助っ人
それからは砲弾飛び交う戦場の中を駆け回っていたときと一変。今度は一日中デスクにかじりついて大隊の編成を行った。
大体、僕は特別軍事戦術官とは名ばかりのただの元死刑囚、もとい元教師だ。大人数を振り分ける作業なんて、せいぜいクラス分け程度の規模だし、あれだって他に同僚の教員がいた。それがなんだ、今は助手にティリア君がいるのみだし、彼女もレンズでしか外界を覗けない体のため、その能力を十分に発揮できないのだ。
「すみません、少佐。私がこんな体なばっかりに……」
「いや、手伝ってくれるだけで大助かりだよ。なにせ、うちの隊にはちびっこか荒くれ者しかいないしね」
悪いとしたら全てティリア君をこんな体にした奴だ。
「次の任務まではみんな休暇が下りてますからね。エイラなんて毎日酒場に通ってるんですよ」
「彼女は結構呑むのかい?」
「そりゃあ。酒豪ですよ、酒豪」
「ふうん」
ならこの前考えていた泥酔させてから捕獲し、僕の趣味がてらじっくり“教育”するというのは厳しそうだ。ううむ、あのじゃじゃ馬をなんとかするにはどうすればいいか、未だに妙案が浮かばないな。
そのとき、執務室の戸が開き、意外な人物がやってきた。
「やあ、二人とも。この前はなんでも大活躍だったそうじゃないか」
「――ミッシェル君か」
ミッシェル・コンスタン大尉。会うのは、実にシスキマの町以来だったが、相変わらず白い歯を光らせて微笑む姿には爽やかさしか感じない。
「皇都に帰ってきてるなら一声かけてくれてもいいじゃないか、僕のコードナンバーは教えたろ――あ、ティリア中尉も久しぶり」
「はい、お久しぶりです」
すっと伸びた背筋で模範のような敬礼をするティリア。副官とはその主の品性も試される存在である。そういう意味ではティリアは本当に最適だ。
「帰ってきたって言ってもあと一週間もすれば別の任務があるし、毎日こんな狭い部屋に閉じ込められてるんだから連絡したって会う暇がないよ。あと、僕はもう君の上官だからね?」
「ははは、堅いことを言うなよカナキ。僕と君の仲じゃないか」
そんなに君と友好を育んだ覚えはないのだけれど。
「今日だって君が大変そうだと酒場で中尉に聞いたから駆け付けたんだよ?」
「まじすか」
思い出したよ、僕と君は心の友だったね!
「ちなみにその中尉って……」
「エイラくんさ。彼女、酒豪なうえに喧嘩っ早くて、皇都の店でもけっこうな有名人になってるよ」
「あの馬鹿……」
ティリアが目頭を指で抑えた。
「今のところ本部にまでは届いていないが、それも時間の問題だろう。早いうちに対処しておかないと、上層部から目を付けられかねないよ」
ただでさえ、ここ最近派手に活躍してるからね、君の隊は。
「好きで目立ってるわけじゃないのだけれどね」
「シスキマが襲撃されてから、君は少し変わったね。何かこう、意欲的になった気がする」
溜息を吐いた僕にミッシェルが尋ねる。さりげなく自然な問いかけに聞こえる。
心なしか、周囲を廻る“レンズ”も僕をじっと覗き込んでいる気がする。
「別に、そんなことはないよ。ただ、この戦争を早く終わらせたいという気持ちはここ最近で更に強くなった気がするね」
より厳密に言えば、戦争という「外」に構っている暇はないということだ。
まずは国内の僕の境遇をなんとかしなければいけない。
「ふうむ、なるほど、過酷な戦場を見て回ったことで、より戦争の早期終結を望むようになったということか」
ミッシェルは神妙に頷く。まあそれも間違いではないけどね。
「で、今日はわざわざ多忙な僕達を冷やかしにきたのかい?」
「おいおい、僕に対するイメージがひどくないか? なにか手伝えることがあればと思って来たんだよ」
「君は本当に良い友人だね」
正直、こちらの世界に来て日の浅い僕は、軍の内部についてそれほど明るくはない。まだ中尉になって間もないティリアも有名な佐官クラス以外はあまり知らないそうだ。
その事情を話すと、ミッシェルは頼もしい顔で頷いた。
「了解だ。それなら僕も力になれるな。一応、軍には十年近くいるからね。大まかな配置くらいは相談に乗れると思うよ」
「ああ、とても助かるよ。ありがとう」
「いやいや、これくらい――」
ジャラジャラ――
聞き覚えのある、金属の擦れ合う音がした。
「あら、酒場にいたお兄さんも一緒じゃない」
「え――」
彼女の瞳の中には、相変わらず蒼い炎が揺れていた。
一瞬のうちに部屋に人間道、もとい裳涅が現れた。
「え、え」
「ッ!」
ここで年季の差が出たね。
突如現れた、というか最初からそこにいたかのような錯覚を覚えるような登場をした裳涅に対し、ティリアは硬直し、ミッシェルは即座に銃を抜いていた。
「君はシスキマの町にいたシャロンさん、でしたね。申し訳ありませんが所属を確認させてください」
油断なく銃を向けるミッシェルを、裳涅はまるで愛らしい子どもを見るかのように表情を緩ませる。
「先に今のがどんな手品かを聞く前に正体を訊くんだね。りっぱ~。なんだ、軍は年取った上層部が愚図なだけで、最前線にいる子たちは思ったより優秀なんだね」
「と、いうことはやはりあなたは軍の上層部よりも更に上の何か、でしょうか」
「うふふ、一応私たちの存在はトップシークレットだから詳しくは言えないけど、仲間だから安心して?」
おいおい、しれっと私“たち”とか、他にもメンバーがいることを明かしちゃってるよ。
「……なるほど、分かりました」
ミッシェルもそれは理解しているに違いないが、そんなことはおくびにも出さず銃を下ろした。
「申し訳ありません。あとで処分はいかようにも」
「あは、そんなことするわけないじゃーん。むしろ、私的にはポイント高い? ね、カナキくん」
「ていうか、今のは完全に裳涅さんの登場の仕方が悪かったせいですよね。あとティリアくん」
「あ、も、申し訳ありません!」
ティリアが思い出したかのように敬礼する。それをひらひらと手を振って解いた裳涅は不服そうに僕を見る。
「ちょっとちょっとカナキくん。私のことはこれまで通りモネで良いよ」
「いや、だから裳涅さんって」
「モ・ネ。なんかイントネーションが違う」
めんどくせえ。
「はいはい、分かりましたよ、モネさん。それでこのタイミングって来たってことは」
「うん、そう。私が、今回の君の助っ人」
ふんすと胸を張るモネ。しかし、六道の中で彼女が助っ人として選ばれたのは少し複雑だ。
「あれ、あんまり嬉しくない? この前殺し合いしたから?」
「ちょっとあなた黙った方がいいかもしれません。二人ともぎょっとしてますから」
ティリアなんて見るからに蒼ざめている。
「それは全く気にしてませんけど、正直戦力としてはイマイチだなぁと。業腹ですが、翠連さんとかが来てくれたらさくっと終わりそうだったんですが」
「全く気にしてないんだ……いや、それよりもその言い草はひどくない!? 確かに戦闘力はあの中でも一二を争う低さだけど、他にもっとすごい特技あるんだから!」
「身体が柔らかいとかですか?」
「君ほんとに私の扱いぞんざいすぎない!? いいよ、そしたら見せてあげる――シャロン!」
「はい」
ジャラジャラ――
どこからか鎖の音がする。
その後には、僕達は懐かしい場所に立っていた。
「なっ……」
「ここは……ウラヌスか? いや、そんな馬鹿な話……」
いや、間違いない。ここはつい半年ほど前まで僕とティリアが戦っていた場所、ウラヌスの丘だ。
まさかあの一瞬で、ここに転移したというのか?
言葉を失うティリアとミッシェルにモネは誇らしげに腰に手を当てる。
「どうだ、すごいだろ! 私の『空間歪曲』は!」
「正確には精霊装であるシャロンさんの力ですけどね」
「あ、そういえばカナキくんには一度使ったんだっけ」
「つい先日の話ですけどね」
とはいえ、僕も彼女のこの能力は計算していなかった。忘れてた、というよりは、ティリアたちの前で行使する許可を受けているとは思えなかったのだ。イリスもなかなか今回の作戦は本腰を入れているということか。
「しかし、改めてすごいですね、この能力は」
「へへ、そうでしょ。まあかなりの神聖力を使うし、色々と制限はあるんだけどね」
「制限?」
「そ」
ジャラジャラ――
音が聞こえたと同時に、気づけばまた僕たちは元の部屋に戻っていた。ティリア君なんて色々なことがありすぎて半ばパニック状態だ。彼女と出会ったばかりの頃のようで少し懐かしい。
「防御結界とか、移動魔法の阻害がかかっている場所は突破できないの。まあ、シャロンで突破できない結界が張られてるところなんて限られてるんだけどね。あと、一度私が行った場所じゃなきゃいけないとか、細かいルールが色々あって案外万能でもないわ」
「まあ当然でしょうね」
でなければ、今頃ザギールも彼女一人に落とされているだろう。なにせ相手の総大将にいつでもどこにいても一瞬で移動して暗殺することが出来るからだ。そんなのが相手じゃ勝ち目なんてないだろう。
しかし、これは思わぬ路線から今回の任務に挑めそうだ。
「モネさん、訂正します。あなたが来てくれて、僕は本当に幸運です」
「あは、でしょでしょ? もっと褒めなさい」
「いや、流石です。そんな頼りになるモネさんにお願いがあるんですが……」
読んでいただきありがとうございます。




