ザギールへ 2
そこから「目立ちますので」という理由で一度モネたちと解散し、一人でザギールの町を周ることになった。
ザギールに来てすぐ感じたことだが、この国、というかこの町は、どうやら地球で例えると中東アジア系の特徴が強いように感じる
その点で言うと、これは完全なる偶然だが、僕の容姿は都合が良かった。幸か不幸か聖イリヤウス皇国では『転移者』の特徴を色濃く示した東洋系の肌色も、ここでは異分子とはなりえず、そのため彼女たちと別れてからの視察は驚くほど円満に終わった。
「それで、ザギール王国はどうだった?」
帰って来た僕に対して、開口一番モネはそう問うてきた。その瞳には相も変わらず蒼い炎が僕の心の奥を見通すように光を灯していた。
「そうですねぇ」
彼女の言葉に一拍間を置き、僕は口を開いた。
「単刀直入に言うと、彼らには才能があると思います」
「才能って、なんの才能?」
「エーテル教の信者になる才能ですよ」
「……ふぅん」
続けなさい、と言外に言うモネの言葉に僕は頷く。
「まず、彼らザギールの首都は、これまでにないほどのストレスを受けています。原因はまあ、ぼくたち皇国なのですが」
「それは戦争長期化によるストレス、てこと?」
「というよりは、劣勢になったことで、軍の焦りから生まれたストレス、でしょうか」
僕は置いてあった紅茶で唇を湿らせ、噛んで含めるように話始めた。
「まず、かの国はかなりまずい状況にあり、それに最も焦りを感じているのは軍です。軍は、先日の国境付近の戦闘を強引に揉み消し、毎度国民に配っている新聞には虚構の戦果を報じています」
国境付近の戦闘とは、まさに僕が最前線で作戦に参加し、ザギールの精鋭、カターナ・ロッドを討ち取ったときの戦闘だ。
あれはどうやら、未だザギールの国民内では公には伝わっていない発表らしく、事情を知っている者にこれを訊ねたときにはひどく苦い顔をされたのは記憶に新しい。どうやらザギールの国内では、国に都合の悪い方法については規制を敷き、徹底的な情報統制を行っているようだった。
しかし、やはり人の口には門立てられぬというべきか。我が国が劣勢だということは、既に国内では専ら噂になっていることで、既に亡命を考えている民も一定以上いるらしい。僕が遠回しにこれらの質問をしたときには、はっきりと嫌悪の表情を見せる者と、同志を見つけたと満面の笑みで迎えてくれる者との二極化が顕著だった。
「……で、話を聞いてみると、予想通りと言いますか、どうやら軍と国民との意識の乖離が激しいみたいですね」
「ふぅん、やっぱりそうなんだ」
軍としては徹底抗戦し、どれだけ時間がかかろうとも皇国には勝ちたい。
しかし国民からすれば、長期戦によるしわ寄せは自分たちに来るのは明白であり、ならば未知なる皇国に我らの行く末を預けても良いのではないか、なんでも彼らが崇拝する“エーテル神”とやらは異教の者もむやみやたらに排斥するわけではないらしい。ここまでが首都を一日歩き、国民の大多数の考えと見て間違いないようだった。
そこまでを一通り説明し終えた僕に対し、モネは表情を崩さない。しかし、瞳には試すように蒼い炎が揺らめいていた。
「それで、カナキ君はそれらを知ったうえでどうする気なの?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
そこで僕は、慣れた笑顔を向けた。
「無辜の民が困っているんです。たとえそれが信者ではなくても蔑ろにしてはいけない、それがエーテル教の教えじゃないですか」
「すみません、良ければその傷、僕に見せてくれませんか?」
翌日から、僕の無血開城への道が始まった。とはいっても、やることはこれまで通り、怪我をして困っている人たちへの治療活動だった。
「おお、折れていた腕が……信じられない」
「妻の高熱が一瞬で治った……奇跡だ」
「お腹痛いの治った! おじさんすごぉい!」
「まさに神業だ!」
しかし、流石は王都。シスキマの町でも同じことをしていたが、あのときとは患者の数が比ではない。誰かの治療をして十歩も歩けば次の患者が登場するのだ。営利目的なら金儲けに事欠かなったろうに。
無論、そんなことを堂々とやっていれば地元の医者から良い顔をされないのは目に見えていたので、その慈善活動はあくまでこっそりと、人通りのあまり多くないところで行った。その中で、患者に口コミで広まるようにさりげなく誘導していたが、その甲斐あってか、今のところは軍に目を付けられることなく活動が行えていた。
「それで、なんでそれに私が同行しなきゃいけないの」
「なんでって、ここは君が生まれ育った母国じゃないか。ほら、僕も君との会話でザギールの言葉を少しは覚えたけど、長く話せばすぐにボロが出るし、土地勘だっていうには及ばず、だろ? だから」
「そうじゃなくて、なんで捕虜の私があんたの手伝いなんてしなきゃいけないのかって聞いてんの!」
そう言って目の前の少女――アッシュ・カタロンは眉を吊り上げた。
「良いじゃないか。どっちみち僕に付いてこなきゃ、今頃檻の中で退屈な一日を過ごしていたんだ。それなら、母国のためと思って僕の通訳兼道案内をした方がよっぽど有意義はないかい?」
「よくもまあぬけぬけと……」
アッシュは、先日ザギールの国境付近の基地で戦闘をした際に捕虜にした『トライデント』を操る精霊騎士だ。なんでも、かのカターナ・ロッドの直属の部下だったらしいが、その彼が死んだこと、そしてそれを殺したのが僕だということはもちろん言っていない。それは、今話せばアッシュとの関係が修復不可能なまでにこじれることは分かっていたし、なによりも――もしもバラすなら、僕とある程度親交を持ってからの方が彼女の葛藤と苦悩が見られると思ったからだ。
「そもそも、なに企んでんだよあんた。こんなことして、国民に皇国は素晴らしいところだって説こうって言うのかい」
聞いての通り、一度捕虜になった彼女だが、僕による教育は未だ受けていない。理由は様々あったが、やはり妄信的に僕を信じるのではなく、全てを懐疑的に見てくれる目線はありがたかった。僕も人間である以上、いくら綿密に予定を立てても必ず綻びを生まれ得るからね。
「いやいや、そんなチャチな売名行為で堕ちる国ならとっくにやってるよ。いくら支持率が下がっても、簡単には堕ちない、それが君の生まれ育ったザギールだろう、アッシュ?」
「ッ……なによ、分かったような口きいて!」
そっぽを向いたアッシュ、しかし、その耳元は仄かに赤く、今の言葉が予想外に嬉しかったに違いない。
阿呆か。そもそもたった一人の売名行為で信用が失墜する国など、僕がいなくても勝手にクーデターなりなんなりにすぐに滅びる。この程度の売名行為で堕ちるような国は、そもそも既に国ではなく、集落以下の存在なのだ。大体、僕は一貫して治療した相手に素性も、名前さえも伝えていない。それでどうやって皇国を宣伝するというのだ。全く、皇国といいザギールといい、兵士を育成する前に、教育の基盤をしっかりするべきだろうに。
とはいえ、もちろん僕もただの慈善活動として誰彼構わず治療しているわけではない。僕の予想が見立て通りならもうすぐ事は起こるはずだ。
そしてザギールに来てからきっかり一週間後、予想通り僕の目の前に彼らがやってきた。
読んでいただきありがとうございます。




