ザギール激震 2
え、と思った時には、既に聖天剋の貫き手が体に届く直前だった。
腹部に異物が侵入する不快感と灼熱の痛みがモネの体を貫く。
持っていた大鎌――シャロンをふり抜くが、聖天剋は素早く身を引き、それを躱す。周囲にいたレジスタンスの人間が代わりに手足を斬り落とされ悲鳴を上げるが、モネにとってはどうでもいいことだった。
「ぐっ……」
油断していたわけではない。モネは常に周囲への警戒をし、シャロンの能力で空間知覚能力も向上していた。それは、周囲に少しでもレジスタンス以外の異物が入れば分かるほどに鋭敏化されていた感覚だった。
「……ッ」
ともかく、この傷はまずい。早く治療しなければ本当に死にかねない傷だ。激痛で飛びそうになる意識を懸命に保ち、空間転移を行おうとする。
だが、それを見逃がす聖天剋ではない。致命傷を与えた自信はあったが、ここでむざむざ見逃すほど詰めの甘い男が一国の長を暗殺できるわけがない。聖天剋は地を蹴り、空間を切り裂こうとしていた大鎌に触れる。
「破極――」
次の瞬間、『シャロン』に秘められていた膨大な魔力が出鱈目に暴れ出し、モネの手から精霊装がはじけ飛んだ。神聖力で繋がれていたシャロンとの回路から、彼女の激痛がモネにも伝わってくる。何が起こったの――考える暇もない。モネは咄嗟に体を周囲の人混みの中に紛れさせる。
既にモネと聖天剋の争いで混乱していた周囲が、モネを追って聖天剋が邪魔になる人間を片っ端から排除していくので阿鼻叫喚だ。蜘蛛の子を散らすようにレジスタンスの人間は散っていくが、孤立すれば即座に殺されるモネは必死に群集の中を掻き分けていく。
それでも、やはり聖天剋からは逃げられない。聖天剋は、まるで紙のようにスルスルと僅かな隙間を縫って着実にモネへと迫っていく。焦燥感を募らせるモネ。シャロンを探すが、群衆が邪魔で上手く見つけることが出来ない。
死にたくない。死にたくない。
モネの心に浮かんだのはそればかりだった。今まで、沢山の人間を『審問』担当として観察し、審判を下してきたのだが、いざ自分を審問したとき、決まって結果は輪廻から外れることが出来ず、畜生か餓鬼に落ちることだった。
何故自分は輪廻の輪から抜け出すことが出来ず、地獄である現世に留まるばかりなのか。自分自身で審問しながら、モネはいつもこれを疑問に思っていた。自分の信仰に一体、足りない物とはなんなのだろう――――
「タイムアップだ」
そして、そこでモネの命運も尽きた。
彼女の白いうなじに手刀が食い込み、肉を斬り、骨を断つ。
最後の瞬間、モネの頭に浮かんだのは聖イリヤウスでもエーテル神でもない、生きたいという生への執着のみだった。
聖天剋は溜息を吐いた。眼下で寝転がる首を失った体から目を離し、周囲を見渡す。
既にここにいたレジスタンスの連中は姿を消していた。あれほどの出来事に巻き込まれたのだ。しばらくは表立って反乱を起こそうとは思うまい。残りの蜂起しているレジスタンスは二つだが、おそらくそのどちらかに先日の不死者二人が潜んでいるのだろう。悠長にしている暇もないが、急を要するほどでもない。不意を突いた襲撃なら聖天剋があの二人に後れを取ることはありえないのだ。仮に一度で死なない連中でも、最初に首を刎ねてしまえば、あとは再生する暇を与えずに制圧すればいいだけのこと。聖天剋にとって、あの二人はそれすらも可能なほどに実力に開きがあるのだ。むしろ厄介だったのは今殺した女の方で、こちらは少しでも気配を悟られれば、負けることはないにせよ、姿を見られたうえに取り逃す可能性があった。暗殺ならともかく、皇国の化け物連中に追われる身になるというのは聖天剋にとってもぞっとしない話だった。
ともかく、女を殺し、その心配も杞憂に終わった。あとは油断せず残りの仕事をこなせば、この国でもビジネスも終わりだろう。
聖天剋がそう考えたときだった。
――ジャラリ、と近くで金属の擦れる音がした。
「ッ――」
反射的に横に跳んだ直後、激痛が走った。
見ると、左腕から血飛沫が舞い、見えない“ナニカ”が、自分の左腕を貫通していた。
聖天剋は動揺を押し殺し、その見えない“ナニカ”を右腕で掴もうとするが、その前に左腕から異物感が消え、血を滴らせながらそれは主の場所へと戻っていく。
「――暗殺者ほど暗殺される側になった時に弱い、と以前ある人が言ってましたが、まさにその通りでしたね」
「……お前は」
感情の籠もらない声、やけに気色の悪い笑み。紫色の刀身の大鎌。
そこにはまさに自分が今、襲撃しようと思っていた人間――不死の男が、笑みを浮かべて佇んでいた。
読んでいただきありがとうございます。




