、シスキマでの国境戦(シャロンや裳涅と初めて会った場所だ)で共闘した以来なので、再会は約半年ぶりくらいになるが、目の前にいる彼は、記憶の中のイメージとほぼ同じだ。やはり人間、そうそう変わるものじゃないってことだね。僕も彼も。
「カナキ、少し雰囲気が変わったように感じるな」
「え? あぁ」
言われて僕は一瞬面食らったが、すぐに納得する。今僕は皇国から正式にお尋ね者として指名手配されているため、今は“顔無”の魔術で僕に対する印象を若干変えているのだ。とはいえ、声までは変えていないので、ミッシェルとしては、僕だとはわかるが、印象だけが随分違ったものに感じられるのだ。
「すまないね。僕も今はちょっと不自由な立場にいるからね。不愉快にさせたのなら謝るよ」
相手と正式な場で向き合った時に帽子を取るように、友と再会したときに仮面を着けていたままというのは失礼な行為だ。いくら穏和なミッシェル君でもあまり良い気持ちはしないだろう。
僕は彼の対面に座ると、すぐに頭を下げる。何事も早めに自分の非を認めることが、結果として自分を助けることになるのだ。
「……ふっ、本当に君はカナキみたいだね」
そこでミッシェルが笑った。久しぶりに見たが、相変わらず白い歯が光る爽やかな笑みだ。本当に絵になる人だ。
その後、まずは何を話すにしても飲むのが先だとお互いに乾杯酒を交わす。いつだか彼と話したが、僕らは本当に、会う度に酒を飲んでいる気がする――
「ふう……それでカナキ、君は一体何をしているんだ?」
「いきなり直球だね」
杯を口に含み、満足そうな溜息を吐いた直後の質問。あまりの直球勝負に、僕は思わず苦笑してしまった。
「そりゃ気になるからさ。死地を共に歩いた戦友が、いきなり軍の最高戦力になったかと思えば、今度は逆に裏切り者として手配者扱いになっているんだ。今だって、僕はかなり危ない橋を渡っているんだ」
「それはそうだろうね」
むしろ、こんなイリスの目と鼻の先にある酒場を待ち合わせ場所にした時点で罠であることをほぼ確信していたのだが、ここに来るまでに六道の影すら見えない。とはいえ、イリスには認識を阻害する精霊装もあるので、それの効果かもしれないが、どのみち今ミッシェル君と話している器はエンヴィの擬態を使ったダミーだ。たとえ失っても大きな損失にはならない。それよりもこのタイミングで僕に接触を図ったミッシェルの真意の方が気になった。
まあ、こういうのを好奇心猫を殺すっていうのかもしれないね。
「……ちなみに、それを知ってミッシェル君はどうしたいんだい?」
「どうって……」
「だって、君の立場を考えると、ここで何を聞いたところで、僕を捕まえるか殺さなきゃいけないのは明白だろう? だったら、今更僕の話に耳を傾けたところで何も意味がないと思うし、知人がどうして犯罪者になったのかを知りたいっていうただの好奇心でこの場を設けたのなら、残念ながらここで僕が話すことは何もないよ」
言った後で、少し厳しい言い方だったかな、と思ったが、まあ事実だし、どのみち彼とはもう道を違えたのだ。彼との関係は、人生という一つの直線の先で偶然交わっただけで、その交点は最早過ぎ去ってしまったのだ。彼個人のことを僕は好ましく思っていたが、残念なことに僕には彼以上に大きな交点を過去に置いてきたのだ。そしてそれはすぐ近くまで迫ってきている。ここで些事にとらわれたくはない。返答次第で僕はすぐにでもエンヴィの遠隔操作をやめるつもりだった。
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