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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第二部 神曰く、死とは救いであり殺めるとは善行なのである
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聖天剋 1

 その後ラーマから聞いたその暗殺者――聖天剋の情報は三つ。

 一つ、彼は常に狐の面をしており、その姿を見た者は誰もいない。

 二つ、これまでの仕事の達成率は百パーセントであり、失敗したことはない。

 三つ、その名を、聖天剋という――



「碌な情報がないなぁ」


 他にもいくつかのルートから聖天剋なる男の情報を探ったが、めぼしいヒントは何も得ることができなかった。

 ラーマからの依頼を受けたはいいいが、これじゃあ対策のしようがない。


「いや……」


 そこで僕はふと、まだ身近に有力な情報源が残っていることを気づいた。

 その日は午前中で診療を終え、午後からは町の医師に仕事を頼むと、僕は郊外の小さな家、最初にモネの転移で訪れた場所へとやってきた。


「あら、こんな昼間に戻ってくるなんて珍しいわね?」


 中に入ると、モネは昼食を摂っているようだった。その清純そうな見た目と裏腹に、テーブルに載っているのは屋台で売っていそうないかにも栄養バランスが悪そうな食品ばかりだ。


「昼間からそんなに食べたら太りますよ」

「ご心配なく。誰かさんのせいで最近は毎日キツイ運動やらされてるからすぐに消費しちゃうのよ」

「わあ、それは可哀想だ。まったく、酷い人もいるものですね」

「ふん、良く言うわ」


 普段診療所から動けない僕に代わり、モネにはアッシュと同じく町で情報収集を命じていた。モネにはそれに加え、皇国でのお仕事もあるため、精霊装を使って皇国とザギールを行き来しているらしいから確かに大変なのだろう。


「それで、こんな早い時間に来たってことは、何か用事があるんでしょう?」

「ええ。聖天剋、という名前に聞き覚えはありませんか?」


 瞬間、室内にひんやりとした冷気が満ちた。


「――――その名前、どこで聞いたの」


 その出所であるモネは、これまで見せたことのないような真剣な面持ちで僕を見上げた。瞳の蒼い炎がその心中に影響されてか揺らぐ。

 そのただならぬモネの様子に僕は覚悟を決め、正直に今回の経緯を話すことにした。


「――――つまり、今回その聖天剋という男を倒せば、この戦争には勝ったも同然になるということですね」

「そう……なるほどね」


 顎に手を添え、しばらく思案していたモネだったが、やがて溜息を吐き僕へと向き直った。


「正直に話してくれたカナキ君に私もさっきの質問に答えてあげる。その聖天剋って名前、聞き覚えあるわ。裏社会、といえば陳腐に聞こえるけど、“その類”の世界では有名な名前よ」


 主に都市伝説としてね、とモネは付け加える。


「しかし、彼は実在している、と」

「ええ。しかも彼、皇国――聖イリヤウス様にとっては宿敵と言って過言じゃない相手よ」

「と、いうと?」


 尋ねると、モネは顔を歪ませた。


「――――殺したんだよ。聖イリヤウス様の父上、先代の大司教様をね」






「――そうか、既に皇国はそこまで……」


 カナキとラーマが邂逅した時、ザギールの軍本部はまさに頭を抱えていた。

 この日偵察から本部へともたらされた情報は二つ、領土を越えて侵攻してきた皇国の大部隊を阻むことが出来ず、首都にほど近い付近まで部隊を後退させたこと、そして皇国の追撃が素早く、遅くてもひと月のうちに再び我が軍と交戦するということだった。


「現状で戦力差は絶望的……だが、国民の物資を供給すれば賄えるのではなかったのか?」

「それが、現在リンデパウルを中心に、国民の中から財産の徴収に反対する強い抵抗運動が始まっており、当初の予想よりも大幅な遅延をもって計画を運行しています」

「具体的には?」


 その数値を聞いた軍上層部は思わず声を荒げた。


「話にならないではないか! それでは皇国との戦いには到底間に合わん!」

「確かに当初の予定より戦争が長期化したために国民の生活が困窮し始めているのはわかっているが、そこまで国民の支持が低下している理由はなんだ!」

「それが……最近リンデパウル市内でこのような活動を行っている者がいまして」


 渡された資料には、「カナキ」という皇国の男が市内において許可なく、しかも無償で医療行為

を行っており、徐々に人心を掴んでいるということだった。


「ここからは推測になりますが、おそらくこの男はレジスタンスともつながっており、奴らはこの男を利用して民を味方に付ける腹づもりかと……」

「なんという……どうして今までそのような男を放置していたのだ!」

「既に憲兵団には捕らえるよう命令を出しているのですが、この男、追っ手を撒く能力が異常に高く、さらに民が逃走を手助けしているようで、姿を見せたと思ったら、忽然と行方をくらますことがしばしばで、正直に申し上げますと、憲兵団では奴を捕まえるのは難しいかと……」

「バカな、ネズミ一匹に軍の出動を許せるほど余裕はないぞ!」

「ならば、あの男を使うしかないでしょう」


 上役の一人の言葉に、それまで騒がしかった会議室が静まりかえった。

 神妙な顔で腕を組む一同の中、別の一人がつぶやいた。


「大丈夫なのか……これで奴を使うのは五度目だぞ……、確かに奴に依頼すれば確実に成功するだろうが、あまり貸しを作っては……」

「背に腹は代えられんだろう。最悪、この戦争に勝利した後に辺境の領主程度の爵位を与えてやれば奴も」

「それで満足する男でないことはここにいる誰もが知っているでしょう」


 その言葉に誰もが肯定の沈黙で答えた。

 なにせ、あの男がその気になれば、この国にいる者は誰であろうと助からない。それはここにいる軍上層部でもだ。どんなに腕が立ち、人数をそろえようとも、奴には――あの男には関係ない。


「奴は貪欲だ。既にザギールの闇社会は奴に牛耳られ、この戦争で下手をすれば表社会にすら進出してきかねんぞ。そんなことになればこの国は――」

「――――まるで人を鬼畜か何かのように言いますね」

『……ッ!?』


 その場にいた全員が、声のした方に一斉に向いた。

 いつからいたのだろう。入り口の扉に背中を預け、腕を組むその男こそ、今彼らが話していた最強の暗殺者だった。

 先ほどとはちがった張り裂けそうな沈黙の中、上役の一人がその名を呼ぶ。


「せ、『(せい)天剋(てんこく)』……」

「はい、そろそろ呼ばれる頃だと思い、勝手ながら参上させてもらいました」


 彼――聖天剋は、その顔に狐の仮面を貼りつかせたまま、その場で慇懃に一礼した。

それに対して別の上役が、


「ふ、ふざけるな! ここは軍本部だぞ! 出動命令すら出ていない貴様がどうやって」

「――口の利き方には気を付けた方が良いですよ」


 瞬きする暇すらなかった。

 気づけば、口角から泡を飛ばしていた上役の喉に、細くしなやかな人差し指が突きつけられていた。聖天剋の指だ。テーブルの上にしゃがんだ彼の指は、まるで壊れ物に触れるかのように優しい手つきだったが、そこに込められた明確な殺意に上役は失神しそうになった。


「これは秘密裏に行われている軍会議でしょう。そのように大声で喚けばどこぞの貪欲な暗殺者に聞かれてしまいますよ?」

「……聖天剋よ、先ほどの物言いには詫びる。すまなかった。だから、その指をどうか離してはくれまいか」

「……いいでしょう」


 取りなすように放たれた別の上役の言葉に、聖天剋は数秒の後従った。

 指を突きつけられていた上役が安堵の吐息を吐くのを尻目に、聖天剋は乗っていたテーブルから音もなく飛び降りた。


「しかし、代わりと言ってはなんですが、先ほどの依頼、受けさせてもらいたい。報酬はこれまでと同じく戦争終結後にまとめて回収します。言っておきますが、もしも踏み倒そうものなら、今度は脅しだけではすみませんよ」

「分かっている……君こそ、迅速に対処してくれるのだろうな? 今度の相手はかくれんぼが得意らしいぞ」

「容易いことですよ――」


 狐の面の奥で、聖天剋は微かに笑った。


読んでいただきありがとうございます。

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