一と二
聖天剋戦だけで2ヶ月弱かかったという事実…。
口の中が乾燥して痛いくらいだったがそこに一瞬でも意識を向けた瞬間、自分の首が飛ぶことは容易に想像できた。蹴られた顔の右側は灼けるように痛むし、痛みが続くということがこんなにも不快な感覚だったのかと思い出し、顔を歪ませたくなる。それでも隙を見せることなく、大鎌を中段に構え、半身を取る。
そして、僕の数倍は重い傷を負っている聖天剋は表面上は痛さなど何も感じないような様子であり、そして事実、この程度の痛みなど奴は全く気になっていないようだった。まるで、自分が最初から隻腕だったかのような超然とした態度は、ポーカーフェイスが得意である僕がただ虚勢を張っているように思え、落ち着かない気持ちにさせた。
呑まれるな。僕は自分のそう言い聞かせると同時に、自分が目の前の男に呑まれかけていることを自覚した。だが、手に持つ得物の重さが――シャロンの存在を再確認したとき、僕は覚悟を決めた。
僅かに息を止め、踏み出そうとしたとき、まるでそのタイミングを待っていたかのように聖天剋が動いた。いや、事実僕が動き出すタイミングを待っていたのだろう。足を怪我して機動力が落ちている奴にとっては当然の選択だろう。まあ実際にするには僕の呼吸を完璧に捉えていなくちゃできない芸当だけどね。
でも、信じていたよ。あなたなら、それくらいの芸当、やってのけるだろうってね。
「ッ!」
聖天剋が肉薄する最中、僕は地面を思い切り踏み切った。相手が攻撃に転ずるタイミング大地を踏み初動をわずかに鈍らせる『天地』というマティアスの超高技巧だったが、聖天剋が怯んだのは僅かコンマ数秒。
これでカウンターを取るつもりでいた僕は予定を変更、ギリギリのところで攻撃を避ける。先ほどまでなら回避することすら不可能だっただろうが、右腕という“攻撃の選択肢“が一つ消えたことによって、間一髪避けることができた。
「シャロンッ」
後退するのと同時に発した合図にジャラジャラッと不可視の鎖が応える。聖天剋の動きを阻害しようと動いた鎖は、しかしまるで見えているかのようにするりと回避されてしまう。
「不可視であろうと音と空気の流れで可視化している。もう慣れた」
「つくづく化け物ですね……!」
悪態をつく僕に再び聖天剋が迫る。ストックが十分に残っていればあえて一撃をもらいカウンターも考えられたが、今の魔力量では無理だ。虎の子の『歪曲切断』による緊急回避を使うか、一か八かでカウンターを狙うか――――
「……使ったな」
僕の心臓部を貫いた貫き手が手応えがないのを見て、聖天剋は呟いた。僕の体からも同時に大量の魔力が消費される。もう『歪曲切断』が使えなくなったことを確信したのだろう。
しかし、聖天剋も至近距離で攻撃を不発させられたことにより隙が生じる。獲るならここしかない!
体術と武器、僕が選択したのは大鎌。しかし、この至近距離では大鎌の利点は十分に発揮されない――そう聖天剋も分かっているだろうからこそ僕はそれを選んだ。ただ、使ったのは大鎌の刃ではない、刃とは対極にある尻の部分だった。
「なっ……!」
大鎌による弧を描く軌道の攻撃ではなく点の攻撃。それは一直線に伸びて聖天剋の仮面に直撃した。狐の仮面が砕け、その先にあった肉体の感触を確かに感じた。
「――見事だ」
だがそれで聖天剋はひるまなかった。止まらなかった。
聖天剋が跳躍した。一瞬距離を取るのかと考えたが違う。奴は空中で独楽のように一回転し、その勢いを乗せた必殺の廻し蹴りを放ったのだ!
通常時なら、こんなタメの長い攻撃が僕に当たるわけがない。しかし、この状況で、このタイミングでまさかそれを選択するとは思っていなかった僕は回避する機会を逸した。つまり、先ほどの状況をそのまま返されたのだ。
咄嗟にガードしたが、不意をつかれたところに届いた途方も無い力に、防御は突破され、まるで斬撃と見紛うほどの鋭い蹴りが僕を軽々と吹っ飛ばす。
急激に流れていく背景の中で聖天剋の姿だけは大きさを変えない。吹き飛ぶ僕を追い、トドメの一撃を入れようとしているのだ。そのとき、砕けた仮面が剥がれ落ち、聖天剋の素顔が露わになった。なんだ、そんな容貌ならわざわざ隠さなくたっていいだろうに。
「ッ、オオオオ!」
地面を踏みしめ、吹き飛ぶ体を強引に減速させながら、僕は聖天剋に向かい、大鎌を投擲した。
さながらブーメランのように聖天剋に飛んでいった大鎌は、かなりの速度で僕を追っていた聖天剋からすれば、かなりの体感速度になるだろうが、奴はそれを軽々と飛び越える。いや、嘘でしょ。
「終わりだ」
「ちっ!」
ついに間合いに入った聖天剋の鋭い蹴り。僕は防御に成功するが、衝撃を殺しきれず、先ほどのダメージも相まって息が止まりそうになる。
空いた僅かな隙間を蛇のようにしなやかに左腕が侵入し、僕の首を掴む。ヤバい。
「あの世で誇っていい。俺の素顔を見た初めての人間だってな」
――――破極……。
「……間に合わなくても良かったのですが」
「ッ!?」
僕の息の根が止まる寸前でそれは起こった。
聖天剋が頭を落とす。そこには、彼の胸から突き出る、二振りの剣があった。
それを突き刺した張本人、シャロンは無表情で腕に力を込めた。
「敵を彼一人だと決めつけたことがあなたの敗因です」
「まっ……」
聖天剋が切り裂かれるのを予期し、僕が制止の声を上げようとしたときだった。
シャロンが勢いよく剣を引き抜き、刃に付いた血を空振り一つで払った。
そのまま地面に倒れた聖天剋を見て彼女は言った。
「急所は外しておきましたが、早く治療しないとどのみち死にますよ」
「……ははっ」
心の底から引き攣った笑みが浮かんだのは随分久しぶりだった。
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