ザギール激震 1
二日後、予定通りレジスタンスはザギール国内各地で一斉蜂起した。ただでさえ敗色濃厚な皇国軍との最前線を維持することに躍起になっていたザギール軍にとってこのことは想定外だったらしく、情報規制すら十分できていないのか、各地で暴動が起こったことはたちまち首都であるリンデパウル――つまり僕達のいる街まで届いた。
外を見れば閑散としていて、まるで廃墟のような様相だが、つい数時間前までは道中人が溢れ返っていて、祭囃子でも聞こえてきそうなほどの活気に溢れていた。しかし、ついさっき憲兵隊がやってきて、人々を家に戻るような喚き散らした結果がこれだ。人が多ければそれに紛れて移動することは容易かと思ったのだが、流石にそこまで自分に都合の良いように世界は作られていないようだ。
――いや、そんなことは分かっていたか。
前々の、そして前の世界での顛末がふと脳裏をよぎり、僕は自嘲的な笑みを浮かべた。突然無性にウイスキーが呑みたくなったが、流石に大一番を前に飲酒などもってのほかだ。今夜、勝利の美酒として飲めることを願おう。
時計を見ると、僕が合流するレジスタンスが蜂起を開始するまで残り一時間だった。ということは、今頃モネが合流するレジスタンスのグループが暴れ出し、彼女もそこに紛れ込んでいるはずだ。
僕はそれを想像し、同時に緊張を感じた。人を陥れるための策とは、これまでは僕にとって適度な緊張と高揚感を与えたものだが、こちらの世界に来てからというもの、それらの感情は彼方へと追放され、今あるのは成功するかどうかという緊張と、強烈な焦燥感だった。前の世界に転移したときは、その幸運を喜んだりもしたが、こちらの世界に来てからというもの、僕の趣味らしい趣味は出来なくなり、残ったのはただ生活をするだけで心の底鉾に積もる心理的重圧と不快感だけだった。それを環境のせいにしてきた僕は今日、やっと新しい一歩を、つまりは環境を変えるための新たな一歩を始めたのだ。しかしそれは同時に、檻の中の安寧から天敵の巣くう密林へと踏み出す蛮勇の一歩だった。そこを抜けることはいずれ目的地へ――彼女たちのいる世界へと戻ることが出来る。しかし、逆に抜けることが出来なければ……これほどまでに興奮を覚えない緊張もこの世界に来てからは頻繁に起こるようになった。
とにかく人事は尽くした。あとは時の運に任せるしかない。ここにきて運に頼るということ――自分の力だけでは決定しえない現実に、僕は改めて自分の無力感を味わった。
Side モネ
大気を震わせるような怒号にモネは顔をしかめた。
今、彼女の周りは人の熱気に満ちていた。とはいえ、それは聖イリヤウス様を前にしたときのような厳かな熱狂とはほど遠い、野蛮で、狂暴で、まるで繁殖期の猿のようにキィキィと金切り声を挙げていた。
カナキの作戦通り、現在モネは中央を目指すレジスタンスの集団の一つに潜み、マンタの腹にくっつく小魚のように聖天剋の目から逃れていた。もちろん、あの怨敵がこの集団を見張っているとは限らないし、そもそも向こうはモネの顔など知らないかもしれない。しかしそれでも、奴は警戒してもしすぎるに越したことはないという相手だということをモネは感じ取っていた。大体、いくら先代の面々が歴代と比べれば見劣りするものだったとしても、あの化け物揃いの六道を相手にして無事に逃げおおせた男だ。その時点で修羅道の翠連や地獄道の閻魔ならともかく、戦闘力に関して言えば下から数えた方が早いモネが太刀打ちできるとは彼女自身到底思えなかった。だからこそ、多少目に付きやすいというリスクを負っても、得物であるシャロンを精霊装状態にして既に手にしているのだ。もしもかの男が目の前に現れたなら、皇国にしでかした奴の大罪を今だけは呑み込み、即時撤退するつもりでいた。
「……」
集団はこれまで憲兵たちと小競り合いを起こしてはいたが、こちらの方が遥かに人数が勝っているためか、大した被害を出すこともなく前進を続けている。今頃は自分の集団より早くに蜂起を開始した集団に潜むカナキが、順当にいけば中央へと到達する頃合いのはずだ。流石の聖天剋も、それまでには何かアクションを起こすだろう。万一カナキが嘘を吐いて蜂起に加担していなかった場合、すぐにでも空間転移しようと考えていたのだが、物見に行かせたシャロンの報告によると、カナキは言った通り、集団の中に溶け込むように潜み、中央を目指していたという。それならばまず、面も割れているカナキのいるところが狙われるはずだ。モネはそれを見てから中央を目指すか撤退するかを決めようと考えていた。
そのとき、集団は角を曲がり、ついにリンデパウル最大の大通りの道に躍り出た。そして、そう遠くない距離にザギールの首脳陣が集まる大層な白い建物が見え、それを守るように大勢の軍人が待機していた。流石にこれまでのように簡単には通してもらえそうにないと感じ取ったのだろう。レジスタンスの中に重い緊張が走った。
しかし、逆にモネはそれを見てほくそ笑んだ。彼らと軍が衝突すれば、それだけ混乱に乗じて動きやすくなる。流石に外からは結界で守られていたあの建物も、中にさえ入ってしまえばシャロンの空間を移動する能力は使えるだろう。それで首脳陣を確保できれば仕事は終わりだ。すぐさま本国へ帰り、イリヤウス様とエーテル神の寵愛を受けることができるだろう。そうすればやっとあの男からも――――
モネの視界の端で、狐の仮面を被った男の姿が一瞬だけ映った。
「――――」
振り向いたとき、物言わぬ男――聖天剋の貫き手が眼前に迫っていた。
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