ザギールへ 3
「お前だな、最近この辺りで勝手に医療行為を行っているというのは」
ちょうどそのとき、僕は小さな子どもを治療しているときだった。
やってきたのは男性三人。身なりからして憲兵だろうか。そのうちの一人、中年くらいの年嵩の男は険しい顔で僕と治療している子どもを見比べた。
「ふん、どうやら間違いないみたいだな。連れていけ」
足早に僕に近づいてきた憲兵二人に子どもの母親が立ちふさがった。
「ちょ、ちょっと待ってください! この方にはただ、息子の怪我を見てもらっていただけです!」
「それが問題だ。ここ、リンデパウルでは医師免許のない者が民間人に勝手に医療行為を行うことは禁止されている」
「それは商売としてお金を貰ったらの話ですよね? 僕は、この子たちからお金を貰うつもりはありませんよ」
「ふん、口ではどうとでも言えるが、そんなことはありえん。お前がここ最近、何十人も医療行為を行っているのだろう。そんなこと、無償で行うわけがないだろう。大体、四六時中そんなことを行っていて、どうやって生活できる」
「当面は生活できるだけの蓄えはあります。今はそれよりも困っている人を助けたいんです。今は大変なときですから」
「そうだ。現在我が国は皇国と戦争状態にある。だからこそ、国民全員が一丸となって戦うために、ある程度物資を国へ譲渡することが義務になっている。お前は今蓄えがあると言ったが、それも法律違反なんだよ」
まるで太平洋戦争中の日本みたいだな。
中年が勝ち誇ったように笑い、部下と見られる兵士が僕の両脇を固める。
ここまでは予想出来た展開だ。あとは、周りの出方だが……。
「…………」
大衆は憲兵たちを恨みがましそうに見つめるがこれといったアクションは起こさない。ちっ、少々教育上都合が悪いが、アッシュに手筈通り動いてもらうか……。
僕がそう思ったとき、一つの小さな人影が意外な言葉を投げかけた。
「やめて……お医者さまを連れてかないで……」
「け、ケリィ!」
声の主は、たった今まさに、僕が治療していた少年だった。
「この人が診てくれたら、すごい、体がポカポカして、すごい具合が良くなったんだ……。だからお医者様は何も悪くないよ、連れていかないであげて」
「……ッ」
これには僕の両脇を固めていた若い憲兵たちもたじろいだ。まだ余計な思想に染まっておらず、憲兵として民を護ることを夢見て仕事に就いた者たちなのだろう。護るべき小さな国民の懇願に二人はたじろいだ。
「ええい、何をしている。早く連行しろ!」
それに比べて思想やら欲などに染まった上司らしき憲兵は哀れなものだ。周囲の風向きが僕を擁護するものに変わったことを察し、慌てて口角の泡を飛ばした。
しかし、それは逆効果だ。その焦った声音は、不満を募らせた観衆の最後の引き金を引くことになる。
「――小さな子どもの怪我を治したんだぞ! それを捕まえるってどういうことだよ!」
「そうだぁ! 病院に行ったって、医者のほとんどが戦場に駆り出されててロクな治療も受けられないのによぉ!」
「なっ!?」
年嵩の憲兵が目を剥いた。それを好機と見たか、観衆の不満が爆発する。
「うちの女房だってその先生にタダで診てもらってよくなったぞ!」
「俺のところもだ! その恩人を捕まえるとはどういうことだ!」
「私の娘もこれから診てもらうところなんです! 連れて行かないでください、お願いします!」
「良いことをしてる人を捕まえるなんて、国はついに戦争以外はどうでもよくなっちまったのかよぉ!」
「な、なな……」
僕は周囲を見て口角を吊り上げる。目の前では憲兵たちが狼狽えた様子で周囲を見渡している。タイミング的に一か八かの賭けだったが、上手い具合に民の不満が爆発してくれたな。
「き、き、貴様ら! 我々に反抗するということはひいては国家の――」
「――――そもそも国家とは国民の幸福を追求するための存在であり、間違っても国家の繁栄のために国民がいるわけではありません」
静かに、しかし確かな重みを含んで、その言葉は告げられた。
誰もが声を失い、その発生源に視線を送る中、当の本人である僕は、魔術で声量を調整しつつ、教師時代に培ってきた多人数に語り掛ける際に有用な声の抑揚をつけて言葉を紡ぐ。
ここからが正念場だ。
「今、ザギールは非常に苦しい状況にある。長期化する戦争、それに伴う食糧、物資の不足、悪化する情勢……しかし、苦しいことを理由に国家が国民を搾取して良い訳が無い」
「さ、搾取とは聞き捨てならん! 我々は国民の幸福を考えて――」
「もちろん、ザギールの政府は素晴らしい。国民のためとはいえ、一時的にこれほど過酷な状況下になっているにも関わらず、国民からの不満を最小限に留め、前線を維持し続けている。並の国家ならば、早々に内部で反乱が起き、党首の顔が入れ替わっている間に皇国に落とされているはずです」
しかし、とここで一呼吸置く。次に発したのは、幾分か声のトーンを落とした、語り掛けるようなゆっくりとした口調だ。
「思い出してみてください。今、初めて皆さんの前で小さな反乱が起きました。それは小さな、反乱と言っては言い過ぎかもしれないほどの小さな反発です。ですが、戦争が続いて数年の間、このような僅かな反乱さえ、今まで起こりましたか? 皆さんの記憶の中で、幾つか去る日の光景が思い浮かんだ人もいるかもしれません。しかし、それらは一体いくつありましたか? ニつ? 三つ? 数えきれないほど浮かんだ人がいるのならここで無知な私に教えてほしい」
ひとときの静寂。そこに染み入るように、僕は言葉を含ませた。
「……皆さんも薄々勘づいているかもしれません。僕はこの町の生まれではありません。それどころか、この国の生まれですらありません。私は……遠い異世界からこの地に降り立ち、今は皇国に身を置く者です」
それまで僕の声しかなかった周囲に、久方ぶりに音が生まれた。
小さくない喧噪の中、僕はあえて無言を貫いた。憲兵が僕を強引に捕らえにくることも想定したが、幸い、彼らもこの言葉に目を丸くするのみで未だ強硬手段には及ばなかった。
喧噪が徐々に弱まった時、僕はそこで落差を付けるように雷の如き大声を発した。
「しかしっ、僕はこの国へ、この町へ、敵情視察でも、よもや皇国の邪教と呼ばれているものを広めにきたわけではありません!」
他国において、エーテル教は邪教として有名なことを僕は知っていた。そして、その認識に対してエーテル教信者が何よりも怒れることも知っていた。
だからこそ僕の一言は――エーテル教徒は自分の宗派を広く伝えるためならば何でもするという認識を持った彼らからすれば、まさに青天の霹靂と言っていいほどの言葉だったはずだ。
「私は聖イリヤウス様に拝謁し、あなた方を、ザギールを拝見する赦しを得てここに来ました。正直なところ、あなた方が人としての道を踏み外していたのなら、すぐに聖イリヤウス様に報告するつもりでした。しかし、あなた方は違った。私たちと同じく子を、家族を、友を想い、私に治療を願い出ました! そこに一片の悪意もなく、他者への善意と私への謝意しか込められていなかった! だからこそ、私は帰還命令が出ている今もここに残り、あなた方を治療しているのです」
静まり返った中、僕は締めくくるように言葉を漏らす。
「……エーテル教の教えに、信者以外を排斥する、等の教えは存在しません。そして、これからもしばらくはこの国に残るつもりです。依然として治療活動は誰であろうと受け付けます。用があれば昼には今と同じ場所にいるので、いつでも来てください。憲兵さんたちも、僕を捕まえるということならば来てください。エーテル教も何も関係なく、僕は――あなたたちを助けたい」
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