決別
「――なるほど、これは、いよいよ佳境を迎えたといった様相ですな」
翌日、ラーマに事の次第を伝えると、彼はただでさえ皺の集中する眉間に新たな谷を作り、まるで吐き捨てたガムのように顔を歪ませた。
「僕のような小悪党にとってはこれまでずっとが佳境でしたが、まあ確かに、今回のヤマはそれらとも次元の違う危険度ですね」
「いやいや、何を仰るか。既に私の眼の対策までしている貴方が、これまでを佳境などと捉えるわけがないでしょう」
ラーマの意地の悪い笑みに僕は肩を竦めるだけに留めた。
彼の碧眼の前では心はウイルス対策のない情報端末のように容易に情報が透けて見えてしまう。ならば、その端末に入っている情報を空にしてしまえばいいのだ。つまり僕が今しているのは、決して思考を深く潜らせない、要は言葉に裏の思考を介さず会話をするということだ。なので、僕の口から出る言葉は全てうそ偽りない本心なのである。流石のラーマも裏のない言葉には真意を測ることはできないと思ったのだが、予想通りある程度の効果はあるようだった。
「して、あなたの策――表面を眺めただけですが、またずいぶん思い切ったことをするみたいですな」
「……もしかして、普通に心の中ってすけすけですか?」
「ほっほっ、安心してください。表面を、と言ったでしょう? あなたの対策は決して間違ってはいませんよ」
出来の良い生徒を褒めるよう口調でそう言うラーマに僕は釈然としない気持ちになるが、心を乱せばそれこそ思考は筒抜けになる。僕は意識を切り替えて作戦を説明した。
時間にすれば長針が半周する程度だっただろうか。全てを聞き終えたラーマは静かに碧眼を僕へ向けた。その瞳の深さに吸い込まれるような錯覚に陥る。
「良いのですか。確かに現状を打開するにあたり、あなたの策は有効でしょう。しかしその後、皇国との関係はより薄氷の上に立つような危険なものと化しますし、仮にかの聖天剋を引き入れたとしても、あれほど危険な男を傍に置くことは莫大な利点を差し引いても不安が残りますよ?」
言葉を取れば質問だったが、それは実質的に覚悟の確認だった。心を読み通せるこの老人は、ここで僕に覚悟を決める機会を与えてくれたのだろう。同郷のよしみ(厳密には違うが)とはいえ、世話焼きな老人だ。
僕は目を閉じ、改めて脳内でシュミレートを行う。思考が漏れ出すのを自覚するが、今ここで彼の善意を無下にする方が今後の信頼関係を壊しかねない。僕はたっぷり時間を取り決意を固めた。
「……うん、これでいきます。この作戦でやらせてください」
「分かりました。ではレジスタンスもその作戦に合わせて動くよう私の方から指示しておきましょう」
礼を言うと、僕はその場を後にする。ラーマならば憲兵たちに気づかれず、水面下で上手く一斉蜂起の準備を進めてくれるだろう。これでモネには作戦を伝えることが出来るが、その前に一つ、しておかなければならないことがある――
「――それで、二日あげたんだから、そりゃ完璧な計画を立てられたんでしょうね?」
準備期間が終わった日の夜、モネは胡乱げな目で僕を見据えそう言った。
聖天剋の一件があってから彼女の態度はずっとこんな感じだ。まるで罪人を審問するかのように僕の挙動、発言の一言一句を逃すまいとするように厳しい目が向けられる。その原因として考えられるのは、やはり聖天剋にイリスを餌にして仲間になるよう勧誘したことだろう。思い返せば、最初に彼女に会ったシスキマの酒場でも、彼女は執拗にエーテル教への信仰心を問い、本物の信者かどうかを見定めようとしていた。普段ならボロを出すことなど絶対ないと言えるが、こうイレギュラーが次々と舞い込んでくるとどうにも面倒になってくる。それを解消するという意味でもやはり今回の計画は成功させねばならない。
「モネさんが二日くれたおかげで抜かりありませんよ。早速説明してもいいですか?」
「ええ。あなたたちも、いいわよね?」
「……」
「はい」
返事をしたのは僕の奴隷であるアッシュと精霊装のシャロン。僕はそこでモネと瓜二つの容姿を持つシャロンを見る。自我を持つ強力な武器――シャロンもこの計画においては大きな要素の一つだった。
「まず二日後、ザギール各地でレジスタンスが一斉蜂起を開始します。これは前からレジスタンスが独自で計画、準備していたものなので、破れかぶれの行動ではないことは保証します」
久しぶりに取り出した指揮棒を使い、机に広げられた地図の赤い点が入った箇所を順々に指していく。それを見れば、ザギールの主要都市ほぼ全てが赤く塗りつぶされており、とりわけ首都であるこの町には他よりも大きな赤い丸が描かれている。
「それで、もしかしてその混乱に乗じて私達が一気に本丸を落とす、とか言うんじゃないでしょうね?」
「え?」
「だから、まさかそんな誰もが考えられるような安直な作戦ではないわよねって聞いてるの」
「鋭いですね。モネさん。そのまさかです」
モネが大きく溜息を吐いた。彼女が何か言うより早く、僕は言葉を繋げる。
「この町で起こる暴動は三ヶ所、しかもそのどれもが大規模なものです。そこに僕たちが一人一か所ずつ紛れ込んで一斉に中央を制圧しに行くんです。この町に残っている連中で脅威なのはもう聖天剋だけだ。奴は集団を相手取るには向いていないですし、そこでどちらかが奴を足止めしていれば、他のところが勝手に首脳部を制圧してくれるはずです」
「私とあなたどちらかであの化け物の相手をするかくじで決めるって言うの! 馬鹿馬鹿しい。なんであなたのくだらない口約束のせいでそこまでの危険を冒さなくちゃいけないの」
「それは違います。この国を内側から制圧するようイリヤウス様から仰せつかったのはあくまで僕とあなた、二人ともだ。これは形が違うだけであって、任務内容自体はイリヤウス様の指令と全くもって一致します。仮にこの機会を見逃がすとしたら、今後、これ以上の好機を訪れるのでしょうか?」
「ッ……そもそもアンタがあんな化け物の注目を受けるから……!」
「お、落ち着けって、なあ!?」
ヒートアップする僕達に珍しくアッシュが慌てた声を上げる。
僕は感情に一切波風を立てず、しかし表面上は激昂しているように言葉を荒げた。
「僕はイリヤウス様の指令を完遂させるには今回のレジスタンスの暴動に便乗するのが最適だと考えていますし、その考えは変わりません。仮にモネさんがここで協力しなくても僕とアッシュでやりますし、万が一それが成功したときにはモネさんはイリヤウス様になんとご報告するつもりですか? 失敗すると思ったからただ見てました、とでも言うつもりですか? 仮に計画が失敗しても、シャロンさんの力なら逃げおおせるのは容易ですし、その責任を計画の発案者である僕に負わせることも出来るはずです。あなたにとっても利点が多いはずです」
モネが目を見開いた。「あなた、それ本気で言ってるの?」
「ええ、本気です。分かったと思いますが、僕はイリヤウス様の命令を遂行するためなら手段は選びません。それがたとえイリヤウス様、そしてエーテル教を軽んじる行為だとしても、結果を得るためならば喜んでやりますよ。モネさんだって知ってますよね? 僕はウラヌスの丘を爆破したこと」
モネの瞳の炎が燃え上がった。それは冷たい炎だ。一度炎が身を撫でれば、たちまち僕は音も無く消し炭になる。そして、その炎は遂に僕の周囲を取り囲んだようだった。これで僕ももう後には引けない。
「……あなたにそこまでの覚悟があるならいいわ。乗りましょう、その話。ただし、金輪際二度と私に顔を見せないで」
「モネさん」
そのまま踵を返して部屋を去ろうとする彼女を呼び止めると、モネは歩を止めることなく「わかってる」と答えた。
「計画を成功させるために手を抜いたりはしないわ。イリヤウス様の指令を完遂するためだもの。けど――」
最後まで言うことなく、彼女は転移用の部屋へと消えていった。すぐにシャロンが一礼し、その後を追っていく。転移して少しでも僕から距離を取りたいのだろう。どうやら完全に嫌われてしまったね。
しばらくしてアッシュが、困惑した瞳を向けてくる。「あんた、これで本当に良かったの?」
「……仕方ないさ。僕も柄でもなく頭に血が昇ってしまった。この作戦が終わった後でモネさんには謝るよ――」
僕は肩を竦め、悔恨の表情を浮かべた。
アッシュは気遣うような笑みをみせ、「うん、それがいいと思うよ」と言った。思えば、彼女が笑顔を見せたのはこれが初めてかもしれない。
ただ、一つ残念なことがあるとすれば、彼女は僕の謝罪を聞き入れることは到底ないということだ。おそらく、次に会った時、彼女はそんなことを考えている余裕は全くなくなっているだろうから。
読んでいただきありがとうございます。




