ザギール激震 4
「辟易する、というほかないな。仕留めたと確信した相手が何度も蘇える姿は踏み潰しても踏み潰しても減らない蟻を彷彿とさせるが、お前の祖先か?」
「いやいや、そうは言っても今日は僕、腕一本取られただけで、まだ一回も死んでませんけど? それに、こんな悠長に話していていいんですか? 僕は一向に構わないですけど、ボヤボヤしてたら僕の仲間やレジスタンスの人達があっという間に中央を制圧しちゃいますよ? なにせこっちは数が違いますから」
「……つくづく口の減らない奴だが、確かに悠長にはしていられないな……」
空気が、変わった。
「え……」
背中を悪寒が走る。
聖天剋はわずかに腰を落とし、左足を前に、そして両腕を少しだけ持ち上げた。
構えだ。間違いない。一見構えが浅すぎるように思えるが、相手は達人である聖天剋、あれが自分のパフォーマンスを最大限まで引き出す構えであることは明白だ。
そして同時に僕は気づいた。気づいてしまった。その恐ろしい可能性に。
――聖天剋は、まだ本気を出していなかった?
手刀が僕の首に食い込んだとき、初めて聖天剋が目と鼻の先にいることに気づいた。
「~~~ッ!!」
即座に後退し、両断は免れるが、常人なら致死量の血が首から噴き出す。
「――――シッ」
後退した僕を追って滑るように移動する聖天剋に蹴りを放つも、聖天剋は腹這いになるかのように姿勢を下げて回避、弾丸となって僕を捉える。
あの姿勢でどうして倒れないんだよ……!
聖天剋の足払いを足の裏で止めるが、即座に神聖力を流し込まれ、止めた右足から血が噴き出す。破極だ。あの技、手以外でも使えるのか。
攻撃に怯んだ僕に聖天剋は立ち上がり手刀を放つ。だが、怯んだように見せたのは僕のフェイク。痛みに絶対とも言うべき耐性を持つ僕があの程度で怯むものか。
手刀を手刀で受け止め、同時に手刀に霧幻泡影を纏わせる。それで片腕を取れると思ったが、直前に止めていた右腕の肘を曲げ、縦肘をモロに決められる。鼻骨の折れる感触があったが、ここで隙を見せれば瞬殺される。よろめく足で踏みとどまり、中級魔法、『颶風炸裂』を込めた蹴りを放つ。
「――殺気が漏れたな」
「ッ!」
その瞬間、聖天剋の体が“溶けた”。
本当に溶けたわけではない。そう錯覚してしまうほどの一瞬による脱力。まるで骨が無くなったかのようにぐにゃぐにゃに崩れ落ちた聖天剋の頭上を僕の蹴りが過ぎ去る。
直後、光が射した。
「ごっ……」
手刀による光速の刺突が僕の喉に突き刺さっていた。聖天剋の指は喉を容易く貫通し、うなじの辺りから突き出しているのが感覚で分かる。呼吸がしづらい。口から血が噴きこぼれた。
「硬直した筋肉は初動が遅い。体を弛緩させ、液体化させる……最後の最後で、お前はそれを怠ったな」
体に赤い稲妻が走り、再生が始まろうとしたときだった。
――――破極。
僕の体は内側から破裂した。
視界が真っ赤に染まった直後、ぶつりと切れる。意識も。
意識が戻り、視界も戻ると、眼前に蒼い炎が灯されていた。
「ッ……シャ、ロン君、か……」
「はい」
上手く回らない舌を動かしてそう言うと、シャロンは無機質な声でそう言った。
ゆっくりと体を起こす。全身が鉛のように重たい。最後の攻撃で筋線維をズタズタにされたせいか。脳からの電気信号が上手く伝わっていないようなもどかしさを感じる。
それに僕は舌打ちすると、正座してこちらを無表情で見つめるシャロンに問う。
「聖、天剋は?」
「中央へ向かいました。カナキ様にトドメを刺すよりも中央の守りに入るのを優先したのでしょう」
「そうか……」
ということは、さっきの「悠長にしていれば中央が落ちる」という話をしていなければ、本当に僕は危ないところだったわけだ。いくら僕でも、脳が破壊されればその間は戦うことは出来ない。再生スピードを上回る速度で殺され続ければ、いずれは本当に死んでいただろう。
「ところで」
「はい」
「僕のことはモネ君みたいにマスターとは呼んでくれないのかい? 今は僕が主だと思うのだけれど」
「それはあくまで疑似的なものです。あなたがマスターでも倒せなかったあの男を止められるかどうかによって、今後の私の対応も変わることをお忘れなく」
「厳しいなあ」
「今の私のマスターは死んでもなお裳涅様なので」
冷静沈着でありながらも忠義には厚い、か。益々ほしくなってしまうね。
立ち上がって僕は、体が元の調子に戻ったことを確認し、再び魔術を重ね掛けして身体強化を施す。それを見てシャロンが言った。
「まだやるつもりですか?」
「もちろん。シャロンさんの『空間歪曲』のおかげで、奴のところまでは一瞬で移動できるし、肝心の場所についても、魔術を使えばすぐに――」
「そういうことではなく、あれほど実力差を見せつけられた相手に再び殺されに行くのですか、ということです」
「ははっ、シャロン君は辛辣だなあ」
「無為に解答をはぐらかされるのはあまり好きではありません」
「――勝つのは難しい。けど、負けないことは出来る」
そして、シャロンの瞳の奥にある、蒼い炎を覗き込んだ。
「シャロン君、君がいれば」
「――――」
僕はシャロンに右手を差し出した。
「S級精霊装『シャロン』。手を貸せ。皇国で……いや、この世界の武器で頂点の“一つ”である今の君を、僕が本当の頂点にしてあげるよ」
彼女は何も言わなかった。しかし、すぐに彼女の体が光り出し、輪郭がぼやけ、やがて一振りの大鎌になった。
お前にその力があるか、まずは証明してみせろ。
彼女はそう言っている気がして、僕は思わず笑みを浮かべた。
戦うこと自体はあまり好きではないんだけどな――――
「さあ、大一番だ」
呟いた僕は、優しく、彼女の手を握った。
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